楽勝だよ
「あそこの建物入ったらすぐだよ!」
俺は、抱えているユイに案内をしてもらいながら保健室へ急ぐ…!
「よし、わかった!アカネ、頼んだぞ!」
『余裕余裕!それよりライの体は大丈夫なの?今日かなり暴れちゃったけど…?』
「正直結構キツい。保健室に着いたら湿布身体中に貼ってもらおうかな…」
お姫様抱っこって思ってたより大変なんだな!童話に出てくる王子様まじリスペクトっす。
と、そんなこんなで目的の建物が目前に迫る。
「ヤツめ、あの建物に入るつもりだ!なんとしてでも食い止めるんだ!止めた者には褒美をくれてやる!」
ピクッ。
「葉月様の…褒美…!」
「これはビックチャンスだ…!」
「ご褒美だ!葉月様のご褒美だ!」
「「「うおおおっしゃああああああ!」」」
なんだなんだ、急に叫びだしやがって!と、振り返った瞬間。
「…えっ!?」
なんと大量の武器が俺に向かって飛んでくるではないか!スタンガンに刀のおもちゃ、バットなど…まるで危険物のバーゲンセールだ!…なんて呑気なこと考えてる場合じゃねぇ!
「ここって近未来的な都市じゃないのか!?治安悪すぎるだろ!」
「そう?こんなのいつもだよ?」
「嘘ぉ!?」
ここの人たちどんな日常送ってるんだよ!
『とにかく、これをなんとか凌ぐから!耐えてよ、ライ!』
「こんな量だぞ!いけるのか!?」
俺が気を失ってしまうと、強制的に身体の操作権は俺に移る。つまり完全に行動不能になる。そうなれば俺たちは終わりだ。なんとしてでも意識だけは保たねば!
『こんなの、あっちの世界に比べたら楽勝だよ!』
「……えっ?」
すると、アカネはこんな状況下でも全く物怖じすることなく、目の前に次々と現れる道具達を右へ左へ躱し始めた!
『よっ…ほっ…!』
すごい…全て当たる寸前で回避してる…!ユイを抱えたままなのに…!
と、道具がヒュッと音を立てて俺の耳のすぐ横を通過していく。
「うひゃおぉ!?」
『わっ!ちょっと、気持ち悪い声出さないで!』
「だっ、出したくて出したんじゃないっ!」
この感覚…まるで耳に息を吹きかけられたようだ。背筋がゾゾってする!
『これで終わりぃぃっ!』
最後の道具、バランスボールを蹴っ飛ばしてフィニッシュ!…これ投げたやつ俺を止める気ほんとにあったのか?
「な、なんてやつだ…あの量の武器を全て躱すとは…」
「レベルが違いすぎる…」
ふぅ、なんとか奴らの心を折ることには成功したか。
『はっはっはっは!どーよ、ライ!』
「いや…凄いな、お前」
しかし、1人だけ闘志をまだ燃やしている奴がいる。
「まだだ、私はまだ終わっていないぞ!」
やはり最後はあんたか、風紀委員長。
「いい加減諦めて成敗されろ!うおおおお!」
『やーだね!私の力を思い知れぇぇぇ!』
と、両者構えた瞬間!
「ストーップ!」
「へぶぉ!?」
いきなりお姫様抱っこしていたユイが俺の顔面に張り手をかます!…いくら女の子といえども、こんな至近距離でくらえば痛い。
「ゆ、ユイ?」
「なんでなかよくしないの?ケンカはダメだって先生が言ってたよ?」
「そう言われてもなぁ、いきなり喧嘩仕掛けてきたのはあちら様だし…」
「それは貴様が私を殺しにきたエージェントだからだろ!殺しにきたやつに手加減なんて必要ないだろう?」
「ち、ちょっと待て!俺はただの転校生だ!」
「て、転校生…?」
すると、その言葉を聞いて何かを思い出したような態度をとる風紀委員長。
「そういえば確か転入生が今週中に現れると聞いていたな…」
「そう。その転入生が俺。荒木雷。1学期開始と同時に高等部の2年に編入する予定。エージェントが何のことかさっぱりわからんけど、それは俺じゃない。絶対だ!」
俺の言葉を聞いた後も、委員長は俺を見つめて固まっていたが、しばらくして構えを解いた。
「その目は嘘じゃなさそうだ。本当にすまなかった。私も命を狙われたと思うと、落ち着いていられなかったのだ。しかし転入生ならそうと言ってくれればよかったのに…」
「うーん、そうだな。悪かったよ。逃げずに大人しく捕まっておけばよかった…って、命を狙われている!?おい何だよそれ!?警察に連絡はしたのか!?」
命に関わることなんて…!ただ事じゃないぞ!?
