師匠!
ピピピピ!ピピピピ!
端末からアラームの音が聞こえる。
「…うーん、眠い。体がだるい」
昨日はあんなに暴れまわったからか、一晩眠っただけでは疲れは全然取れなかった。
「あと10分だけ…そしたら起きる…」
『そういうわけにはいかないでしょ!』
アカネがそう言うと俺は立ち上がる。もちろん立たせているのはアカネだが。
そしてベッドの上でぴょんぴょん跳ねる。ギシギシと音を立てるベッド。ボサボサの寝癖が上下に揺れている感覚がする。
『ほら起きて〜!遅刻するよ〜?』
「始業式は明日だろ?まだ寝ててもいい時間じゃないか?」
アラームは7時30分にセットしておいた。オカ研の集合時間は10時だったから、まだまだ余裕はある。
『そうだけど行かなくていいの?風紀委員に!』
「んー、今日じゃなくても良くない?」
そうだった。でも明日返事くださいとも言われてないし…今は寝ていたい…
『あーもー、我慢できない!無理矢理起こすからね!』
と、体が宙に浮く感覚が…まさか!?
「うわぁぁぁぁぁ!」
俺はベッドの上でバク宙を繰り返していた…!
視界がぐわんぐわんと回る!うえぇ、気持ち悪い!
『ほら、早く起きてよ!起きないとこれ続けるからね!』
「起きる!起きるからストーップ!だからこれ以上は…!」
『やればできんじゃん!おはよう!ライ!』
アカネって実はけっこうスパルタだったことを思い知らされた朝だった。
『朝ごはんってどうするの?』
「基本的には食堂で済ますらしいけど、今日はこれで」
そう言ってカバンから歪な形のラップに包まれたおにぎりを取り出す。
『うーわ、ライっておにぎり握るの下手だねー」
「ちげーよ、荷物に押しつぶされてこんな形になったんだよ」
そう言っておにぎりを口に放り込む。本当は昨日の昼に食べる予定だったんだが、時間がなかったからな。腹壊したらそん時はそん時だ。
「うん、うまい」
一日経ってもうまい。やはり塩おにぎりは最強だ。
「髪よし、荷物よし、服装よし!それじゃ行くか!」
9時前に部屋を出る。時間的にはバッチリだと思う。校舎自体は8時に開くが、さすがの風紀委員も休日にはそんなに早くは登校していないだろうからな。
『結局風紀委員に入るの?』
「うーん、実はまだ決まってないんだよな」
正直な気持ちを言うと入りたい。学校のことをよく知らないし、早めに知り合いを作っておくのも悪くないと思ったからだ。
だが、問題がある。風紀委員が風紀委員らしくないことだ。木刀にスタンガン…学生には相応しくないものを振り回すような知り合いなんて欲しくない。
「どっちを取るかだよな」
知り合いか安全か…まあとりあえず二ノ宮さんに会いに行くか。
「えーっと、ここか、風紀委員どもの巣は」
『ちょっと、ライ?もっとマシな言い方はないの?』
9時頃に着く予定だったのに、迷子になってしまって結局予定が30分ほど狂ってしまった。ちくしょう、なんか転送してくれるようなハイテクなものがあればいいのに…!
俺は扉に耳を当てて中の音を確認する。
「…よし、変な音はしないな」
『ちょっと心配しすぎじゃない?』
「そりゃ心配するだろ。追いかけまわされたこと忘れたのか?」
『覚えてるけど…そんなのじゃ学校生活やっていけないよ?』
「まあ、確かにそうだな」
いちいちビビってたら授業もまともに受けられなさそうだしな。ここは腹を決めるしかないか。
「よし、入るぞ」
『化け物でもお化けでもかかってこい!』
今回もオカ研の時と同様、脚部だけをアカネに貸している。
「いいか、絶対に人は吹っ飛ばすんじゃないぞ?」
『わかってるよ、あんな失敗はあれで終わり!2度としない!』
そうして扉の取っ手に手をかける。鍵は開いているようだな。
「いくぞ…失礼します!」
扉を開け、すぐさま蹴りの構えを取る。しかしそこには…?
「…すぅ…」
1人の女の子が長机に突っ伏して寝ていただけだった。
「あれって…二ノ宮さんか…?」
『そうだね。とっても気持ちよさそうに寝ているね〜』
「今春だし、天気もすごくいいし…まあ、こんなところで1人でいたらそりゃ眠くなるか」
その姿はとても可愛らしい。まるでひなたぼっこをしている猫だ。
「…どうしたらいいんだろうか」
とりあえず近くにあった毛布をかける。
『ライってやさし〜!モテポイントだね!』
「なーにがモテポイントだ。ドラマではこうしてたから俺も試しただけだぞ」
でも、二ノ宮さんはまだ起きそうにない。これは出直すべきか…?
