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ごなじみ。  作者: 依尾
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日常①

目覚まし係





 どうも、依咲です。

 隣の目覚まし音が酷くて起きました。

 まあ、いつもの事なんですけど…



 「柊、開けるよ?」



 ノックしても返事は無し。目覚まし鳴りっぱなしなんだからそりゃ起きてませんよね…

 分かってはいるけど、とりあえずもう一度ノックしてからドアを開ける。



 「ほんと、気持ち良さそうに寝ちゃってまあ」



 こんだけ鳴ってても起きないなんて。…ある意味特技なんじゃと思ったり。

 鳴り続ける目覚ましを止め、他人の安眠を妨害しても尚、すやすや眠り続けるこの部屋の主。若干呆れを感じつつ、ほっぺに手を伸ばしてみると…うん、よく伸びる伸びる



 『…あの、痛いんですけど』


 「お目覚めですか」


 『おはよ。ごめん、音うるさかった?』


 「いーよ、もう諦めてるから」



 まだ覚醒していないのか、柊の頭がゆらゆらと揺れている。放っておいたらきっと二度寝するパターンだろう。



 「今日休みって言ってなかった?何で目覚ましかけてんの」


 『…仁科とご飯』



 “仁科〈ニシナ〉”とは、高校からの柊の友達。結構仲が良く、割と頻繁に会ったりしてるみたい。ちなみに俺ら全員と面識があるので、よく話題に出たりする。



 「なら早く起きなきゃでしょ」


 『ん』



 ゆっくりと伸ばされた手を軽く引っ張ってやる。それでも力が強かったのか、弾みで全体重が俺の方にのしかかった。



 「これさー、雪が見たら“年頃の男女が!”って言うやつじゃない?」


 『あー…言うね。あの人、頭の中昭和だから』



 なんとも色気がないが、傍から見たら抱き合っているように見えなくもない。いくら幼馴染だからと言っても、この人ほんと無防備過ぎじゃないかとは思ったりするけど、たまに雪が叱ったりしてるので俺は何も言わないことにした。まあ、悪い気はしないし。



 「顔洗ってくれば?目、覚めるでしょ」


 『うん、行ってくる』



 足取りがおぼつかないまま、柊はふらふらと部屋を出て行った。それを一通り見送った後で、俺も一旦自分の部屋に戻ろうと、柊の部屋を後にした。






______________






 着替えてリビングに向かうと、美味しそうなみそ汁の匂い。

 テーブルにはすでに食事を終えたのか、コーヒーを飲む玲の姿が。

 



 「おはよ。何、早いじゃん。また起こされたの?」


 「そ、俺の目覚まし全然活躍出来ないっていう。玲こそ早くない?」


 「今日予約が朝イチで入ってんだよね。もう出るよ、雪平くんごちそうさま」



 言いながら席を立った玲に反応して、雪がキッチンから顔を出す。



 「おう、気を付けてな」


 「ごめんね片付け任せちゃうけど」


 「いーいー、はよ行け遅れんぞ」

 

 「いってらっしゃい」

 


 行ってくる、と玲はロングコート片手に出ていった。 

 

 玲の職場は近所にあるおしゃれサロン。そこで美容師として働いている。最近副店長になったとかで結構忙しくしてるみたい。大変だよね。

 


 「ん?依咲、お前今日午後からだろ?」



 何で起きてんの?って顔をしながら、雪はボードに目を向ける。リビングとキッチンの間に掛けられたそれには、各々の予定がびっしりと書かれていて。ご飯の有無や出勤時間の把握にも役立っている。

 


 「隣人の目覚ましで起こされまして」


 「あー…何か悪いな」



 雪は柊の従兄という事もあってか兄的立場に居るので、柊が何かやらかす度に叱ったり、謝ったり。うん、兄っていうかお母さん?



 「ちょっと待ってろ。今作っから」


 「ん」


 「お前、卵焼き塩だろ?」


 「砂糖のでいいよ。半分こするから」


 「?」


 「柊がもうすぐ来るはずだし。二個作るの手間でしょ?あの人塩の食べないから」


 「…じゃ、お前にはウインナー追加しとくわ」


 「どうも」



 そんなやり取りをしていると、顔を洗って目が覚めたのかすっきりした顔で柊が入ってきた。



 『雪兄おはよ』


 「はよ。…毎度思うけど、お前目覚ましかける意味あんの?」


 『あるさー。起きるぞという決意の表明?』


 「それで毎朝起こされてちゃ意味ね―けどな」


 『ごもっとも。それに関しては、依咲様に多大なるご迷惑を』


 「別に良いけど、何か献上してくれんの?」


 『…では、後ほど美味しい珈琲を淹れさせて頂きましょう』


 「え、珍し」


 『むしろそれでもいいのなら』



 柊の職業はバリスタ。美味しいコーヒーを淹れるプロなんだけど、家で淹れる事は滅多にない。なんか仕事してるみたいで嫌なんだって。



 「ほら、さっさと座れ。出来たぞ」



 雪が作ってくれた朝食を、柊と一緒にテーブルに運ぶ。住み始めた最初の頃は当番制だった朝食。けど、柊は俺が起こさなきゃだし殿は料理出来ないしで、今じゃ殆ど雪が作っている。たまに俺と玲がやる位かな。 


