007 猫と白いミルク。
「お姉ちゃん」
魔女は猫の少年とそっと向かい合いました。
これから積もる話でも始まるのかな?
今は昼下がりだけれど。
夜まで続くような壮大な身の上話とか。
魔女は隣国に起きた事に想像を馳せながら、熟々と考えました。
少年の身に何が起きたのだろう?
隣国に攻め滅ぼされた?
敵対する王族に乗っ取られた?
それとも配下による下剋上?
スペクタクルは人の数だけ存在する。
魔女は森の中で誰にも会うこともなく、非常に静かな日常を送っていましたが、波風のあるところにはあるのだろうと思う。
魔女はドキドキしながら、少年の口から紡がれる言葉を待っていました。
「……お腹空いたね」
「…………」
うん。
それは空くだろう。
昨日からミルクしか飲んでいないものね。
魔女はベッドから立ち上がると、いそいそと身支度を調えて、小さなキッチンに向かいました。
何を作ろうか?
ミルク?
お魚?
お魚を干した物を少し砕いてパンに乗せてみようか。
おいしいかもしれない。
少年も立ち上がると魔女の側までやって来て、寄り添うように横に立っていました。その間も少年のお腹は二度ほど鳴り、魔女はその度に笑いそうになるのを堪えるのでした。
ひとりぼっちの頃は、笑うことは少なかったと思う。
というよりも、殆ど笑っていなかった。
猫が来てくれた日から。
体がぽかぽか暖かくて。
小さな事が、おかしくて。
そうか。
壮大なスペクタクルの前は腹拵えだ。
それが楽しい。
お魚のサンドイッチにホットミルク。
テーブルに並べて二人で食べよう。
いつものテーブルがなんだか賑やかに感じる。
手伝いたそうにしている少年と、ミルクを温めたり、魚を解したりしながら朝ご飯とこれから始まるお昼ご飯兼用のブランチで。
すっかり並べ終わると二人で食卓についた。
目が合うとなんとなく笑い合う。
「いただきます」
魔女が前世の日本式にお辞儀をすると、少年も見よう見まねでマネをする。
可愛いな。
弟がいたらこんな感じなのかな?
一緒にご飯を食べるなんて……。
家族みたい。
家族みたいな感じ。
魔女が甘いミルクを一口飲むと、少年も一口飲んで熱そうにしていました。
猫舌だ。
少年は猫舌なんだ。
ミルクを一口飲んで「熱っ」て。
魔女はおかしくなってクスクス笑いました。
もう耐えられなくなって声に出して笑ってしまった。
人がいるっておかしいね。
笑えるって幸せだね。
魔女は何十年ぶりかで家族体験をしました。
昨日猫を拾いました。
そして今日、家族が増えました。
大切に出来たら良いな。
ずっとずっと一緒にいてくれたら良いな。
そんな温かい夢を見る。
夢を現実に変えるために。
魔女に何が出来るだろう?
出来ることは全てやろう。
そう決断するのです。
一度得た幸せは逃しません。
幸せには貪欲に生きて行くのです。