と、二ノ宮さんが突っ伏して寝ている机に、大量の紙が散らかっていることに気がつく。
「なんだ、これ?」
近寄って確認してみる。
「これは…全部手紙か?」
読んでみるとどれもほとんど同じような内容だった。しかし、この内容、どこかで見たような…?
『この内容って、ひょっとしてライの荷物と一緒にあった手紙と同じじゃない?』
「え?あー、そう言われてみれば…そうかも?」
色んなバージョンの手紙が散らばっていた。二ノ宮さんのあの特徴的な喋り方で書かれているものや、筆ペンで書いてあるもの、女の子っぽく丸い文字で書かれているものまで様々だ。しかしよくこんなに書けたな…ネタ豊富なんだな、二ノ宮さんって。
『これは?ぶつぶつだけど…これも手紙?』
「ん?こ、これは!?」
て、点字だと!?こんなものまで用意していたとは…!
『こっちは?手のイラストがたくさん…』
手話まであるのか…今思ったが、手話って確か耳が聞こえない人がするんだよな…?文字でよくね?
しかし手ばっかり描いてある手紙って不気味だな…呪いがかかってそうだ。
「そしてこれは…ん?」
他にどんな種類の手紙があるか興味本位で調べていると、あるメモに目が止まった。
「《荒木勧誘作戦》?」
荒木って…俺のことだよな?
気になって内容を読んでみる。
土下座で頼む→何か違う。ボツ。
物を送る→金で釣った感じがして嫌だ。ボツ。
勝負してこっちが勝ったら入ってもらう→勝てる気がしない。ボツ。
脅す→逆効果になる気がする。ボツ。
とりあえず褒めまくる→私には無理だ。ボツ。
肩揉んであげる→肩凝ってないかも。ボツ。
シンプルにお願いする→
ここでメモは終わっている。
「そうか…こんなに考えてくれていたのか…」
『すごーい、これを1人で考えてたんだ…あ、こっちにもメモがあるよ?』
「ん?どれどれ?」
風紀委員会に入ってくれないか?
頼む!入ってくれ!
入れ。じゃないと殺す。
風紀委員会じゃないとダメです!
入ってくださいお願いします!
そんな…!入ってくれないの…?
部屋掃除してあげるから入って!
賽は投げられた…さあ!風紀委員会に行こう…!
風紀委員会に入ると金ピカの木刀が貰えるよ!
何か最後の方おかしかった気がするが…
「入って欲しいという気持ちはとても伝わってきたな」
『そうだね〜、でもこれを実際に言われるとしたらなんか面白そうだね!』
「それは…まあ…そうかも」
あんなにクールな二ノ宮さんが「部屋掃除してあげるから!」なんて言ってきたらちょっと…いや、かなり違和感がある。
「う…ん…?誰かいるのか?」
すると、俺たちの会話(実際は俺だけ)を聞いたのか、二ノ宮さんが目を覚ました。
「悪い、起こしちまったか。今日はちょっと話があって…」
「…んぁ?荒木君…?」
ポケ〜っとした顔をしている二ノ宮さん。まだ半覚醒状態か。まあいいか、いずれ元の二ノ宮さんに戻るだろう。ほっといておこう。
と思っていたが、意外と正気に戻るのは早かった。
「うわぁぁ!?荒木君!?どうしてここに?」
飛び上がって驚き、俺から数メートル距離を取る二ノ宮さん。
「うぎゃあああああああっ!」
そして、二ノ宮さんが立ち上がった勢いでぶっ飛ばされた椅子が俺のスネに直撃する…!
「ぐにぃぃぃぃっ!」
俺は我慢できずに奇妙な声を発しながらその場で転がる…!
「す、すまない!大丈夫か…」
と、俺を心配した二ノ宮さんがこちらに近づいてくる…が。
「…うわああっ!?」
俺がかけてあげた毛布を踏んづけて派手に転んでいた。
『…あれってライのせいだよね?』
「やっぱりカッコつけてドラマの真似なんてするんじゃなかったな…」
とんでもないトラブルメーカーだな、俺って!
「本っ当にすまない!」
全力で頭を下げる二ノ宮さん。
「いや、こちらこそ余計なことしてすいませんでしたっ!」
俺も全力で頭を下げる。
「余計だなんて…私は全然そんなこと思ってない。むしろ嬉しかった。ありがとう」
「そうか…?なら良かった」
まあ、2度とやらないけどな。若干トラウマ気味だし。
と、机に散らばったままの手紙に気づく二ノ宮さん。
「あっ!手紙が…!」
そして、それらを慌ててかき集める。
「…もしかして、見たか…?」
「…ああ、見た」
よくよく考えてみれば、他人の練習用の手紙を読むことってなかなかに失礼なことじゃないか?