 ふと、異様に重く感じたお椀に目を遣る。

 え、何これ。気持ち悪い程しじみが密集してるんですど。



 「一応聞くけど、みそ汁だよね?これ」

 

 「そーだけど」


 『…汁は?』


 「入ってんだろ。」


 『しじみに負けてない?』


 「何、二日酔い?」


 「…」



 そーいや昨日帰ってくんの遅かったな、この人。



 『どうせ飲み会でテンション外したとかそんなんでしょ?』



 軽く溜息を吐いた柊は、「とりあえず、薬飲んだら?」と薬箱を漁っている。



 「雪、酒強いのに珍しいね」


 「…ちょっとな、呑まされて」



 あんまり思い出したくないのか、これ以上聞くなという表情。柊が「あった!」と持ってきた薬を大人しく飲んでいる。それにしても、…入れすぎでしょシジミ。確かに二日酔いに聞くっていうけど。

 


 『もう歳なんだから、ほどほどにね~』


 「…いっこしか変わんねーだろうが。でもサンキューな」




____________





 まだ若干具合が悪く食欲がないのか、「俺コーヒーだけでいいわ」と雪はあらかじめ作っていた自分の分のおかずを俺の皿に移し始めた。



 「いや、盛りすぎでしょ」


 「食えねぇなら残していいから」



 そう言いながら、結局全部移したせいで俺の皿には二人分のご飯。



 「入るけど。太ったら雪のせいだから」


 「大丈夫だろ。お前、腹筋割れてるし」



 山盛りになった目の前の朝食にありがたく手を合わせ箸を伸ばすと、『…私以外皆割れてるじゃん』と柊がジト目でこっちを見ていた。



 「柊が腹筋バキバキに割れたら、こないだ欲しがってた家庭用エスプレマシーン買ってあげるよ」


 

 俺からすれば腹筋なんて割らないで欲しいけど。無理だろうなって意味もこめて言ってみれば、目を輝かせた目の前の幼馴染。



 『え!?ほんとに?8万するけど』


 「いいよ、期限は2年くらいかな」


 「聞いてたか?依咲はお前が腹筋割れたらって言ったんだぞ」


 『出来るかもしれないじゃん』


 「じゃあとりあえず、その砂糖の卵焼き食べるのから止めたらどうだ?」



 雪がニヤニヤと柊の皿を指差す。

 柊は一瞬止まったが、言われてる意味を理解したのかすぐに視線を雪に戻した。



 『無理だね、砂糖が一番おいしいから』


 「柊ほんと卵焼き好きだよね」


 「言っとっけど、それ、お前に合わせて焼いたから。依咲は同じの食ってんだぞ」


 『え?あ、ほんとだ。依咲、塩のじゃなくていいの?』


 「いいよ、こっちも好きだし」

 

 「依咲はお前に合わせて我慢できるのにな~、お前はこのままだと一生腹筋なんか割れねえな」


 『…う、何も言い返せない』

 


 ちなみに、うちには卵焼き二大派閥が存在する。砂糖派の柊と玲、塩派の俺と雪。ちなみに殿はだし巻き派らしいので除外だ。



 「ほんと、依咲に感謝しろよお前」


 『依咲様、いつもありがとうございます』


 「…今日はウインナー追加で貰ってるんで。他も追加で増やされたけど」


 




 それから、黙々と食べ続けていた俺と柊。暫くすると雪がエプロンを外しながらキッチンを出てきた。



 「じゃ、俺もそろそろ出るわ」


 『うん。いってらー』


 「飲酒運転で捕まらないといいね」


 「酒はもう抜けてっから」



 「あ、食洗器かけといて」と何処かの専業主婦のようなセリフを言い残して、雪はバタバタと出て行った。しばらくしてエンジンの重低音が耳に響く。 



 『…金髪でバイク好きで、一見ヤンキーにしか見えないのに。家事と料理が得意って』


 「何?ギャップ?女の人そういうの好きだよね」


 『金髪のせいでヤンキー感出てるならさ、黒髪にしたらギャップ関係なしにモテるんじゃ』


 「…いーわ、雪は今のままで」

  

 『うん、一生金髪お勧めしよう』

 


_____________________





 朝食を食べ終え、淹れて貰った珈琲を二人でゆっくり飲みながら、時計が9時を指しているのに気付く。もうそんな時間か…



『お気付きだろうか』


「!」



 急に声を発した柊に、軽く肩を弾ませる。…普通にびっくりしたんですけど。



『お気付きだろうか、あいつがまだ目覚めていないという事に』



 ボード上の殿エリアには、こないだ延びた仕事が午後から、午前中は珍しく休みと書かれている。



 『まだ起きて来てないじゃん』


 「…そうね、任せた」



 トンッ、と柊の肩を軽く叩くと、苦虫を噛み潰したような顔をされた。



 『やだよ。てか、玲ちゃんは?』


 「とっくに仕事行った」


 『雪兄は…


 「午後から仕事って書いてあるし、俺ら居るから起こさなかったんでしょ」


 『えぇ…、』



 さらに嫌そうな顔を浮かべた柊は、面倒くさいなぁ、と長い溜息をついている。いや、あなたも他人の事言えませんけどね?



