7話目 癒しの少女
「やあ、景気はどうかい」
今日は外ドアを開けて黒島教授がやってきた。
大きなピザを三箱持っている。
皆ちょうど遅めの昼食を終えて後片付けしたところで、もう2時はとっくに過ぎていだ。
高木はまだ戻っていない。
「今からお昼ですか?」
「差し入れだよ。みんなで食べよう」
たった今みんなお昼を終えたところだ。
「あれ?高木は?」
「「いませーん!」」
なんとタイミングの悪い差し入れだろう。
だけれど、せっかくなのでありがたく頂戴する事になった。
「きみはお人形さんかい?さっきからぜんぜん食べてないよ」
教授は巨大ピザの前で固まったなめこ川に優しく話しかけた。
なめこ川の胃袋はただ今こんぶおにぎりを消化中である。なめこ川は小食だが、消化が終わればまたすぐお腹が空いてしまう。胃袋が非常に小さいのでいっぱい入らないのだ。
しかしエネルギーは必要なのでいつも変な時間にお腹が空く、そんな時はお菓子などをつまんで凌ぐようにしている。なめこ川は常にお菓子袋を携帯して「(菓子)業者さん」の異名を持っている。
「教授、今日はずいぶんゆっくりなんですね。小学美術コースで3限目に伝統工芸史論の講義がありますよ」
曽根は教授の一週間の授業時間割を記憶して時には秘書を自称している。
それでも教授はしょっちゅう休講したり奔放なもので結局スケジュールはめちゃくちゃだ。
漆部屋の生徒たちは漆芸に関する質問がある時に当然のように不在の教授に慣れてしまって、部屋の先輩に頼ることが多い。
つまり、この部屋の漆の技術は先輩から後輩へ口伝で修得されているのであった。
「今VTRを視せてるよ。出席とったし終わったら勝手に帰るだろ。おい、··········いやいや、君!無理に入れるなよ、ほら口からチーズの糸垂れてるぞ」
教授はなんやかんやとなめこ川に構ってくる。
曽根は本来ならば嫉妬するところだが、なめこ川相手では無理もないと思った。
なめこ川は小学生っぽい。
ドジっ子なのもまた可愛らしく可憐だ。
曽根がどんなに女装してもクール系美女になってしまうのでこんなのは真似できないし。
曽根自身、ついつい思惑を超えて彼女には何かと世話を焼いてしまう。前に漆を床にこぼされて後始末をした時も、不思議と腹は立たなかった。
黒島教授に恋をしてからイライラしっぱなしで、優しいイケメンと言われたのはもう過去の事。
正直この世界の何もかもが気に入らない。
男らしい自分は嫌い。
でも女になりきれない自分はもっと嫌いだった。
なめこ川は曽根のタイプの守備範囲を遠く超え過ぎていて、たった一つも闘争心の琴線に触れないのだ。
それはとっても気楽で。
ドジも極めれば立派な個性だ。
それは周囲に慈悲の心を与えるのだ。
例え高木への利用価値がなくなってもなめこ川を傍に置くのはいいかもしれない。
···········癒しって、こういうことかもしれない。
「ところで、君は何年生?」
黒島教授はふと気になって、なめこ川に聞いたのだった。