王子様?
「こちら葉月、ターゲットを発見した!…だがやつはなかなかすばしっこい!至急応援を頼む!」
くっそ、やらかしたっ!俺があんなミスをしてしまうなんて!
『いやー良かったよ?あのツッコミ。声量もバッチリだったし!』
「それバカにしてるだろぉ!」
『いやいや、してないよ?全然。あと露骨なドジっ子アピールは良くないよ?』
「う、うるさい!パニックだったんだよ!あの時は!」
一時的に身体を貸したことにより、凄まじい筋肉痛が俺を襲った。あのままではまともに体が動かせないので、仕方なくもう1度身体を貸さなければならなくなった。くそぉ…これは明日はずっとベッドの上だな。
「とにかく!真面目に逃げろ!叩かれたくない!」
『はいはい。わかったよ、お茶目ライ』
「ぐっ…お前っ…」
喧嘩売っとんのかこいつはぁぁっ。
『まあまあ、この角使って上手く撒いてみせるから!』
と、操られながら凄い勢いで角を曲がる俺。
「……えっ」
次の瞬間、小柄な女の子が角の向こう側から現れた!
『うわっ!?』
アカネはすぐに勢いを殺す…が、間に合わず、その女の子と激突してしまう!
ドッ。
鈍い音と共に女の子が弾き飛ばされる…!
「きゃぁっ…!」
微かに聞こえた小さな悲鳴。声質からして小学生っぽい…って、それどころじゃないっ!さっきのアカネの勢いでぶつかって無事で済むはずがない!
「お、おい!大丈夫か!?」
俺は倒れたその子に慌てて駆け寄って様子を見る…膝を擦りむいているな。他には目立った外傷はなさそうだ。大怪我をしていないのが不幸中の幸いか。とにかくこの子を保健室へ…と思ったが。
「やばい、保健室がどこかわからない」
辺りを見回すが、保健室らしき所は見当たらない。それにモタモタしていると…!
「逃さんぞ!この猿がぁぁ!」
あの風紀委員長(?)が俺に追いついてしまう…!てかいつの間に俺はエージェントから猿にグレードダウンしてるんだ。
「うっ…痛い…」
それに、今にもこの子が泣き出しそうな顔をしている。ど、どうしよう…と、俺がもたついていると…
『何モタモタしてるの!こうするしかないでしょ!?』
そう言ってアカネが俺から身体を奪い取った!
「うわっ…お前!何するつもりだよ!」
『何って…見てればわかるって!王子様!』
は?王子様?
「ん?やつめ、何をして……なっ!?」
…俺は何をしているんだろうか。転校初日に見知らぬ女の子をお姫様抱っこして校内を走り回るとは。
『いやー、ライってばかっこいいねぇ、これならどんな女の子でも惚れちゃうね!』
「もっとあっただろ!おんぶとか!なんでお姫様抱っこなんだよ!」
『もー、ライってば夢がないなぁ。お姫様抱っこなんて女の子の夢だよ?おんぶなんてあり得ないよ!』
「んなこと俺が知るかぁ!」
でももういいや、身体貸してるから抗えないし。もうどうにでもなれ。
「貴様ぁ!か弱き乙女を人質に逃げるとは!絶対に許さん!どこへ逃げようと地の果てまで追いかけて我が木刀で塵にしてくれるわ!皆のもの!私に続けぇぇぇー!」
「「「うおおおおおおおお!」」」
「うわ、何だアイツら!?」
気づけば風紀委員軍団はものすごい数になっていた。てか怖っ!委員長超やばいやつじゃん!
「アカネ!アイツらを振り切れそうか?」
『うーん、ちょっと厳しいかも。女の子を抱えてるからね…捕まりはしないと思うけどね』
「そっか…」
さすがのアカネでも撒くのは無理か。しかし、怪我してるこの子にこれ以上負担をかけるわけにはいかない。早めに辿り着きたいけど…!
と、俺は女の子の様子をチラッと見てみる。
「……」
その女の子は俺の顔をじーっと見つめていた。まあ、そうなるよな、普通は。こんな誰かもわからない男にいきなりお姫様抱っこされてるもんな。
「怪我は?大丈夫か?」
俺は出来るだけ優しく女の子に問いかける。そういえば自分のことで精一杯で、この子のことを何にも考えていなかったな。
「うん、へーき!こんなのぜんぜんけがじゃないよ!」
「おぉ、強い子だな!痛くないのか?」
「痛いよ?でもへーき。だってお兄ちゃん面白いもん!」
「お、俺が?」
なんか面白いことしたっけ、俺…?
「お兄ちゃん1人なのに2人いるみたいだもん」
「…えっ?」
まさか、アカネのことがバレたのか?いや、別にバレても問題はないんだけど…まあいっか、この子にはバラしても。迷惑かけたのは俺たちだからな。
「そうなんだ。実は俺は…」
と、そこまで言ったところで…
「よくぞ見破ったぁ!」
いきなり口元が勝手に動き出した!
『…って、おいコラァ!』
アカネのやろう、口元だけは取るなって日頃から言ってるのに!
「私はアカネ!この荒木雷の体の中に訳あって居候させてもらってるんだよ!しかし…やるね君!私の存在に気づくなんて!ご褒美に私が直々に…」
がちんっ。
『いってぇぇぇぇぇぇ!』
突然、口の中に血の味が広がる…!
「あ、ごめんね、ライ。走りながらだから喋るの難しくて、つい」
こいつ、思いっきり舌を噛みやがったぁぁぁ!
「ぬうぅ!」
『あぁ、取られたぁ』
そして、アカネが余計な話を始める前に口元を取り返す…が。
「あはははは!何その顔!面白い!」
痛みで俺は反射的に変顔をしてたらしい。
『わー、私も見たかったなぁ、ライの変顔。今度鏡の前で舌噛んでみよっかな』
「おいコラァ!」
『冗談だって!あはは!』
ぐおぉ…俺のプライドがぁぁ…結構凄いダメージだ、これ。
「そ、そんなことよりお前は逃げることに集中しろよ!」
『はいはい、わかったよ』
「お兄ちゃん、ほんとに2人なんだね!すごいすごい!」
完全にバレちゃったな…もう説明はいらないか。
「そうなんだ。でもこのことは内緒にしてくれないか?」
転校前に変な噂が広まるのはゴメンだからな…まあ、風紀委員に追っかけ回されてる時点で今更な感じするけど。
「わかった!ユイやくそくする!」
「ユイ?それが君の名前?」
「そう!滝本ユイ!わたしのなまえ!」
「そうか、それじゃあユイ、保健室はどこか知ってる?」
「保健室はねー、あそこをまがったらあるよ!」
「そうか!でかしたユ…」
がちんっ。
「あいたぁぁぁぁぁぁ!」
「あはは!また変顔だー!」
…俺も保健室で診てもらおうかな、舌。