その後 依咲と縁
その日の午後
「殿、何してんの」
撮影を終えたのにも関わらず、未だ着替えず突っ立って居る幼馴染。
「…このロングコート、良くない?」
今日撮影したブランド一押しのスプリングコート。どうやらお気に召したらしく、羽織ったまま「どう?」と聞いてくる。
「…そりゃ似合ってますよ。それを全国民に売りつけるために代表して殿が着てるようなものなんだから。」
少し語弊を含むかな、と、溜息をつきながら殿を見る。
「売りつけるって…」とボソッと呟いた殿は、人聞きが悪いわねと顔をしかめた。
「で?また買うの?」
正直、このやり取りは毎度のことで、
「だって、この色持って無いんだもの」
撮影するたびに着た服を欲しがるのは殿の日課みたいなもの。
俺もこんなこと言いたくないけど、放っとくと馬鹿みたいに買うから口を挟まざるをえない。
「買い取りも程々にしないと、もう部屋に置くとこ無いでしょ」
案の定、殿の部屋にはクローゼットに収まり切れない服が部屋の至る所に掛かっていて。こないだ仕事で着てた服も、今朝部屋で見たばっかりだ。
「うーん、そこが問題なのよね」
いや、それだけじゃないけど。…もういっか。
「まあ、増えてる割に減ってるのも事実だけどね」
こうやって徐々に増えてく殿の服を減らしている原因のひとつが、
「…あぁ、失くしてたと思ってたTシャツが柊の部屋着になってた時はびっくりしたけど」
そう。我が家の住民。
買うわりにあまり着ないで放置されてるので、サイズが合えば勝手に拝借されてたりする。
「ちなみに、俺が今着てる服も殿のなんだけどね」
全然気付かれないから公表してみる。
「は!?」
「やっぱ、気付いてなかったか」
驚きながらも俺の着てる服を凝視してる殿。…自分の持ってる服くらい把握しなよ。
暫く黙って様子を見ていると「で、なんであんたが着てんのよ」と突っかかって来たので、「いいから早く着替えてきなよ」と、周りに居たスタッフを横目に促す。
この人、こんな感じで俺と話す割に職場ではあまり他の人と話したりしない。元々人見知りっていうのもあるけど、人を惹きつける容姿してるくせに近寄りがたい空気を出しているようで。スタッフに聞いてみれば「”高嶺の花”というか、話しかけるのが恐れ多い」と言っていた。柊たちにそれ話したら大爆笑してたけど。
「ほら、スタッフさん帰れないでしょ。俺先に出てるから」
片した機材を担ぎながら、殿を残してスタジオを後にする。
後ろで「待ちなさいよ依咲!」と聞こえた気がするが、とりあえず無視することにした。
「…ほんと、手がかかる」
楽屋まで伸びる長い廊下を歩きながら、
こんな歳になっても中身は変わらない、見た目は大人である幼馴染に小さく笑みが漏れた。