9話目 漆の呪い
本日3回目です。
高木は森の中で慄き、呆然と立ちすくんだ。
「呪いだ…」
そこには本当に本物の、呪いの儀式があった。
何とかふわふわ移動して進んでいる途中で、劇的に嫌なものを見つけてしまったのである。
太く大きな樹に、あろうことか自らの写真がくいで樹に打ちつけられていたのだ。
隣にはわら人形のようなものも打ち付けられている。
自らの写る写真に開いた無数の穴は幾度も樹に打ち付けられており、憎しみを込めた様子を物語っている。
誰かが俺を呪っている。
今の高木の事態に、この呪いが無関係でないとは思えなかった。
高木は恐ろしくなって、まるで金縛りにあったようにその場から動けなくなっていた。
漆部屋では、漆の精製が行われていた。
海府が岩手の漆芸研究所へ進学した学部生時代の同級生から岩手の浄法寺産の漆を販売してもらったものである。
海府は漆の精製が得意であり、古今東西の漆を集めて漆を作っている。
漆液は精製することで様々な用途の漆を作ることができる。近年の国産漆の減少によって現在は中国産が大量に出回っている。しかし国産の漆は塗面が丈夫だし、作業もしやすいと漆芸業界では評判が高い。
現在国内で採られる漆液は極少で貴重であり、正規に購入すると非常に高価である。
曽根と海府はこの上質の漆を課題の上塗りに使おうと考えている。
専用の機械に漆液を入れて、精製には時間が長くかかるようである。
なめこ川は飽きて精製中の漆を触ってみようと指をさし出した。漆は機械の中で回転され上気してきて鼻につんと匂う。
「だめ!かぶれるわよ!!」
曽根に手を取られた。
漆からの上気は湯気のように揺らめいている。
なめこ川は前に高木にも「カブレルゾ」と嗜められたことを思い出した。
「あ、ありがとうございます········?」
二人は見つめ合っていた。
かぶれ、それは不思議な響きがある。
漆の樹液が皮膚につくと痒みで爛れるというのだ。
とっても怖い、だが、何故だろう、どきどきして興味がわいてくる。
「高木には内緒だよ。三等分しよう」
実はなめこ川は昨日から曽根と海府に教えられて課題に取り掛かり始めている。
貧田として採点を貰うつもりなのだ。
高木がいない時、曽根と海府はなめこ川にあれこれ指導
したり世話を焼いたり、二人の過保護な姉のようだった。
曽根はなめこ川の手が思いのほか小さくて驚いた。
こんな小さい華奢な手が漆液でゴワゴワにかぶれてしまったらと思うとぞっとする。
そうなればこの健気な少女でも漆を辞めてしまうだろうか?
漆を専攻した生徒が漆に酷くかぶれて他のコースに途中で転向するのはよくある毎年の恒例行事だ。
おかげで漆部屋は定員割れを起こしているが、漆を続ける強い意志を持つ少数精鋭とも言える。
とはいえそれはそれとしてなめこ川と別れたくない曽根は、なめこ川の周囲に少しでも漆が飛び散っていないか細心の注意を払った。
漆の精製の為、課題の制作時間が削られぬよう朝早くに集まったものの忙しい作業ではない。
三人は退屈な精製を眺めつつ、まったり会話をしたりして和んでいた。
そこへ、突然ネコの鳴き声が響いた。
フナオーオー!
ドアに向かうと、思わぬ珍客に叫んだ。
皆、この猫の顔を知っていた。
「「「ジャン・ピエール!!!」」」