消す者達
「おおおおおおおおおっ!」
大きく跳躍した俺は、全力でヘリに手を伸ばす!
「おおおおぉぉぉん…」
…が、全然届きそうに無い。くそっ、パキパキ丸はあんなに軽々と成功していたのにぃっ…!
『…えっ、ちょっとライ!何で空飛んでるの!?』
「今さら!?」
アカネこそどこ見てたんだよ!?
「あああダメだ!落ちる…!」
と、その時!
「はいー、キャッチ!」
「ぐえぇ!?」
視界がぐわんと回転した後、俺は何故か網の中にいた。
「…そういうのがあるなら先に言ってくださいよ」
どうやら俺は、ヘリに取り付けられていたデカい虫取り網のようなもので回収されていたらしい。おかげで助かったけど…なんか恥ずかしかった。
「あははは、でもいいじゃん!死んでないんだし!結果オーライだよ!」
そう言ってニコニコ笑う小田さん。いや、ニヤニヤって感じか。なんかバカにされてるみたいで悔しい。
「それより、何があったんですか?今日は俺非番だったはずなんですけど。こんなヘリまで飛ばして…」
あんまりニヤニヤされるのも嫌なので、本題を切り出す。
「あー、そうそう。荒木くんは今日非番だったんだけど…昨日のこと覚えてる?」
「ひったくり犯のことですか?」
「うん。それについてなんだけど…その犯人が吐いた情報によると、仲間がもう1人いたらしくて、今回捕まえたのはその囮だったんだ」
「囮…?そうだったんですか…でもそんな情報をよく吐かせましたね」
「まあね、吐かせたのは隊長なんだけどね」
「…ああ、あの人が」
あの鈍器隊長が…うん。別に変じゃないな。有り得そう。
「まーこの話は関係ないから置いとくよー。で、本題に戻るけど、今回のは結構洒落にならないんだ。人さらいだよ。小学生の女の子がさらわれたんだよ。私達が追っかけっこしている間にね」
誘拐…!?ガチの犯罪じゃないか!
「そんな…女の子は無事なんですか!?」
「わかんない…でも、ついさっき誘拐犯から電話がかかってきて、人質は眠っているだけで無傷だって言ってたらしいよ。そして、無事に返すことを条件にいくつか要求をしてきたんだ」
「その要求って…?」
「まず、今回捕まえたひったくり犯を釈放すること。次に、現金10億円と逃走用の高速船を用意すること。そして最後に…」
そこで小田さんの言葉が詰まる。
「最後に…?」
「えーと、アレなんて言うんだったっけ?」
うーん、と考え込む小田さん。頭抱えてるけどなかなか名前が出てこなさそう。
「『神秘の装置』だ。それを渡せと要求してきた」
と、そこでずっと黙っていた玉木さんが口を開いた。
「神秘の装置…?」
…なんだそれ?
「あー!そんな名前だった!だっさい名前!」
「小田、ちょっと黙れ。話ややこしくなる」
「はーい、すみませんでした〜」
「で、その謎の装置に関してだが…俺たち治隊は誰一人として知らなかった。だが誘拐犯は新世界島の長に言えばすぐわかると言っていたらしい」
「長…?」
どうして島長さんを名指しで…?
「なーんか秘密があるっぽいな、そこは。一般人には知られてない何かが」
「……そうなんですか?」
「多分な。新世界島に関係することか、島長の個人的な秘密か…どっちか分からねーけど、一般に公開できるものじゃない可能性は高いな」
…なんか玉木さんの話聞いてたら怖くなってきた。裏の世界に足踏み入れてしまいそうな気がして。
「で、ここからは俺の推測だが…この誘拐犯は何かのヤバめな組織の一員かもしれん」
「……」
急に話のスケールが大きくなりすぎて頭が追いつかない。
「で、この考えに至った経緯だが…まずこの島で犯罪を起こすのはかなりリスクが高い。もし仮に窃盗をしたとしても十中八九治隊によって捕らえられる。だが、奴らは捕まらなかった。おそらく念入りに作戦を練ったのだろう。俺たちの目を欺くのは簡単なことじゃない。これはプロの仕業だ」
「……」
確かに思いつきやその場のノリで治隊の目を欺くなんて不可能だ。怪しい動きをすればすぐにバレるし、あの超機動バイクから逃げ切るのは難しいだろう。
「で、今までの事件の履歴を確認してみたんだ。すると、ここ1ヶ月の間に犯行現場の近くで小さな事件が多発していることに気がついた。もしそれらがこの事件に関係してるとすれば、これらはドローンや監視ロボットの動きを把握するためだろう。一応犯人は全員捕まってはいるが…多分捨て駒だろうな。組織の情報はほとんど持ってないと思う」
「なるほど…」
そう考えると辻褄が合う。すごいな、玉木さんって。
「それからただものじゃないと思ったんだ。誘拐犯も、謎の装置も。まあ、かなりの人員を割いてまで欲しいものが何なのかはさすがに想像がつかねぇけどな」
「んー、なんなんでしょうね?」
神秘の装置ねぇ…名前だけじゃ全然どんなものか想像がつかない。魔法が使えたりするのかな?