 『うーん、いっそ放っとく?』


 「都築ちゃん泣くよ。てか、午後からの仕事、俺も一緒のやつなんだよね」


 『なら依咲が起こせばいいじゃん』


 「やだよ」


 『何でさ』


 「えー…、朝からわざわざ男を起こしに行くってのが嫌」


 『そーいうもんなの?』


 「俺はね」



 ちなみに”都築ちゃん”とは、殿のマネージャーさん。で、俺はフリーカメラマンとして働いているので、殿と仕事をすることが多々ある。



 『でも、相手が玲ちゃんなら起こしてあげるでしょ?』


 「…」


 『仕方ない、起こしに行くか』




_________________






 結局、二人で殿の部屋の前。いつもならノックもせずに開けるのだが、柊がいるので念のためドアを叩く。



 「殿―、入るよ?」



 もちろん返事はなく。扉をゆっくり開けてみると、いつも着けている香水の匂いだろう。殿の香りが微かにした。



 『…相変わらず服ばっかりだね』



 久々見たな~と、俺の後ろから柊が顔を覗かせる。黒を基調としたシンプルな部屋には、クローゼットに入りきれなかったのか洋服が到る所に掛けられていて。ふと壁に目を遣ると、見覚えのある服がちらほら。…これ、この前の撮影で着てたやつじゃん。



 『さて、起こしますか』



 意気込んだ柊の目の前に、ベッドの上で丸まった布団の大きなかたまり。頭まで被っているせいで全く姿は見えないが、息苦しくはないんだろうか。起きる気配が無いのを見ると、さぞかし気持ちよく寝ているのだろう。     

それでもお構いなしと言わんばかりに、柊は思いっきり布団を引っ張った。



 『「…」』


 『ねぇ、依咲さん』


 「何だい柊さん」


 『ビクともしないんですけど』


 「みたいですね」


 『いや、手伝ってはくれまいか』


 「俺でも無理だと思うけどね」



 全力で引っ張る柊の後ろから支えるように手を伸ばす。殿、結構力強いんだよね。…引っ張っても疲れるだけだし。



 「あ」


 『ん?』


 「引いてダメなら押してみる?」


 『え。普通逆じゃ…』



 言いかけた柊を遮って、その布団のかたまりを思いきり突き飛ばす。引いてもびくともしなかったのに、押したら軽く反転したそれは勢い良過ぎてそのまま壁にぶつかった。



 『…なんか鈍い音したけど』


 「気のせいでしょ」


 「…気のせいじゃねーよ」


 「『あ、起きた』」



 項垂れたまま、むくっと起き上がった殿。頭を抱えている所を見ると、どうやらぶつけたのはそこらしい。良い音したしさぞや痛かっただろう。



 「もうちょい優しい起こし方出来なかった?」


 『優しく起こしても起きないじゃん』


 「せっかく起こしてあげたのに。ご不満ですかそーですか」


 「…え、俺が悪いの?」



 寝起きで口調が戻ったままだ。言ったらまた面倒臭いので黙っときますけど。



 『殿、いっつも玲ちゃんにどーやって起こされてんの?』



 そう、寝起きが悪い殿を起こすのは大体玲の日課。たまに雪が起こしたりもするけど。



 「え。あー…普通に」


 『普通に起こして起きないのに?玲ちゃん凄いな』



 急に声をどもらせた殿。気になるな、後で玲に聞いてみよ。



 『雪兄は?』

 

 「雪平は…、日による」


 「どうせ力づくでしょ?あんま俺と変わんないじゃん」


 『雪兄は蹴り飛ばしたりしてそうだから、依咲の方がまだ優しかったりしてね』


 「お前ら俺の扱い雑だよな。もうちょい大事にしてくんない?」


 『だから起こしに来てるでしょ。ほら立って』



 柊が殿の右手を、


 「そうだよ、お目覚めまで手が掛かり過ぎ。まったくうちの殿さまは」

 

 俺が殿の左手を掴んで引っ張った。



 「『殿、おはようございます』」


 「…おはようございます。とりあえず服着ていい?」



 寝る時半裸族の殿は、基本上は着ずに下もパンツ姿のままだ。柊も見慣れ過ぎて何も言わなくなったのだが、さすがに殿は気にしたらしい。殿が着替えると言うので、そのまま二人で部屋を出た。



 「そういや柊、約束は?」


 『あ!やばい、私も着替えなきゃ』


 「送ろうか?」


 『大丈夫、車で迎えに来てくれる予定…



 ピンポーン



 「…仁科じゃない?」


 『早っ!依咲出といてくんない?』


 「はいはい。早く着替えてきなよ」


 『ありがと!急いで準備する!』



 うん、今日もいつも通り。朝から全然静かじゃない我が家。



 「…これも平穏って言うのかな」



 ふうっと一息吐いてから玄関に向かった。


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