「ほんと、すまない。つい興味本位で…」
「じゃあ…この作戦のメモも…?」
「ああ、《荒木勧誘作戦》ってやつか?それも見た」
「……」
黙って頬を赤らめていく二ノ宮さん。
「えーっと、あの、二ノ宮さん…?」
「だああああああああっ!恥ずかしくて死にたいっ!荒木君!私を殺してくれ!頼む!」
いきなり頭を抱えて叫び出す二ノ宮さん。
「おい、落ち着け!そんなに恥ずかしがることじゃない!」
「そんなことない!ああ、もう終わりだ!済まないな…こんな頼りない委員長で!幻滅しただろう?作戦失敗。かくなる上は切腹で責任を…!」
「せ、切腹ぅ!?」
そして前回と同じくどこから出したのかわからない木刀で切腹を始めようとする二ノ宮さん!
「ちょっと待て!早まるな!」
『そうだよ!木刀じゃ切腹出来ないよ!』
「お前はちょっと黙ってろ!アカネ!」
「何をしている、葉月」
そこへ急に男の人が部屋へ入ってくる…って、あれ?この人って…?
「立花さん?」
「ん?ああ、荒木か。お前、風紀委員会に入るのか?」
「いや、まだ決まったわけではないですけど…」
「そうか」
そう言って立花さんは二ノ宮さんに向き直る。
「少し想定外だったな…お前がここまで貧弱とは」
「し、師匠…!これは違うんです!少しパニックになっていて…」
「鍛錬が足りないようだな。よし、今日のトレーニングは倍だ。その弛んだ精神を鍛え上げてやる」
「そ、そんな…!」
二ノ宮さんはへなへなと膝から崩れ落ちる。んん、よくわからんが落ち着いたのか?
「ああ、それから荒木。オカ研は兼部を許可している。風紀委員会に入りたいなら入ってもいいぞ」
「は、はぁ」
そう言うとどこかへ去っていってしまった。
「はい、コーヒー。少し気は楽になったか?」
それから俺は部屋にあった湯沸かし器でインスタントのコーヒーを淹れ、二ノ宮さんに渡す。
「荒木君…すまない、少し取り乱していたようだ」
どうやらひとまずは落ち着いたらしい。よかった。ここで暴れられたらたまったもんじゃない。
『立花さん、凄いオーラ出してたね。化け物かと思ってちょっと警戒しちゃったよ』
確かにあの説教中の立花さんからのオーラは凄かった。効果音をつけるなら「グオオオオオ」って感じだな。ラスボス出てくる感じの。
それより、気になることがある。
「師匠って?どういうこと?」
「ああ、あの人は剣術の師匠なんだ。この木刀もあの人と訓練するために用意したものなんだ」
「へぇ〜」
元暗殺者の剣術か…気にはなるが。
「アカネって剣術はどうなの?」
『私は化け物専門だったからね〜。人対人の技術は乏しいと思うよ?』
「そうなのか」
ほんと、コイツ向こうの世界で何やってたんだか。
「それより、荒木君のことだ」
「ん?俺か?何のこと?」
「風紀委員、どうするつもりなんだ?そのことでここに来たんだろう?私としては入って欲しいと思っているのだが…いや、違うな。できれば入って欲しいです。お願いします」
そうして、俺に頭を下げる二ノ宮さん。
「……」
でも、なんでだろう?
この委員会には人手は足りているはず。むしろ多いくらいだ。それは昨日の鬼ごっこの時に確認済みだ。しかもなかなかの団結力。
それに、体力的にも彼らは問題ないと思う。アカネの走りにあれだけの人数が追いついてこられたんだ。十分すごい。
あと、俺は事務作業は苦手だ。と言うよりほとんどパソコンを触ったことがない。多分俺より出来る人はあの集団の中に大勢いると思う。
それでも俺を欲しがる理由は何だ?そこまでして俺に何を求めているんだ?
