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6話目 迷い猫ジャン•ピエール

今日も漆部屋は騒がしかった。

高木が先日から風邪をひいて咳を連発している。


ごほごほごほっ


バカでかい高木の咳の音と振動が部屋中に伝わる。

唾液が漆に入ると化学反応で固まらなくなるので、作業中は皆マスクをつけており、どの道感染対策はバッチリだ。


「うっるさいわよ!!」


曽根は丑の刻参りで寝不足が続いており機嫌が悪い。

曽根は課題に使う漆を練っていた。

下地の段階の漆なのでいつもなら高木に練らせるところだが、今回ばかりはそうはいかない。


先日教授の出した課題は、全学年共通なので同じ学年が一人ずつしかいない彼らには珍しい機会、学年を超えたライバルと成績を競うことになるのだ。

特に漆部屋に来てまだ2ヶ月と経たない高木なんぞに大事な下地の錆漆を練らせる訳にはいかない。


高木は生意気にも入学前から漆芸の勉強をしていたようで多少知識もあり、おまけに遠縁の親戚に塗り師の職人がいて、高校生の夏休みの数日間、塗りの指南を受けに親戚の住む石川県までプチ修行に行ったこともあるという。

鼻持ちならないが、とにかくただの初心者とは言えないのだ。

やはり高木は、ずるい。


いつものんびり雑誌を読んでいる院生の海部も今日ばかりは課題用の錆漆を練っている。


漆の凝固の性質の都合上、室温管理が徹底されている漆部屋だが、今日は熱気がムンムン部屋の上部に渦巻いているようだ。


そこへなめこ川がやってきた。


「あの〜、この扉に迷い猫のポスター貼ってもいいですか?」


了承を得て、なめこ川はポスターを一枚カバンから出して貼った。カバンの中にはポスターが何束も入っている。

大きく膨れたカバンを抱えていつもの貧田の席に、重さによろけながら腰掛けた。


今日はずっとネコ探しのポスターを構内に貼って廻って、休憩で漆部屋へやって来た。

なめこ川はいつのまにか漆部屋に馴染んで今やサークルの部室のような利用頻度で来ている。


なめこ川は漆部屋での自分の立場の危うさに気づかない天然少女だが、それゆえののほほん顔で場を和ませていた。


「みなさんお昼は食べないんですか?」


もうとっくに12時を過ぎている。

なめこ川は購買で買ったこんぶのおにぎりを開封した。小食なのでこれっきりのお昼ごはんだ。


海府はいつのまにか漆を練るのではなく昼食のパスタをゆでている。海府と曽根は共同で調理し一緒に食事することが多い。とても仲が良い女(男女)友だちだ。

海府は曽根が男でも女でも変わらないでいてくれる貴重な存在だ。

高木は落ち着ける部屋の外の学食などで食べる。


高木は作業に見切りをつけ学食へと、出入り口に向かうと扉のポスターが目に入った。

あちこちでこのポスターを見かけるので気になっていたのだ。


「これ、あんたのネコ?」


「え!た、高木くん!?

ど、ど、どこか、でこのネコ見かけましたか!!」


高木はうーんと考える。


「いや·····この、なめこ川って奴の猫か。あんたの友達?」


なめこ川はヒッとなった。

ポスターの連絡の宛先がなめこ川となっていたのだ。


高木は普段引っ込み思案のなめこ川がこんなにきちんと会話してくれたのはこれが始めてだと思った。

愛猫の消息とあっていつもより積極的なのだろう。


「は、はい。友達の、····です!

友達のネコのジャン•ピエールは、まだ子供で、一人で食べ物も見つけられない、そうなんです···············

このポスター、もっと良く見て下さい!

この顔にピンときたんですか!?」


「ひ、貧田·····?」


高木はなめこ川の勢いに気圧され、

なめこ川のいつにない大きな声にみんな一斉にポスターを見た。


「あは!ジャ、ジャン•ピエール·····名前もだけど、この見た目!!」


「ネコ?トラ??」


曽根も海部も、込み上げてきたものをこらえているようだ。


なめこ川画伯は絵は得意だった。

だけど、イメージと主観に頼って描くからなのか、いくら描いても対象物には似ない。

その分どんどん個性的に仕上がるので鑑賞者には様々な物議を醸し出す。そして自分では写実的でおまけに素敵に描けているつもりなので改善の仕様がない。


ポスターの中央には、トラ模様の太りぎみのオス猫が体をよじっている。よじっているというよりは不自然に中で骨が折れている様にも見える。曖昧な体に反し、そのくせ顔の肉づきは勇ましく、トラ柄の広い額を中央に突き出して、丸い大きな鼻は今にも啼いて大騒ぎしそうだ。

やたら虚ろな瞳で卑屈にもこちらを上目使いで見据えている。これは少女が捜し求める迷子の愛猫の姿とはとうてい思えない。


つまり、可愛くない、飼われている猫に見えない、したがって、迷子になんかなるはずがない。


高木は道端のゴミ捨て場にたむろする野良猫とかにこんなのがいたかもなあと、一生懸命考えた。


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