「あったよ」
親戚から聞いた話である。
昭和の頃、当時子どもだった親戚(仮にOとする)は、ある夏の日、友だちと遊びに出かけ、夕方までたっぷり遊びつくした。
当時の夏は今ほど暑くはない。
とはいえ、川遊びで涼を取りたくなる程度には暑かったようで、皆で近所の川(というより用水路)に赴き、魚釣りなどをしていたらしい。
そうして家に帰ろうと、自転車を引き歩きながら、ワイワイと家路についた。
すると、Oの友人の一人が突然、
「魚釣りの道具を置いてきてしまった」
と、言い出した。
そして「誰か一緒に来てくれ」と懇願し始めたという。
もう日が暮れ始めているため、皆に「明日取りに帰れば?」と説得されたその友人は、困ったように打ち明けた。
何でも、釣り道具は兄から苦労して借りたものらしく、必ず今日中に返すと約束したものだという。
そのため、忘れたなどと白状しようものなら、こっぴどく怒られてしまうらしい。
皆は同情はするものの、互いに顔を見合わせるだけだった。
何しろ時間が時間である。
おまけに釣りに飽きた後、皆で川遊びもしており、その時に釣り道具をどこに置いたのか本人の記憶が曖昧になっていたらしい。
たとえ見つけに戻っても、簡単に見つかる保証も無さそうだった。
その時、
「じゃあ、俺が見つけに行って、お前んちに届けてやる」
と、一人の男の子が名乗りを上げた。
その子はグループの中でも幅を利かせていたガキ大将的存在で、遊びでも好んで無謀な挑戦を試み、自分の勇敢さを皆に示しているのようなお調子者だった。
いつもは構うのもややうざったい奴だが、こういう時には頼もしい存在である。
その友人も帰宅時間が迫っていたので、釣り道具の探索はガキ大将に一任し、全員で帰路についた。
事件はその夜には広まった。
川に戻ったガキ大将が、家に帰って来ないというのだ。
ガキ大将の家族はもちろん、集落の大人たちも大騒ぎになり、消防団や駐在所も動いての大捜索が行われた。
そんな中でも特に大慌てしたのは、例の釣り道具を忘れたOの友人だ。
自分のせいで大騒動になったのだから当然だろう。
大騒ぎする大人の間、自責の念からOの友人はガキ大将の行方について打ち明けた。
が、家族や他の大人たちの中から彼の兄が進み出て言った。
「何言ってるんだ。〇〇君(ガキ大将)なら釣り道具を届けてくれて、帰って行ったぞ」
それを聞いたOの友人は、不謹慎ながらも自分のせいでないと分かって安堵したという。
しかし…結局、ガキ大将は見つからず、誘拐という線でも捜査が始まった。
そして、用水路からほどなく離れた山の中で、損壊された遺体が見つかった。
犯人は不明。
そして結局は迷宮入りになったという。
それより何年も経った後、Oは地元で開催された同窓会に出席した。
懐かしい顔がそろう中、あの夏の日に釣りに行った仲間たちの姿もあった。
思い出語りに場がにぎわう中、自然と亡くなったガキ大将の話も出た。
しんみりとする仲間たち。
そんな中、あの釣り道具を忘れた友人がおもむろに口を開いた。
そして驚くことを口にした。
「実はあれから一度だけ、ガキ大将の姿を見た」
突然の告白に仲間たちが顔を見合わせる。
しかし、話を聞くうちに一同は凍りついたという。
ガキ大将がいなくなってから数年後の夏。
その友人は田んぼで犬の散歩をしていた。
地区の水田地帯は広大で、その横を例の用水路が流れている。
そのたもとに、田んぼの用水を流す排水路と古いポンプ小屋があった。
そこは地区で管理していたが、かなりなあなあで、出入り口には南京錠は掛かっていたものの壊れていて、出入りは自由。
が、あえて出入りするような者もおらず、気にとめるような施設ではなかった。
そんな施設に何気なく目を向けた友人は立ち尽くした。
ほんの一瞬、小屋に入る人影が見えた。
それが例の失踪したガキ大将だったのだ。
慌ててポンプ小屋に近付く友人。
近付くと、小屋の扉は閉まっている。
友人は恐る恐るドアノブに手をかけ、思い切って引いた。
すると、そこには上目遣いで友人を見上げるガキ大将がいた。
ボロボロの服はあの日のまま。
年をとった様子もなく、失踪した当日のままの少年だった。
ガキ大将は、青白い顔のまま、友人に向かって、
「あったよ」
と、一言告げたという。
友人は恐怖のあまりドアを閉めた。
そして、しばらくしてから恐る恐るもう一度ドアを開けた。
そこにはもうガキ大将の姿は無かったという。
皆が静まりかえる中、別の一人の友人がポツリと言った。
「…あいつ、亡くなった後までお前との約束を気にかけてたんだな」
一同が頷く中、話をした友人が震えながら首を横に振った。
「いや、探していたのはたぶん別のものだよ」
「別のもの?」
「あいつ、自分の首を持って立ってた」
Oが言うには。
損壊されたガキ大将の遺体には首が無かったという。
つまり、ガキ大将はあの日、釣り道具を見つけ友人宅に届けた後、帰り道で犯人に出くわし、殺されて首を…
その友人は最後にポツリと呟いた。
「たぶん、あのポンプ小屋にあいつの首があったんんだよ…」
そのポンプ小屋は今はもうない。
遺体としてのガキ大将の首は…今も、そしてこれからも見つからないままなのかも知れない。