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11話目 高木くんの受難

本日1回目の投稿です。

高木はそこから動けずにいた。


自分の写真が執拗に打ちつけられた大樹を目前にうずくまり、そして何か自分の体の具合が、ふんわりしておかしいことにようやく気づき始めていた。


周囲にはいつの間にかノラ猫が増えていた。

日が高くなるとその場所は森の切れ間なので日当たりが良く暖かく、日向ぼっこに最適のネコの広場になっているようだ。


高木は自分の体を抱え込むように両腕を回したが手の感触が一切しない。

そして不思議なのはバイクの転倒で怪我をしたと思ったのだが、どこも痛くない。


まるで自分の体が存在しないような変な感じだ。


さっきから樹々を揺らし渡っていく風が自分には当たらないし、地面の土の感触も靴の裏から伝わってこない。


高木はふわふわ浮かんでいた。


痛さから逃れるためだろうか、

自らの身体から幽体が離脱してしまったのだ。


高木は自分がどこへ向かっていて、今何をするつもりだったのかすら分からなくなってしまっていた。


どんどん体が透けていきどんどん存在が無くなっていく気がする。

これからどうしたらいいんだろう?




突然、猪が森の茂みから飛び込んできた。

しかし、それは猪ではなく一心不乱の曽根の姿だった。


「オレの儀式が!!」


曽根は例の呪いの樹に一目散に駆け寄った。

高木はその時すぐに理解した、曽根がこの樹の呪いの執行者であると。


高木は問いただそうと曽根につめ寄ったが、見えないので当然冷たく無視された。


(この状況はお前が俺を呪ったせいか!?呪いたいほど、こんなにするほど俺を憎んでいたのか??)


高木は曽根に向かって叫んだ。日向でのんびりと寝転がっていた猫が一斉に高木を見た。


曽根はそこでようやく高木を見つめた。


「誰か·············いるの?」


青ざめた曽根の視線は、高木を通り越して背後の茂みを見つめている。まったく高木の声が聞こえない様だ。


これは無視とかの嫌がらせで無さそうで。

やはり自分は実体のない存在なのだと認めざるを得ない。


バイクで横転した時に俺は死んだのか?


理由は分からないがとにかく、夢か現実か、頭にもやがかかっているようでぼうっとしてしまう。


そもそも自分はどこに立っているんだろう?


考えてはいるけれど思考は堂々めぐり。

高木の白い霊魂は、だんだんその呪いの大樹にすういっと吸い込まれていった。


高木はもう樹の中で曽根を眺めることしかできなくなっていた。







「高木君······どうしてこんなことに…」


裏山の公道、現場は行き交う車はなくしんとしている。あんうぇん、となめこ川はずっと泣いていた。


ジャン•ピエールの導きでここまで辿り着いたなめこ川を待っていたのは。

転倒した高木の黒いバイク、傍らには高木の体が放り出されている。

高木は血まみれで息をしていない。


死んでいる。


なめこ川はそう思った。


絶望の淵、なめこ川は大好きな高木の体を揺さぶり続けた。

ジャン•ピエールは悲しげに小菊の花を咥えてなめこ川に差し出した。

なめこ川はしゃくりあげつつ、それをそっと優しく高木に手向けた。


「天国になんて行かないでよぅ·······ぐすっっ、私、Sになるんだからあ·········」


いつもはそっけないジャン•ピエールがそっとなめこ川に寄り添う。


そしてしばし寄り添った後で、ゆっくり何度も振り返りつつ、こっちだと言うように、なめこ川を誘うように森に入っていく。

ジャン•ピエールは高木の白くふわふわした中身が森の中へ入っていくのを見ていた。だからそこへ連れて行こうとしているのだ。



なめこ川は警察や大学へ連絡するという一般的な判断が頭から弾け飛んでいた。


とにかく漆部屋に高木を運ぶことしか頭になかった。

しかも一人でそれを行おうとしていた。


山を突っきれば漆部屋までの近道だ。

高木の身体を背負い上げ引きずり、とりあえず同じ方向へ向かおうとするジャン•ピエールの後をついて歩く。


魂がないのなら荷物も同然というもの、高木の肢体はやたら重たかった。

肢体に枝や石に引っ掛って傷が付いていくのに、なめこ川は冷静を欠いているので構っておれず、とにかく根性で引っぱって山道の斜面をを這うように登っていく。






海府は漆を精製しつつ、ジャン•ピエールにめちゃくちゃにされた漆部屋を一人で片付けていた。

曽根に別口で頼まれていた漆の精製もあるので今日は部屋を空けられない。


「頼まれたから精製はするけど、ちょっと変わった漆ねえ。さすが曽根ちゃん研究熱心だわ」


そこに織りのコースの和知田講師が尋ねて来る。妙齢のきびきびした女性だ。


「おーい、なめこ川いる?」


「あ、いません。今ちょっと出ていまして、すぐ戻ると思いますけど、彼女、作業も途中だったし」



「作業ぉ!?~まいったな、ほんとにここの子みたいね。織りの部屋には全然顔出さないのに」


海府はなめこ川に他の所属があるのをすっかり忘れていたと気づいた。


「あの子ちっちゃいし、地味でしょ?まあもともと織りでも目立ってやる気があったわけじゃなかったから暫く来なくても気づかなかったんだわ、申し訳ないけど、うちは大所帯だし」


和知田はなめこ川のポスターをひらつかせた。


「これみて、『迷いネコのジャン・ピエールを探しています 情報は 漆部屋 なめこ川まで』だって?おどろいた!これで漆部屋にいるのが分かったのよ?」


「あの、まだ専攻に分かれて1ヶ月ですし、一年生の専攻の変更って可能なんですか?」


その事項について、和知田はそんなに難しくないと思った。何より漆部屋は万年定員割れの部屋だから。


「·······へえ?とにかく、本人には一度顔出すよう伝えてよね」


「はい、お伝えします」


海部はにっこり笑った。和知田はやれやれとため息をついて去って行った。


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