初日 ‐七年前‐
そもそもの始まりは7年前の春だった。
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『だーかーらー、だーいじょうぶだって。2年も1人暮らししてたんだし、家がでかくなるだけだよ』
専門学校を卒業して早1週間、2年住んだアパートを出たのが今日の朝。
久々に歩く見慣れた町を、キャリーケースをゴロゴロと響かせながら進む。
『周ちゃんこそ今日から海外で仕事でしょ?そっちこそ気を付けて。…はーい、また連絡する』
電話が切れたのを確認し、スマホをバックの中に突っ込む。
「しばらく日本を離れることになった」と、叔父、周ちゃんから連絡がきたのはつい先月の事。
早くに両親が他界し、高校卒業まで二人で暮らしていた我が家には、私が家を出てからずっと周ちゃんが一人で暮らしていた。しかし、どうやら彼は出張で海外に行くらしい。今年就職で戻ってきた私と入れ替わりになってしまったのだ。
『…ついた』
久しぶりの実家。いや、去年の夏に一度帰ってきたのでそんなに懐かしくもないか。ただ、改めて見ると一人で住むにはデカすぎる。
『えー…っと、鍵は』
雑に入れといたせいか、なかなか出てこない鍵をひたすら漁る。
ふと目に入った駐車場に、見慣れない車が一台。周ちゃんのかな?去年までは無かったはずだけど。買ったんだろうか。
『あった』
ようやく見つかったそれを鍵穴に差しガチャガチャと回す。
…そういえば、あの人達こっち居るんだっけ。
僅かな苛立ちと共に浮かんだのは、幼馴染4人の存在で。半年前までは頻繁に連絡を取っていたのに、急に音信不通になりやがった彼ら。もしや彼女でも出来たのか?とは思ったものの、今までの経験上、寧ろ出来たらすぐ連絡がくるはず。
ま、いいや。あとでお宅訪問しに行こ。彼らの家はここからほぼ徒歩圏内だ。
『ただいまー』
返事がないのは分かっていても、やっぱり言ってしまうのは積み上げられた癖で。
扉を全開にして、引いてきたキャリーを玄関に上げる。
『あー、ちょっと疲れたな』
腰を下ろして、ふうっとひとつ息を吐く。
とりあえず、荷物を片さなければ…
疲れた頭でぼーっと宙を見る。
「あ、おかえり」
……ん?
一瞬耳を疑ったが、聞こえた声にふと顔を上げる。
恐る恐る振り向くと、リビングのドアから顔を出している音信不通だった幼馴染。
『え、、依咲?』
予想外にびっくりし過ぎて、声がかすれてしまった。
「うん、久しぶり。荷物もう届いてるよ」
『へ、あ、ほんと?…って違うでしょ!いやいやいやいや、何で居るの?!』
音信不通だったくせに、急に目の前に現れ平然と会話をしている依咲。
動揺している私とは裏腹に「早く上がれば?」とキャリーを運んでくれている。
「?何でって、
「わりぃ!遅くなった」
後ろで勢いよく開いたドアにびっくりして振り向く。今度は久々に見る従兄の姿が。
『…は?雪兄?』
「おう、柊、久々だな。おまえの分もあるぞ」
「何が?」と頭にはてなを浮かべていると、急に差し出された袋。
『あ、これ』
「懐かしいだろ。学生の時めっちゃ食ってたやつ。あそこのばーさん結構歳いってんのに、まだバリバリ現役で弁当作ってたぞ」
懐かしさを感じながら、美味しそうな匂いにお腹がぐうっと鳴る。
……違う、そーじゃなくて。
「ねぇ、ここ、私の家だよね?」
流されそうになった空気を割って二人を見上げる。以前会った時より目線が高くなっているのは気のせいだろうか。…へぇ、まだ、伸びるんだ。成人したのに。
思考が違う方向に飛びそうだったが、とりあえずそれは置いといて。
「?お前の家だろ」
何言ってんだ?と怪訝そうな顔で私を見た雪兄。んんんっ、そーじゃないよね。なんで私がそんな顔されなきゃいけないの?質問が悪かった?
