乙女ゲーの悪役令嬢に転生したけど、夢の中だと思ってるから好き勝手やる富永百合子(29)
「ああ、もうこんな時間、か……」
今日も今日とて私以外だれもいない薄暗いオフィスで一人、深夜0時を回った時計をぼんやり眺める。
かれこれ9徹している私の身体は、文字通り悲鳴を上げている。
休みなんて、ここ半年ほど一日も取れていない。
――だが、納期は来週なのだ。
実に28回もの仕様変更を喰らったにもかかわらず、納期だけは一日たりともズラすことを許さない会社の傍若無人ぷりには、最早怒りすら感じない……。
あるのはただ、仕事を終わらせなければならないという使命感だけ――。
もう少し……。
あと一歩で、目途が立つのだ……。
頑張るのよ、富永百合子、29歳独身――。
ここさえ乗り切れば――。
「ぐっ……!?」
その時だった。
尋常ではない胸の痛みが突如私を襲い、息ができなくなった。
く、苦しい――!
「だ、誰……か……」
思わず床に倒れ込んだ私の意識は、深い闇に呑み込まれていった――。
「エスメラルダ、ただ今をもって、君との婚約を破棄する!」
「…………は?」
気が付くと私の目の前には、妙にキラキラした金髪のイケメンが、ドヤ顔で立っていた。
こ、こいつは……!
辺りを見渡すと、これまたキラキラした貴族風の男女に囲まれたキラキラ空間。
そして頭に伸し掛かる、ズッシリとした重み。
ふと触れると、そこにはケバブかよってくらいぶっとい、金髪縦ロールが。
――間違いない。
ここは私がやり込んでいた乙女ゲー、『あなたに捧げる悠久の唄』――通称『あな悠』の世界だわ!
私はあな悠の悪役令嬢である、エスメラルダになっているらしい。
――なるほど、さてはこれは夢ね!
流石に9徹が響いた私は、遂に寝落ちしてしまったに違いないわ。
ううむ、寄る年波には勝てないものね。
「オイ! 何とか言ったらどうなんだ、エスメラルダ!?」
「え? ああ、はいはい」
エスメラルダの婚約者である、王太子のヘルマンがギャンギャン喚いている。
ヘルマンは所謂メイン攻略対象キャラなので顔はいいのだが、如何せん性格がガキすぎて私の好みじゃないんだよなー。
「何だその態度は!? やはり君がマルゴットのことをイジメているというのは事実のようだな!」
「ぐすん……、ヘルマン様ぁ」
「……!」
ヘルマンはピンク髪の小柄な令嬢を、ギュッと抱き寄せた。
あな悠の主人公キャラである、男爵令嬢のマルゴットだ。
「嗚呼、可哀想にマルゴット! 今から僕が、この悪鬼羅刹を断罪してあげるからね!」
悪鬼羅刹って。
日本かよここは。
まあ、ゲームの世界には野暮なツッコミだけどさ。
「ヘルマン様ぁ、私、私ぃ……」
「もう何も言わなくていいマルゴット! 僕に任せておくんだ!」
マルゴットはヘルマンの胸の中で、グスグスメソメソしている。
うーん、このマルゴットのウジウジした感じがイマイチ好きになれなくて、感情移入しづらかったんだよなぁ。
しかもマルゴットは外面はこんな感じだけど、腹ん中はエスメラルダへの敵愾心で溢れかえってるからね。
この婚約破棄イベントだって、エスメラルダは婚約者にモーションかけてるマルゴットに注意しただけなのに、それに逆恨みしたマルゴットがヘルマンにチクって起こしたもんだし。
イイ性格してるよホント。
――まあいいや。
ここが夢の中なら、またとないチャンス。
仕事で溜まった鬱憤を、存分に晴らさせてもらおうじゃないの!
「覚悟しろよエスメラルダ! 僕がこの手で貴様を――」
「セーーーイ!!!」
「ぶべらっ!?」
私はヘルマンの頬に、渾身のビンタを喰らわせてやった。
ビンタがクリーンヒットしたヘルマンは、白目を剝いてその場にブッ倒れた。
うーん、決まったぜ!!
夢だっていうのに、妙にビンタの感触もリアル!
ヘルマンは前からいけ好かなかったし、ストレス解消の生贄になってもらうわ!
