008 猫のお伽噺。
猫には猫生があって。
色々な経験をしているものだと思う。
どこで生まれ。
どんな母猫に育てられ。
そしてどんな風に生きてきたか。
野良猫に聞いてみたいけど。
猫は喋ることが出来ないから。
人はその猫の様子から想像する事しか出来ないのです。
怪我をしていれば、縄張り争いかな? と考えたり。
痩せていれば餌場がないのかな? と考えたり。
人懐っこい子は、人と良い関係を築けてるのかな? と考えたり。
この猫の形をしていた少年は、魔女を恐れてはいないみたい。
呪いで猫になったけど。
それは魔力と近しい存在のような気がするけれど。
彼には魔法に対する忌避感はないみたい。
温かいミルクを飲みながら。
魔女はそんな風に考える。
魔女はといえば。
明らかに魔女と分かる格好をしているのです。
黒いワンピースに黒いブーツ。
外出の時は、黒い外套に黒い帽子被ります。
魔女の正装。
何故そうなのか分からないけれど、この森の家と一緒に、傍らに備わっていたもの達。
魔女として生きていくアイテム。
同業者に会ったことがないから分からないけれど。
でも。
魔女が魔女として誕生するに当たって、付いてくる物なのだと思います。
なんせ不思議な服だから。
どう見ても魔力がエンチャントされている物達だから。
「お姉ちゃんは魔女なのでしょう?」
「……魔女です」
「お薬を作ってたから、白魔法使い?」
「……いえ、見たまんまの黒魔法使いです」
「そうだよね……」
「そうなのです」
わりと薬作りが得意だったり、水系の魔法が得意なのですが、がっつり黒魔法使いなのです。
勝手なイメージですが、白魔法使いは服とか白そうです。
そして森にはいなそう。
王宮とか、明るい場所にいそうではないですか?
「僕の呪いはね、黒魔法なんだよ?」
「…………」
「ルビーに掛けられた呪い。猫になる呪い。元は人間なのだけど、毎日毎日少しずつ猫になる時間が長くなって、やがて石に掛けられた呪いが成就すると、石は砂になって、僕は完全な猫になる。そういう呪い。猫になったら、人間だった頃の記憶はすっと薄れて、体も心も猫になるの。頭の中もきっと猫になる。でもねーー」
少年はミルクに何度も息を吹きかけて冷ましている。
魔女は次から少年のミルクは温めに入れようと思いました。
「猫って悪くない。きっとそう思う。目の前で殺されていった小さな僕の妹の事も、真っ赤な血を流しながら死んでいった僕の母上の事も。きっと記憶は僕の中から消えていって、ミルクの味と、柔らかいベッドの感触が僕を包んで、僕は完全な猫になる。何も知らない猫になる。そんな日がやがて来る。王が僕だけ殺さなかったのは、殺せなかったからなの。生まれついての魔力が高かったから殺せなかった。だから呪いのルビーを付けて、遠く離れた隣国に捨てられた。木箱に入れて捨てられたの。捨てられた日は雨が降っていてねーー」
少年はふっと優しい瞳を魔女に向けた。
「猫は水が苦手なんだね」
そう言って、猫の少年は小さく笑ったのだ。