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炭焼き寝床の焼太郎

 生活の柱である父親が死んで一年。高校卒業後、ここ一年、まともに働いていない炭黒焼太郎は、早くも生活に困窮し始めていた。元々父子家庭だったため、父親が死んだあと、彼は独りで暮らすことになった。

 森の中にある小さい村に焼太郎は住んでいた。働く気のなかった彼だったが、父親から継げといわれていた炭焼き事業——いわゆる木炭づくりだけは幼いころから教えられていたので、炭を売ってその日暮らしをしていた。

 だが怠け者の焼太郎は父親と違い、毎日村に行き、炭を売るわけではなかった。気分が乗らない日は家でゴロゴロしていた。

 必要なときに売ってくれない炭焼きは頼りにならないと判断した村の人たちは、次第に隣町の木炭を買い求めるようになった。村の人たちから炭黒家の木炭は必要とされなくなっていった。

 そうこうしてお金が無くなってきた焼太郎は、家や炭焼きの窯、服など、絶対に必要なもの以外はすべて町で売りさばき、なんとか金を作り出した。だが唯一、お気に入りの寝床だけは、お金に換えることはなかった。なぜなら、焼太郎はゴロゴロしたり、寝るのがとことん好きだったからだ。

「やっぱり、睡眠だけは何にも譲れないな。でも、これから本当にどうやって生きていこう……」

 まだ木炭を買ってくれる村人は少しばかり残っていたので、その日食べるものは何とか確保できていたが、それも怪しくなってきた。風呂にもしばらく入れないほど困窮していた。

「明日は町に行って雇ってもらえそうなところを探そう」などと考えながら眠りについた。


 焼太郎は翌日、町に繰り出した。仕事を斡旋してくれるところに行き、自分でもできそうな仕事を見つけた。案内された面接会場に行き、面接の部屋に入ったところまではよかったのだが……。

「あなた、なんか臭うわね。……炭が焼けた臭いかしら、焼肉屋みたいな。面接はできません! 鼻が曲がります! 風呂に入ってから出直してきなさい!」

 焼太郎はショックを受けた。自覚していなかったが、相当に臭うらしい。その面接官が本当に臭そうにしていたので、焼太郎は怒りを素通りして申し訳なさでいっぱいになった。

 涙目になりながら焼太郎は、「臭う……。臭うか、わし。炭の臭いってそんなに臭いのか」とブツブツ言いながら帰路についた。


「下駄箱の中とかに入れとくと消臭効果があるはずなんだけどな」

 焼太郎は家につくと、炭の使い方や、効果などについて今一度考えてみた。たしかに木炭は、着火剤にするとくさいイメージがある。だがその他にも、下駄箱やタンスに入れておくと消臭、湿気をとる効果がある不思議なものでもある。そこで彼はふと疑問に思った。

「布団の中に炭を入れて寝ると、体と服の臭いはとれるのかなあ」

 

 翌朝焼太郎は、炭入りの寝床から起きて自分の臭いをかいでみた。

「うーん。とれたような、まだ臭うような」

 消臭効果が実感できなかったが、働かなければ本当に野タレ死ぬかもしれないと思った彼は、今日も町に仕事を探しに行った。

 面接会場につき部屋に入ると、また昨日と同じ面接官だった。どうやら親会社と子会社の担当をかけ持っているらしい。焼太郎はまたあの反応をされると思い、顔を俯かせた。だが、面接官は笑顔で話しかけてきた。

「あら、昨日の炭黒さんですね。」

「はい。昨日に引き続きすみません。……臭いですよね。すみません帰ります」

「えっ? いえ、今日は全然気にならないですよ。しっかりお風呂に入った証拠ですね! それでは面接を始めましょう」

 焼太郎は一瞬戸惑ったが、昨日思いついた炭入り寝床が効いたんだ、とわかり、心の中で喜んだ。

「やったー! 成果があったんだ! あの布団!」

 面接が終わり帰宅するなり、焼太郎は近所の臭いと評判の爺さんを呼んで、一時間ほど布団に入ってもらった。すると、その爺さんの悪臭は完璧になくなっていたのだ。すぐにその成果を村のみんなに見せて回った。

「この爺さん、今日は臭くないぞ~! ちょっと見に来てくれ~!」

 焼太郎は村中を爺さんと一緒に歩き回り、自分が発明した炭入り寝床のことを皆に知らせていった。

「うちの子、風呂嫌いでな。試してみてもいいかい」

「病気で寝込んでる婆さんが臭くてかなわんのだよ。うちにその布団を持ってきてくれないか」

 臭いで困っている人達が、次々に声を上げてきた。焼太郎は、炭入り寝床の制作と、消臭効果の詳細、必要時間など、あらゆることを分析し、村の人たちのために一生懸命働いた。すごいすごいと、村の皆から称賛を受けるようになっていった。

 

 ——数年後炭入り寝床は、「焼太郎の炭布団」という名称で製品化され、全国に売られていくようになった。

 儲けられない仕事だと思っていた炭焼き事業が、怠け者である焼太郎の寝床愛と重なったおかげで、世界中の臭いに悩む人たちを救っていった。

 一躍有名人になった焼太郎はお気に入りの炭入り寝床に寝そべり、ふと昔のことを思い出す。

「ここまでこれたのは、炭焼き事業を継いでくれた親父と、直接臭いと指摘してくれたあの面接官のおかげだな」

 自分の発想力がすごい、などとひとかけらでも思わないところが焼太郎のすごいところだ。怠け者でも、人のいうことを素直に聞ける広い心と、一瞬の閃きがあったからこそ、焼太郎は幸せになれたのです。おしまい。


「え~、もう終わり~? その後どうなったの~?」

 この話は「炭焼き寝床の焼太郎」という童話となり、村の子供たちに読み聞かせられるようになったとさ。

おわり

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