「なっ!? 何をなさるんですかエスメラルダさんッ! 王太子殿下にそんなこと――」
「セーーーイ!!!」
「ぶべらっ!?」
続いてはマルゴットにもビンタを一発!
マルゴットもヘルマンの隣に、仲良く並べてやったわ!
ごちゃごちゃうるせーんだよこの腹黒ピンクがッ!
テメーは大人しく家で一人、イケメン声優の歌ってみた動画でも観てろやッ!
「くっ、この、無礼者がぁ!」
その時だった。
ヘルマンの父親である国王が、茹でダコみたいに真っ赤になって私に剣を振るってきた。
フッ、甘いわ!
こう見えて私は、剣道部の主将だったのよ!
この程度の素人の太刀筋、目をつぶってても避けられるっつーの!
「なにィ!?」
私は国王の剣を華麗に躱し、そのままの流れで――。
「セーーーイ!!! セーーーイ!!! セーーーーーイ!!!!!」
「ぶべらっ!? ぶべらっ!? ぶべらっぱ!?!?」
立て続けにビンタを三発!
――からの!
「セーーーーーーーーーーイ!!!!!!!!!!」
「うわらば!?!?」
トドメにビンタをもう一発!
白目を剥いた国王も、ヘルマンの隣に倒れ込んだ。
うん、これで三人仲良く、川の字になったわね。
そもそもこの国王が甘やかすから、ボンクラ王子が付け上がったんだろうが。
しかもこの世界は一夫一妻制なのにバカ親父はコッソリ外に愛人も囲っており、その愛人の息子がゲーム終盤で反乱軍を指揮して、この国を滅ぼそうとするのだ。
つまり諸悪の根源が、このバカ親父なのである。
私は単に、悪に天誅を下したに過ぎない!
正義は我にあり――!
「か、囲め囲めえええ!!!」
「「「ハッ!!」」」
近衛騎士団長の号令で、私の周りを無数の近衛兵が取り囲んだ。
うーん、流石にこの人数は、私一人じゃ倒すのは無理ゲーかな。
まあいいや。
十分ストレス解消にはなったし、この夢はここまでかしら、ね。
「アッハッハッハッハ! 気に入ったぜ嬢ちゃん!」
「「「――!?」」」
その時だった。
豪奢な衣装に身を包んだ無精髭のイケオジが、近衛兵を掻き分けて、私の前に躍り出た。
こ、このお方は――!
この大陸の覇者である、ニャッポリート帝国の皇帝陛下にして、私の一番の推しキャラである、カール様!
自由を愛するがあまりいい年して独身という、いかにも攻略対象になりそうな設定を持っているにもかかわらず、開発費の関係から単なるモブキャラになってしまったという、伝説のプレイヤー泣かせ!
カール様が攻略できないと知った時の私の絶望ったら、推しのイケメン声優の熱愛報道を知った時並みだったわ……。
そのカール様が今、私の目の前に……。
確かこのエスメラルダの断罪イベントが起こる夜会には、来賓として招かれていたのよね。
「カ、カール陛下! お離れください! その女は、我が国の王族に無礼を働いた逆賊ですぞ!」
近衛騎士団長の怒号が飛ぶ。
「イヤだね。オレはこの嬢ちゃんのことが気に入った。この嬢ちゃんは、オレがもらう」
「な、何ですと!?」
まあ!
カール様が強引に私を抱き寄せ、所謂あすなろ抱きの体勢になった。
ふおおおおおおおおおおお!?!?
カール様の胸板、Tボーンステーキ並みに分厚いいいいいい!!!!
「どうだい嬢ちゃん? オレのものになるかい?」
「――!!」
ゾクゾクするようなバリトンボイスが、私の鼓膜を震わせる。
ASMRキターーー!!!!(大歓喜)
「はい! なります! 私、カール様のものに、なりますッ!」
「アッハッハッハッハ! マジでおもしれー嬢ちゃんだぜ!」
「そ、そんなああああああ!!!」
頭を抱えた近衛騎士団長が、その場に崩れ落ちた。
ドンマイドンマイ!
……はぁ、それにしてもこの夢、いつまで続くんだろう?
拙作、『「私たちは友達ですもんね」が口癖の男爵令嬢 』のコミカライズ化が決定いたしました。
よろしければそちらもご高覧ください。⬇⬇(ページ下部のバナーから作品にとべます)
発売日やレーベル等は、告知タイミングが来次第ご報告いたします。