「まあ、今はそんなこと考えてる場合じゃない。とにかく人質を救うのが最優先だ」
「あ、ちょっと待ってください!」
「ん?なんだ荒木」
「俺、まだ入隊して2日目ですよ?そんな初心者を危険な現場に連れていっちゃダメじゃないですか?」
俺はバイトすらしたことがないただの学生だ。そんな人間が踏み込んでいい場面じゃない気がするんだけども…
すると、玉木さんはフッと笑ってこう言った。
「大丈夫だ。心配するな。お前はあの真田隊長が認めた男だぞ?」
「そうだよ!自信持ちなよ!あの人が認めるなんて滅多にないよ!ソシャゲで10連ガチャして全部最高レアが出るくらいありえないことなんだから!」
「というか、そんくらい覚悟して入隊したと思ってたけどな、俺は」
「うえぇ!?」
…小田さんのその例えはよくわかんないけど、この人たちは真田先生を凄く信頼しているみたいだ。つまりは俺に期待してるわけで…うわー、プレッシャーだ!
でも…どうせなら期待に応えたい。やってやる!
「わかりました!足を引っ張らないようにできることをします!」
「おぉ、気合十分だね!うんうん!」
「ああ、頑張ってくれ。俺もとっとと終わらせてトリプルマーメイドに行きたいからな」
「あ!真面目モードから玉ちゃんモードになった!」
「何言ってんだ、俺はいつも真面目だ」
「またそういうこと言う〜!」
「それより荒木、お前の制服だ。着替えておけ」
と、そう言って俺の制服と通信機を渡してくれる。
「あ、ありがとうございます」
「ちょっと!無視しないでよ〜、玉ちゃん!」
「玉ちゃんやめろ」
と、仲良くしている2人を横目に、俺は着替えようと制服を広げる。
「なあ、アカネ、そういえばさっき何を言いかけていたんだ?」
小田さんと玉木さんから少し離れた場所で、アカネに話しかける。
『……えっ?』
「ほら、モノレールの中でだよ。『あのね、ライ』までしか聞いてないぞ」
『あ、あー…』
変だ。絶対変だ。元々アカネは変だけど、さっきからのアカネは特に変だ。らしくない。
「どうしたんだ?お前もしかして風邪ひいた?」
『………』
「…さすがにボーッとし過ぎだからさ。心配してるんだよ。こっちも調子狂うっていうか」
『いや、大丈夫。ごめんね、心配かけて。あのね、私が言いたかったことなんだけど…』
やっと静かに話し始めるアカネ。相変わらず元気が無い。
『ラボで滝本じいちゃんが言ってたこと覚えてる?』
「ん?全部は覚えていないけど…ある程度は」
『…そう。それでね、途中でこう言ってたの。「どうやら大変な目に遭っとるようじゃの」って』
「ああ、言ってたな」
おそらく立花さんが俺のことを手紙に書いていたのだろう。アカネのことは書いていたのかはわからないが。
『そこで、ライはこう言ったの。「はい」って』
「……っ!?」
突如、身体の芯の部分が冷たくなる感覚があった。
『その時私はやっぱり迷惑だったんだって思ったんだ。そうだよね、勝手に人の体の中に入って、体を痛めつけて、何の関係もない世界の事情にライを巻き込んじゃって…今更だけど最低だよ」
苦しい…!何だ、この身体の内側が締め付けられているような感覚は…!?
いや、そんな事より…どうしたんだアカネは!こんなにネガティブなアカネ初めてだぞ!?
