1 浮気調査
「対象者が会社を出ました」
イヤホンから相棒の声が聞こえた。
「了解」
俺はマイクに向かってつぶやいた。
しばらくして改札で待ち伏せていた俺の前に対象者が姿を現した。
今回の対象者は特徴の無い三〇代半ばの男性だった。
俺は対象者の尾行を始めた。
渋谷で対象者は電車を降りた。
対象者はカフェに入った。
俺も店に入る。
今回の調査の目的は浮気調査だった。
対象者はスマホを気にしながら店の外を見ていた。
たぶん浮気相手と待ち合わせしているのだろう。
興信所で探偵をしているのは会社をリストラされたからだ。俺は大手企業に勤めるサラリーマンだった。それだけが、ある意味俺取り柄だった。
俺には不釣合いな美人の妻と結婚できたのも、安定した大企業に勤めていたおかげだ。
だから、俺は会社をクビになってもそれを隠した。
毎朝定時出勤してハローワークに通った。
中年男性の再就職はきつかった。
そんな時、中華料理店のカウンターの下にあった油染みの付いたスポーツ新聞の求人欄で見つけたのが今の仕事だ。
「正社員募集・年齢学歴不問・高収入保証」
その言葉に吸い寄せられたのだ。
応募すると、採用はあっけないくらい簡単に決まった。
だが妻には隠していた。
興信所の仕事は俺に向いていた。
浮気調査は面白かった。
俺の調査で地位や金のある連中がその座から転がり落ち、すべてを失って行くのを見るのは愉快だった。
俺は腕利きの調査員になって行った。
「ごめん、待った」
対象者に女が声をかけた。
「いや」
その女の顔を見て凍りついた。
対象者がコーヒーのカップを乗せたトレイを持って立ち上がる。
「私、やるわ」
女がトレイを持って下げに行った。
俺はとっさに顔を隠した。
その女は俺の妻だった。