かくれんぼ、あるある、言ってみよー
「ねえ、それ何のサイト?」
顔を上げると、テーブルを挟んだ正面に女がいた。身を乗り出して、俺の手にしているスマホ画面を覗き込んでいる。
馴れ馴れしい女だなと一瞬思ったが、飲み会という場では、誰もが馴れ馴れしい。
友達の知り合いの舞台を観にきて、成り行きで打ち上げに参加させられたものの、友達は女を口説くのに夢中だし、もう1人の友達は寝てしまい、他に話が合う奴もいなくて、1人ちびちびハイボールを飲みながらスマホをいじっていた俺。
「夏のホラー2021……」
勝手に人のスマホを覗き見て、拾った文字を読み上げる女は小柄で、内巻きボブに人懐っこそうな丸い目をしている。タイプではないが、可愛い部類だ。
「小説投稿サイトの夏のホラー企画だよ。短い時間にてきとーにサクッと読めるから」
「へえ、ホラー小説に企画とかってあるんだ」
「お題があるんだ。今やってるのは『かくれんぼ』」
「かくれんぼかあ、懐かしいね。子供の頃よくやったよね」
女は丸い目を三日月のように細めた。
「やったかな、やった気もするな」
「やったでしょ。思い出してよ」
「小学生低学年までかな。近所のガキらと」
「うんうん」
「勝手に人ん家の庭とかに隠れて、そこのおばさんに見つかって怒られたり」
「あったあった。子供だから平気で不法侵入しちゃうのよね」
「早くやめたくて、わざと見つかりに出たり」
「あるある、いつまでも見つけてもらえないとね」
「逆に鬼のときもさ、なかなか見つけられなさすぎて、もうみんなやめて帰ってんじゃねーのかなって不安になるときあるよな」
「もう、やめようって言えないのが難点だよね。お互いもうやめたくても、見つけるまでは」
「あるある。相手に勝手にやめられてて、それが分からなくて、いつまでもずっと隠れてたり、いつまでもずっと探してたりさあ」
「だよね。早く見つけてよねえ。新くん」
「え?」
あれっ俺の名前、この子に教えたっけ?
ああ、友達に呼ばれてたのを聞いたからか。
「いつまで経っても全然見つけてくれないから、わたし、とうとう出て来ちゃったよ」
は。何だよその怖い冗談は。
笑い飛ばそうとした俺の目の前で、女の輪郭はたちまちぼやけて、薄くなり、三日月のように細めた目だけで笑っている。
急に酔いが回ってきたようだ。
これはきっと夢だ。酔っぱらって眠ってしまい、夢を見ているんだ。
ホラー小説なんて読みながら、悪酔いしたせいだ。こんな女、俺は知らない。絶対に知らないからな。
「あのときの新くん、笑えた。顔を青くしたと思ったら、急にこてんと寝ちゃうんだもん」
詩織が笑った。親父の転勤で引っ越すまで、よく遊んでいた近所の一つ年下の女の子、それが詩織だった。
偶然再会を果たし、詩織のほうはすぐに俺だと分かったらしいが、俺は全く気づかなかった。
だから少しからかってやったのだと詩織は得意げに言った。ふざけんなと思ったが、あんまり怒ると俺の怖がりが露呈するだけなので、寛容に許してやった。




