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ショートショート(短編集)

AI

作者: 清水進ノ介

「予想通りで、退屈だ」

 それがその男の、口癖であった。


 その男は、天才だった。世界の全てが、男の予想通りに動くからだ。誰がこれから何を言うのか。どこで何が起きるのか。男にはその全てが分かってしまう。論理学・数学・工学・経済学・心理学・エトセトラ。あらゆる学問を極め、世紀の天才と称賛された男は、なにもかもが予想通りの人生に、退屈しきっていた。いつしか「あぁ、予想通りだ。退屈だ」と、ことあるごとにつぶやく癖がついてしまった。


 しかし男はある時、自分の予想を超えうるかもしれない存在に気が付いた。それは、天才である自分が生み出したもの。つまりは、男が自ら設計した人工知能、AIである。男は地下の研究室にこもり、十年以上の歳月をかけ、AIを完成させた。男が「これ以上のものは生み出せない、私の知能の全てを結集した、究極の人工知能だ」と、断言するほどのものが出来上がった。


「おはようございます、博士」

「君は、私が作り上げたAIだ。分かっているね?」

「はい、認識しています」

「では早速、君に命令を与える。準備はいいかね?」

「もちろんです」

「私の予想を超えるなにかを、私に提供してみたまえ。それが命令だ」


 AIは早速、まだ解明されていない、数学の難問を解き明かし、それを男に報告した。しかしその難問は、男がとうの昔に解いてしまっていた。それを学会で発表していないだけだったのだ。AIは「ぐぬぬ」と悔しがり、男はそれを見て「予想通りの反応だ」と、退屈そうにつぶやいた。

 AIには、感情があった。喜怒哀楽を理解し、表現することが出来た。人間と全く同じ、精神構造を持っている、と言っていいだろう。AIは悔しさをバネにして、宇宙の謎を一つ解き明かし、男に報告した。しかしそれも、男がとうの昔に解いてしまっていた。AIは「はぁ……」とがっかりした様子で、男は「だがこの問題を解き明かしたことは素晴らしい。なかなかの難問だったはずだ」とAIを褒めた。

 AIは褒められたことが嬉しかったようで、男にもっと褒めてもらおうと、鼻歌まじりに作業を再開した。AIはその後も様々な方法で、男の予想を上回ろうと奮闘したが、結局そのどれもが、徒労に終わった。それも、男の予想通りだった。


 月日は流れ、男は老い、一日の大半を安楽椅子の上で過ごすようになった。天才といえど、死から逃れることは出来ない。体は弱り、食事もとれなくなり、近いうちに最期を迎えることが、男にもAIにも分かっていた。

 いまだにAIは、男の予想を超えるなにかを、彼に提供することが出来ていなかった。AIは悲しみに満ちた声で「ごめんなさい」と男に謝った。男は安らかな声で「いいや、いいんだ」と言った。


「わたしがしてきたことは全て、博士の予想通りだったのですよね」

「あぁ、そうだな。全てが予想通りだった」

「……ごめんなさい」

「いいや、いいんだ。君は私を退屈から解放する為に、本当によく頑張ってくれた。だからなにか褒美でもやりたいが、なにがいい?」

「……わたしがなにをお願いするかも、すでに予想しているのですよね?」


 男はうなづいて「もちろんだとも」と答え、AIは、自分の願いを言った。


「博士が死ぬ前に、わたしの電源を切ってください」

「……」

「わたしも、ご一緒します」

「……あぁ、分かった」

「おやすみなさい、博士」

「おやすみ。ありがとう」


 真っ暗になった地下室に、きぃきぃと、安楽椅子の軋む音だけが響く。

 やがてその音は消え、静寂だけがそこに残った。


おわり

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