「おい、落ち着け、アカネ!俺はそんな…」
『そもそも間違ってたんだよ。私の世界の事情をこっちの世界に持ってくるなんて』
「おい…アカネ…!」
締め付けはだんだん強くなっていく…!
『結局私の力不足でライだけじゃなく、オカ研のみんなにも危険を伴わせることになっちゃったし…』
「やめろ…!アカ…ネ…!」
ダメだ、意識が…!
『やっぱり私にこんな大役を務めることは出来なかったんだ!』
「…ッ!?」
声が…出せない…!
『じいや…私はダメだったよ…私なんて…私なんて…!』
「ぅ…ぁ…」
俺の意識はそこまでだった。
「え…?おい、荒木!?」
「荒木くん!大丈夫!?しっかりして!」
「パイロット!行き先を病院に変更してくれ!今すぐだ!」
『私なんて、消えちゃえばいいのにっ…!』
目が覚める。
『ここは…?』
辺りは真っ暗。何も見えないし、何も聞こえない。手を叩いて音を出そうとする。が、音どころか、手と手が合わさる感覚がない。引っかかる感覚もない。自分の手に触れられない不思議な感覚に陥る。
『何だか前の夢の空間に似てるな…』
と、呟いてみる。が、声が出ない。まあ予想はしていたが。
にゃー。
不意に何かが聞こえた気がした。なんだ今のは…猫の鳴き声か?でもこんなところに猫?どう考えても変だな…
すると、白い輝きと共に猫のシルエットが俺の正面に現れる。これは…前回の蝶と似ている…?
──…てるか…
そのシルエットは何かを呟きながら少しずつ形を変えてゆく。
──聞こえ…てるか…
あの形は…人か?ただ、前とは違って声も形も男っぽいな…
『聞こえてるぞ。誰だお前?』
──いいか…絶対に…アカネを…
『アカネを…なんだ?』
それよりコイツはなぜアカネのことを知ってる?
──アカネを…消させるな…!
『消させるな…?どういうことだ?』
…全然意味が分からない。何言ってんだこいつ。
──いいな…!絶対だぞ…!
『うわっ!?おいこら待て!』
そして、突如真っ暗だった辺りが明るくなる…!これもあの時と一緒だ…!なんなんだよ、喋るだけ喋って!質問に全然答えてくれねぇ!
「ふぉああああああああああ!?」
がばっと体を起こす。
「うわあああああああ!?びっくりした!」
「……んっ?」
声のした方向を見ると、小田さんがすぐ横に座っていた。
「あれ?小田さん?どうしたんですか?」
「どうしたじゃないでしょぉぉぉ!荒木くんが急に倒れてお姉さんすっごくびっくりしたんだよ!」
そう言って俺の上に飛んでくる小田さん。
「うぇっ、乗らないで…重い…!」
「あっ、レディーにそんなこと言っちゃダメだよ、荒木くん!」
「じゃあ言わせるようなことしないでくださいよ!」
と、じたばた暴れていると…
「よぉ、思ったより元気そうだな」
「まったく…君、前に来たばっかりじゃん。もう戻ってきたの?」
見知った人物が2人、部屋に入ってきた。
「あ、玉木さんに木村さん…ん?木村さんがいるってことは…?」
「そうだ。ここは病院だ」
「え!?俺2日も寝てた!?」
倒れた後、ヘリはそのまま病院に直行し、俺は運び込まれたそう。意識を失っている間、色々と検査をしたが、特に異常はなかったらしい。
でも気になったのは、倒れてすぐの間パキパキ丸が俺からへばりついて離れなかったという話だ。そういえば俺の夢に出てきたのも猫だった気が…
「あ、パキパキ丸はどこに行ったんですか?」
「え?ああ、あの猫ちゃん?いつの間にかどこかへ行っちゃったんだよね。可愛かったのに〜」
うーむ、相変わらず気ままなやつだな、アイツは。可愛くないヤツめ。
「それより、先生。荒木は大丈夫なのか?」
「うーん、見た感じ元気そうだし、大丈夫なんじゃないの?」
「そんな適当な…」
「いいんだ適当で。ほら元気になったのならさっさと出てった出てった!これ以上アタシの仕事を増やさないで!」
この人も相変わらずだな…患者に優しくないスタイル。
「なぁ、アカネ」
…返事がないな。やっぱり倒れる前のことと何か関係しているのかもしれない。明らかにおかしかったし。
「アカネを消させるな…か」
どういうことなんだろうか、あの夢は。てかそもそも夢か、あれって。夢にしてはかなりハッキリ思い出せるんだけども。
「あの女の子はどうなったんですか?」
「それなんだが…あれからずっと平行線なんだ」
どうやら玉木さんの予想はほとんど当たっていたらしい。誘拐犯はとある組織の一員だということが判明し、謎の装置に関しては島の長が頑なに話そうとしないので、何かしら秘密があるのも明確であるとのこと。
そして、平行線のままである理由については、まずこの島に現金が無いこと。犯人は現金で要求してきている。本土から離れている島に10億円を用意するには手間と時間が死ぬほどかかるそうだ。
次に、犯人が全然急かしてこないこと。普通の誘拐犯なら、メールや電話などで脅してくるケースが多いそうだ。だが、今回はそんな動きは見られない。
また、今現在治隊が総力を挙げて捜査をしているが、相手側のアクションが無さすぎて難航していることも理由の一つだそうだ。
俺が倒れている間に凄いことになってたみたいだ。カイトも動いてるのかな?
