005 猫と少年2。
少年の銀色の髪が、頬に触れてくすぐったい。
猫っ毛だと思う。
やわらかくて。
サラサラで。
温かくて。
猫に触ったのは実に十八年振りだったけど。
人間に触ったのは……。
十八年よりまだ長くて。
三十年振りかな?
四十年振りかな?
多分前世の赤ちゃん振りなんじゃないかな。
魔女は戸惑っていました。
猫だった少年が朝になったら人間に変わっていたから。
獣人? ともいえる。
魔法? ともいえる。
紅玉の首輪を見た時に感じた軽い違和感。
力のある石。
魔石だろうか?
それに高位の魔導士が羽織るようなローブを着ている訳だから。
野獣に変化出来る凄腕の魔導士と考えるのが自然だろうか?
どうしよう……。
せっかく出会えた猫なのに。
せっかく出会えた猫だけど。
人間というのは、猫よりは存在が自由では無い。
なぜなら戸籍が存在する。
猫は生まれた時も、命が尽きるその時も。
誰にも認知されていないのが基本。
生まれた事を、親と兄弟しか知らない。
親と兄弟がいなければ、その存在は誰にも認識されていない。
存在したことを誰も知らない。
動物ってそうゆうもの。
魔女は……。
分からないけど。
戸籍はある気がする。
『魔女 出生地 森』
みたいな。
国か領主が管理している気がする。
だいたいこの森って領地の中にある訳で。
領主は? となると、見て見ぬ振りをしている雰囲気。
そういう意味では、野生動物と同じ扱いだけど。
森に勝手に生まれ、森に還る。
うーん。
やっぱり戸籍ではなく、管理かしら。
魔女が眉間に皺を寄せて難しい事を考えていると、少年の瞳と目が合った。
「……お姉ちゃん」
頬を魔女の頬にそっと寄せて来る。
「これは呪いなの。猫になる呪い。そういうのあるでしょ?」
「…………」
???
あるかしら?
『かえるの王子様』的な?
グリム童話でカエルが王子様に戻る話。
「王家が襲われた時、掛けられた呪い」
「…………」
隣国はクーデターでも起きていたの?!
もしそうであったなら、何も知らずに森で暮らしていた事に吃驚だ。
魔女ってこんなに世事に疎くて大丈夫かしら?
けれど……新聞とかないし。
ここは森の中だし。
そもそも国も違うわけで……。
魔女はうんうんと悩みました。
少年はそんな魔女の姿を見て、寄せた頬をペロリと舐める。
猫のグルーミングは親愛の印。
難しい悩みを癒やしてくれる魔法。
それは前世も今世も一緒。
魔女は取り敢えず考え事は脇に置いて、恐る恐る猫? ではなく少年を抱き留めてみました。
猫も温かいけれど。
人もやっぱり温かい。
そんな昼下がり。