『いや、だからさ、何で私の家に二人がっていう…
________ガチャ
「ねえ、なんでベル鳴らしてんのに誰も出ないわけ?」
再び開いた玄関のドア。これまた音信不通だった幼馴染。
「玲、お帰り。ベル?聞こえなかったけど」
「あー、壊れてんのかもな。俺、後で見とくわ」
どうやら鳴らなかったインターホンに「そーいや柊は鳴らさなかったよね」と依咲がこっちを見る。
……いや、何で呼び鈴鳴らすのさ、私の家なんですけど。本来誰もいないはずだったのに誰が出てくるんだよ。
思いつつも声には出さず黙っていると、やっと目が合った女子顔負けの幼馴染。
「久々だね、柊。顔酷いけど、大丈夫?」
うっすらと笑みを浮かべた綺麗なお顔。久しぶりに会った第一声がそれですか。
『酷いって?』
普通なら怒るとこだけど、彼はそうじゃない。
一応聞き返してみる。
「…疲れてるんでしょ」
目元を指しながら「隈出来てる」と溜息を吐いた玲ちゃん。
うん、変わらないね。
『ありがとー』
「何が」
心配してくれる所は、昔と変わらず優しいまま。
……それにしても、もはや何からツッコめば、、
これだと、あと一人も現れ、
「あら、皆揃ってるじゃない」
うん、出てくると思った。思ったよ。
声のした方を見れば、2階から颯爽と降りてくる4人目の腐れ縁。まさか家の中に居たとはね。
「殿、もしかして寝てた?」
若干馬鹿にした依咲の言い方に「音楽聴きながら掃除してたのよ」と苛立ちで眉をしかめながら「揃ったなら呼びに来なさいよ!」とぶつぶつ小言を吐いている。
「おかえり、柊。久しぶりね」
気が済んだのか、ようやく目線を合わせたこいつ。
いや、もう、言いたいことは沢山あるけど…
『何故、全員うちに居る?』
私の問いにキョトンとした4人。
え、だってここ私の家でしょ?鍵だって私が持ってるし。
むしろ何で入れたの?あ、引っ越しの手伝いに周ちゃんが寄こしたのか?
沈黙の中、ひたすら考えてた私を見て口を開いたのは依咲だった。
「もしかして、柊、聞いてないの?」
『何が?』と声を漏らした私に、「まじか」と盛大な溜息をついた各々。
いや、こっちが溜息つきたいんですけど。
「周さん、お前に何も言ってねーのか」
『周ちゃん?…どういうことか説明して頂いても?』
「これ見せたが早いか」と雪兄に渡されたのは一枚の紙。
“チビども
柊がこっち帰ってくっから、俺居ない間頼んだ。
部屋空いてっから一部屋ずつやるわ。 周 ”
『……』
「で、付いてたのが部屋と家の鍵」
雪兄のポケットから出てきたのは二つの鍵。
「届いた時はびっくりしたけど、俺は実家出たかったし、大学も近いから丁度いいやって。で、こいつらにもそれ言ったら」
「俺らも何かと便利だし、越してこよーかなって。玲も俺も職場近いし、殿も雪と同じ理由」
同じく3人も「これ」と鍵をかざして見せた。
『……住むってこと?』
「まあ、そうだね」
依咲がしれっと真顔で答える。
『え、ほんとに?』
「冗談で荷物運ぶと思う?」
玲ちゃんが指差したのはすでに運ばれてきたのだろう段ボールの山。
『ドッキリとかじゃ…
「無いわね」
腕組みながらにっこり笑いやがった殿。
『まじか』
段々と力なく俯いた私の顔を依咲が心配そうに覗き込む。
「…嫌だった?」
『……嫌ではないけど』
「柊一応女だし、男ばっかだもんね」と呟いてる玲ちゃん。一応って何だ、失礼な。
まあ、そこは今更なんで別にいいんだけど…
「いや、むしろ俺ら居た方がいいだろ。そいつ一人にするとやばいぞ。飯、コンビニ弁当ばっかだし。ほぼ家から出ねぇし」
『ちょ、雪兄何で知って…』
「周さんに聞いた」
『…周ちゃーん』
「そうなの?」と依咲がこっちに視線を遣る。玲ちゃんと殿は「ああ…」と納得した顔で私を見た。
「ま、お前の見張りも兼ねてこれからここに住むから」
私からしてみれば、これからは小姑みたいなのが一緒に住むって事で…
『私の、平穏な、日常が…』
「諦めろ」
ポンっと肩を叩いた雪兄は「ほら、片付けるぞ」と背伸びをしながらリビングに消えてった。
呆然と暫くそれを見つめていると、
「じゃ、これからよろしくね」と依咲が私のキャリーを持って行き、
「僕、髪にはうるさいから」と耳元で囁いてった玲ちゃん。
最後には「月一でショッピングね」と上から目線で殿が笑みを残して後を追う。
ほんと、展開が早すぎて…
『この家、むしろ狭いんじゃ…?』
すでに静かじゃなくなったこの家と、ほんの少し前とは違う感覚に、自然と嬉しさがこみ上げたのはここだけの話で。
「早くしろ」と雪兄に呼ばれるまで、私は暫くその感情に浸っていた。