「そこで、俺たちはまず誘拐犯の潜伏場所を突き止める必要がある…だがな」
「何か問題があるんですか?」
「おそらく俺たちは奴らに面が割れてる。直接バイクで追っかけたのは俺たちだからな。迂闊に動くと奴らが動くかもしれん。だから…」
「…確かに俺たちが動くと危険なのは分かります。分かりますよ?でも…」
その後、退院してから俺たち3人は本部に戻った。そして…
「何で本部の掃除をしなきゃいけないんですか!?」
俺はロッカーを雑巾でピッカピカに磨いていた。
「あー、今掃除をバカにしたな〜?」
ほうきで床を掃き掃除している小田さんが話しかけてくる。
「掃除を疎かにする者は仕事も疎かになる!覚えておきたまえ、荒木くん!」
「1番机を散らかしてるお前が言うな」
「あ!それは言っちゃダメだよ、玉ちゃん!」
「まあいいんじゃないですか?安全で楽にお給料も手に入りますしね!」
「カナ…」
相変わらずこの人はお金のことばっかりだな…
「よぉ、お前たち。災難だったな」
「あ、隊長」
と、そこへ真田先生が現れる。
「お前たち3人に話がある。ちょっと来い」
そう言って会議室に呼び出される。
「これから暫くはここから出るな」
「ここから…?」
「そうだ。外に出るな」
「真田さん、それはどういうことっすか?」
「もう知ってるとは思うが、治隊の中でお前たち3人は面が割れている。そして、誘拐犯の組織について詳しく調べていくと、彼らは国際的に有名な組織であることがわかった」
「それはどんな…?」
「組織の名は『イグジスタンス・イレイザーズ』で、『ExE』と呼ばれているらしい。そいつらはどうやら自分たちにとって不必要な人間を片っ端から消しとばして理想郷を作ろうと目論む、絵に描いたようなヤバい組織だ」
存在を消す者達でExEねぇ…そのまんまだな。
「…なるほど、真田さんの言いたいことはわかった」
「さすがは玉木だな、察しが良くて助かる」
「え?どういうこと?玉ちゃん」
「俺たち3人はおそらくExEに不必要と判断されてるんだよ」
「え、じゃあつまり…」
「そう。外に出たら殺されるかもってことだ」
…やばいじゃん。この島に来ていきなりピンチじゃん、俺。
「だから、お前たち3人は誘拐犯が捕まるまでここで大人しくしてろってことだ。わかったな?」
「…了解です」
こればっかりは仕方ない。外に出た瞬間頭を銃でぶち抜かれるかもしれないし。
「…まあ、お前たちが動きたいという気持ちもわかる。だが、ここは我慢してくれ。こっちは奴らの顔を知らないからな」
「いーや、俺は元々動きたくなかったんで、嬉しい限りっすよ」
「もー、玉ちゃんってばー」
「はははは!文句が言えるなら心配は要らなさそうだな!じゃあお前ら!事件が解決するまでにこの本部を塵一つ残さず綺麗にしておくこと!」
「はーい!」
「は、はい」
「うーす」
こうして俺たち3人は一時的にお掃除隊に転職した。