「今、荒木君は何故こんなに自分が必要とされてるか疑問に思っているな」
「あ、ああ。その通りだけど」
「では教えてやろう。何故必要とされているか。まず1つ目はその体術。うちは質より量という感じだからな。つまり精鋭がいないんだ。だから欲しかった。何かと風紀委員は危ないこともするからな」
「はぁ…」
それは素直に喜んでいいのだろうか?凄いのはアカネだし…まあいっか。
「そして2つ目。これが最も大きな理由だ。荒木君は怪我をした滝本君を見捨てることは無かった。私達に追われていたとしてもだ。私はその正義感に心を打たれたんだ。これはもう風紀委員に入れるしかないとな」
「んー…」
でもあの事故は完全に俺が悪かったし、お姫様抱っこしたのはアカネだったからな。しかも、俺自身の正義感というより、義務感で動いたようなものだし…そう考えたら、俺って何もしてなくね?
『こんなにベタ褒めされてるんだから、断るわけないよね?』
「そうだな…」
二ノ宮さんの理由がどうであれ、あの大量の紙を見た時から結論は出ている。俺はあの健気な努力ができる二ノ宮さんを裏切ることはしたくない。
「入らせてもらうよ。本当に力になれるかはわからないけど、今後ともよろしく」
すると、まるで日の出のようにぱぁぁぁぁ、と顔を明るくする二ノ宮さん。
「ありがとう!こちらこそよろしく!」
「これが風紀委員の腕章。風紀委員会に出席する時はこれを身につけてほしい。これはGPSの役割も果たしているからな」
ウキウキしながら説明する二ノ宮さん。そんなに嬉しいのか…なんだか照れるな。
「風紀委員会にGPSなんて必要なのか?」
「今回のように敵のエージェントを追うときなんかに便利なんだ。全員の位置を把握していると追い詰めやすいんだ。ただ、荒木君の場合はすばしっこすぎて、作戦が全く通用しなかった。ほんと、凄いな、荒木君は」
「お、おう」
俺も凄いと思ってる。アカネが。
それより…少し気になることが。
「その、エージェントって何なの?俺のこともそう呼んでたよな?」
「ああ、それか…うーん、その前に今から言うことは内緒にしてくれるか?」
「ん?なんだ、そんなに大事なことなのか?なら無理に教えてくれる必要はないぞ?」
立場的に下っ端である俺に教えられることは限られているのかもしれない。しまった、今の質問はタブーだったか?
「いや、そんなに大した話じゃない。実はな…あの…」
「?」
急に俯く二ノ宮さん。
「いや、ごめん。言いにくいならほんとにいいからな?」
ここまでして教えてほしいとは思っていないからな。これ以上二ノ宮さんを苦しめるわけにはいかない。
「ただ、スパイ映画が好きで…それに影響されただけなんだ…」
さっきの様に顔を赤くする二ノ宮さん。
「お、おう。そうだったのか」
しばらくの沈黙。そして…
「だぁぁぁぁぁっ!呆れられてるじゃないか!やっぱり言わなきゃよかった!もう切腹するしか…!」
「待て待て待てって!」
今更だけどこの子情緒不安定すぎない!?
「また師匠が来るぞ!?いいのか?」
「…はっ!それは…まずいな…」
正気に戻る二ノ宮さん。すごいな立花さん。そんなに怖いのか…まあ元暗殺者なんだから怖くて当然か。
「コホン、まあエージェントと呼んでいたことに深い意味はない。それだけわかってくれればいい」
「ああ、すまないな」
『この人めんどくさくない?』
「お前の方がめんどくさい」
『何をー!私切腹なんてしないもん!』
「朝からバク宙する奴の方がめんどくさいわ。あと実際に切腹したわけじゃないし」
『むー、じゃあ私より二ノ宮さんが中に入ってた方がマシってこと?』
「二ノ宮さん、他に説明はある?」
「ああ、この腕章だが…」
『ちょっと!無視しないでー!』
正直どっちが入ってきてもめんどくさい。どっこいどっこいだ。そもそも体を操られることが一番困っているのに…!
と、その時!バンっと扉が勢いよく開かれる!
「いた!ユーがアラキね!」
金髪の女の子が俺を指差しそう言う。
「オカ研に集合よ!さあ、ハリーアップ!急いで!」
気づけば10時をとっくに過ぎていた。やべ、完全に忘れてた!
「ごめん、今行く!あの、二ノ宮さん…」
「荒木君はオカ研に所属していたのか。じゃあついでに師匠に何とか訓練を緩くしてくれるよう交渉しておいてくれないか…?」
結構真面目な顔でそう言われる。そんなに嫌か、訓練。
「ああ、やれるだけやってみる」
多分無理だろうけど。俺まだ死にたくないし。
「頼んだぞ!あと、風紀委員の説明は一通り済んだからな!次からは腕章を付けてくるんだぞ!」
手を振って見送ってくれる二ノ宮さん。
「はいはい、じゃあまたな!」
「スィーユー、ハヅキ!またね!」
そして、謎の女の子と共に部室へ向かう…!