「いや、警察に連絡はしていない。ただのイタズラかもしれなかったし、大ごとにはしたくなかったからな」
「イタズラ…?」
そう聞くと、委員長は少し悩んだ後、こう言った。
「…勘違いをしたお詫びだ、何があったか話そう。実は、一昨日に予告状が届いたんだ。内容を簡潔にまとめると、殺すぞって書いてあった」
「殺す…!?」
さ、殺害予告だと!?やはりこれは警察に…!
「これがその予告状だ。見てくれないか?」
そう言って1枚の紙切れを俺に差し出してくる。
「じゃあ、失礼して…」
中を覗くと…そこには新聞の文字を切り取って作られた文章があった。内容はこうだ。
【あなたの心臓を貫いてみせます。明日の午後5時に中庭Bでお待ちしております】
これは…ん?
「これって物凄くわかりにくいけど…ラブレターじゃね?」
「…えっ?」
考えれば考えるほどラブレターに見えてくる。心臓をハートって読むところがますますそれっぽい。てか誰だよこの思春期感ゼロのラブレター作ったやつ。
「心臓を貫くって、どう考えても殺害予告じゃないか!これのどこがラブレターなんだ!もっと真面目に考えてくれ!」
「いや、大真面目だって!おそらくこの貫くっていうのは物理的な意味じゃなくて射止めるって意味じゃないかと」
それに確固たる根拠をいま見つけた。さっきの集団の中にうんうんと激しく頭を上下に振っている涙目の男の子がいる。
『…これ作ったのあの子みたいだね』
「どんなセンスだよ…」
でも…なんか可哀想だな。こんなに手の込んだものを作った結果、勘違いされて…最悪の場合木刀でボッコボコだもんな。俺が先に声掛けてなかったらどうなってたことやら…
「ま、まあいいんだ!殺害予告じゃないならそれはそれで!とにかくそろそろその子をおろしてやれ!可哀想だろう!」
と、少し火照った顔で怒鳴る。話を逸らされたが、この人の言っていることは正論だしな。言う通りにしておこう。
「アカネ、おろしてやってくれ」
『はいよー、よっこらしょ!』
そして、ゆっくりとユイをおろす。
「足、大丈夫か?立てる?」
「へーきだって!私保健室でばんそーこー貼ってもらってくる!」
「あ、じゃあ俺もついて行くよ。怪我させちゃったの俺だし」
まあこれは建前で本当は湿布が欲しいだけなんだけどな。
「というわけで、アカネ。保健室まで頼む。足がガクガクだ」
『はいはい。お疲れ様、ライ』
「お互いにな」
「誤解が解けてよかったよ。じゃあまた、風紀委員長さん」
そして、ユイと共にその場から立ち去ろうとしたその時。
「待ってくれ」
「ん?」
急に呼び止められる。なんだ?まだ何かあるのか?
「私の名前は委員長じゃない。二ノ宮葉月だ。君よりも1年下だが、また縁があればその時はよろしく頼む」
へぇ、俺よりも年下の女の子が風紀委員長か…でも違和感はない。この子の真面目さといい正義感といい、十分高校3年に匹敵する力を持っている。
「ああ、よろしく頼むよ、二ノ宮さん」
この時、初めてこの子の凛々しい顔を見た。ふーむ…これはあの男の子も惚れて当然だな。
「しつれいしまーす!」
「し、失礼します」
保健室に入ると、ゴツい体格をした男の人と、細めの体の女の人が事務作業をしていた。
「おお、こんな時間に怪我したのか!災難だったな!はっはっは!」
と、笑いながら男の方がこちらに近づいて来る。そして背中をバンバンと…ん?この動作、どこかで…?
「あら、あなた膝すりむいてるじゃない。消毒してあげるからこっちきて」
「はーい」
ユイはユイで診てもらえているようだな。よかったよかった。
「お前ここでは見ない顔だな。あ、さてはお前が噂の転入生か!よくきたな!はっはっは!」
んー、やっぱりどこかで…あっ!
