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4話目 漆はカブレルぞ

「それなら、私、Sになります。

高木君ともっともっと仲良くなりたいんです」


曽根は感動してそっと涙を拭う、フリをした。

心では舌を出していた。


「そう!そうでしょう!

でもね、君の性格じゃあ到底高木に大きく出られないよね?

だからね、私は君に幽霊部員の貧田先輩の立場になってもらって高木より偉い立場に立てればと思ったんだけど········どうかしら?」


「そんな!そんなこと、やっていいのかな·······でも先輩、協力してくれるんですか?どうして·······」


「君、4月の入学以来ずっと漆部屋の中を覗きに来てたじゃない。かわいそうになっちゃって。

高木は後輩だし幸せになって欲しい、と、今日突然思いたったのよ」


「曽根先輩って後輩思いなんですね!よかった!やっぱり昨日の妖怪は先輩じゃあなかった!」


「!!」


「昨日の夜、裏山で恐ろしい妖怪を見たんです。

それが········先輩にほんのちょっと背格好が似てるかもって······ヤダ、すみません!こんなにやさしい先輩に向かって!」


曽根はぷるぷる震えていた。


あれは高木を呪う『丑の刻参り』の厳かな儀式だった。

まずい動揺してしまう。

あの時、なぜもっと周囲に気を配らなかったのか。

今や呪いたいのは、間違いなく自分自身だ。


なめこ川は暗かったからか、曽根の顔と具体的な儀式の内容は見えなかったようなのは僥倖だ。

口封じは······しなくても大丈夫だろうか。

なめこ川の曽根を信頼しきったいかにも平和そうな顔を眺める。


儀式を他人に暴かれたら呪いは破かれてしまうらしい。

ちょうど高木の長引いていた風邪も治ってしまったし効力が切れたのだろうか。

それならば、これからまた7日間かけて呪いをやり直さなければならない。


曽根はなめこ川を身近に置き、高木にばらされないよう見張ることにした。





それから毎日、なめこ川は曽根に漆部屋に引きずり込まれた。

そして曽根は高木をいびりたい時はなめこ川をけしかけるようにした。

なめこ川は重度のどじっ子なので、漆を机にこぼしたり、床にバケツの水をこぼしたり、棚のホワイトガソリンを倒してこぼしたり、人にコーヒーカップを出しながらこぼしたり、とにかくこぼしまくるミスを高木に押し付け、手を煩わせるのに適役だった。


何度も失敗しているうちに雑巾片手に雑用は高木が全てやってくれるようになったので、なめこ川は特にすることもなく海府のノートパソコンを借りて『S M』について検索していた。

そこで、自分はもしやSというよりM体質かも、とか考えていた。


次第に、ネットからあまりにどきつい情報が垂れ流れてきて、頭の中がぎっこんばったんした。


なのでもうそれを諦めて、貧田の席でネコ探しのポスターを描くことにした。飼い猫はジャン•ピエールという名だが、まだ見つかっていない。


なめこ川はちらっと高木を横目で見つめ顔を赤らめ俯いたた。

しかし高木はなめこ川の気持ちに気づいていない。

というかなめこ川の後始末でそれどころではなかったのだ。


高木のつれなさに、なめこ川はやっぱりM気質ばかりに傾きそうだ。

なめこ川はまた曽根に塗り部屋での指導を請われ、持ってくるよう頼まれた漆液が入った茶碗を冷蔵庫から取り出そうとした。


曽根に頼まれた漆の種類は数点、難しくて探し難い。

おまけに冷蔵庫には漆の入った茶碗が所狭しと並んでいて奥のものを探るのが難しい。

なめこ川は茶碗を慌ててガチャガチャさせていると、手前にあった昨日高木が濾した漆を誤って床にこぼしてぶちまけてしまった。


容器の茶碗が割れた。なめこ川は拾おうと急いで手を出す。


「触るな!カ・ブ・レ・ル・ゾ!!!」


「カ、カブレルゾ?」


高木はなめこ川が漆を触らぬよう大声を出して手を払い除ける。

なめこ川は高木のぶっきらぼうな行動に唖然となる。


だけど、『カブレルゾ』ってなんだろう?


なめこ川は漆の樹液が手につくと赤く腫れて痒くなったりする、『漆かぶれ』について知らない。



曽根と海府も手際良くビニール手袋を装着し、一斉に床にへばりついてこぼれた漆をへらで丁寧にすくい上げる。


騒然とした漆部屋になめこ川はひとり呆然としていた。

まるで感染者が出た施設内への消毒除菌作業だ。


「これは国産の漆なのよ!?一滴たりとも無駄にはできないわ!!」


茶碗の割れを拾い、漆をへらですくえるだけすくうと、仕上げに希釈剤である灯油を布に浸し床を拭いて、更にホワイトガソリンを浸して拭き残しがないよう皆で何度も拭いた。


漆は丈夫な塗料であり、特に木材面には密着が良く一旦固まってしまえば永久に拭き取れない。そしてすくった漆は埃が入ったので目の細かい和紙に通して濾し直す必要がある。

和紙に通せばその分、量も減ってしまうという。


(漆って大切なんだあ)


なめこ川は初めて、天然の漆液という材料について実感した気がした。


漆をこぼした床もピカピカに輝いている。

·····気がする。


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