「木村さんだ!」
「ん?なんで俺の名前知ってるんだ?」
「喋り方とか仕草とかが病院で俺を診てくれた木村さんにそっくりだったんですよ!もしかして兄ですか?弟ですか?」
「あー、そうかそうか!なるほどな!俺はあいつの弟の木村仁だよ!しっかしよく気がついたな!はっはっは!」
と、背中をバンバン叩いてくる。すごいな、姉弟って。ここまで似るもんなんだな。
「あ、そういえば湿布ってもらえます?身体中痛くて痛くて」
今まで我慢していたが、筋肉はとっくに限界に達している。まっすぐ立てているのはアカネのおかげだ。
「なんだと!?それは大変だ!待ってろ!すぐに持ってきてやる!」
と、狭い保健室の中を仁さんは猛スピードで駆けていく。
「うおぉぉぉ湿布ぅぅぅ!どこだぁぁぁ!」
たまにゴミ箱や書類を吹き飛ばしていくがお構いなしに動き回る。保健室の先生のくせに湿布の場所把握してないのかよ…
と思った次の瞬間!
「こんな狭い部屋で動き回るんじゃねぇぇぇぇ!」
と、ユイの手当てを終えた女の人が仁さんを軽くねじ伏せる…!
「へぶぉっ!?」
仁さんは顔面を思いっきり床にぶつける…!おお、痛そうに…顔の形変わりそう。
「ごめんね、うちの馬鹿野郎が迷惑かけて。おい仁。何度も言ってるだろ、ゴミをぶちまけるなって。お前の臓物をこのゴミのようにぶちまけてやろうか?」
ミリミリと仁さんの関節の音が聞こえる。
『おぉ、何たる早業!』
「こ、怖ぇ…」
あんなに体格差あるのに…世の中わかんないことばっかりだ。
「うえぇ、ごめんなさい、美智子さん。二度としません…」
「ならよし。それ掃除しとけよ。ゴミ一つ残す毎に指一本な」
「…はい」
仁さんが俺に助けを求める視線を送ってくる。ごめんなさい、無理っす。あんなモンスター相手にできるのこの世にいないっすよ。
「さて、あなたはどうしてここにいるの?」
「あ、えっと…し、湿布を…」
「え?ごめんもう1度言って?聞こえなかったわ」
やばい、さっきの光景を目の当たりにしてからこの人がものすごく怖い。うまく舌が回らない。
『じゃあ私が代わりに』
と、アカネが口の操作権を奪う。
『あ、おいこら!』
「任せてってば!大丈夫だって!湿布をお願いするだけでしょ?」
『…まあ、それなら…でも余計なことは言うんじゃないぞ?絶対だぞ?』
「わかってるってば、ねえねえ、湿布くださいおばさん!」
ピキッ。
美智子さんの額に血管が浮かび上がる。ちなみに仁さんはと言うと顔を真っ青にして俺たちから距離を取り始めた。
「今、私をなんて呼んだ?」
やばいやばいやばい!多分…いや、絶対この人におばさんって言っちゃだめだったんだ!
『おい、今すぐ訂正を…』
「おばさんって呼んだよ?だって名前知らなかったし」
『おいコラァァ!』
空気読めばかやろぉぉ!
「もういい。喋らなくていいわよ。というより喋られなくしてあげるわ」
と、白衣の中からスタンガンを取り出す美智子さん。うえぇ、この学園の人ってなんでどいつもこいつもスタンガン持ってるんだよ!
「ねえライ、この人から凄い殺気を感じるんだけど」
『俺なら…失礼の無いように逃げる』
「なるほど」
何かを理解したアカネは、扉まで滑るように移動して、小さく礼をする。
「し、失礼しましたー…」
「……」
5秒程の沈黙。そして…
「ばいばいっ」
扉を勢いよく開いて保健室を飛び出し、ダッシュでその場を離れる…!
「逃スカァァァァァ!」
「ひぃぃ!?」
『ひぃぃ!?』
なんと、美智子さん(?)は強烈な破壊音と共に扉を粉砕し、逃げる俺を四足歩行で追いかけて来たではないか!
『逃げろアカネ!』
「わ、わかってるよ!」
てか怖っ!しかも超速いし!もはやモンスターだよ、あの人!
『またかよくそおぉぉ!』
こうして本日2度目の鬼ごっこが始まるのだった。