ボルトとネジとスパナ
「いつも孫娘が世話になっとるのぉ」
滝本爺さんは歩きながらそう言う。
「孫娘…?」
「この人はユイのおじいちゃんなんだよ!」
「へぇー、そうだったんだ」
そういえば入り口で「滝本」って名乗ってたな。苗字一緒じゃん。なるほどなるほど。
「で、エマ。ここ何なの?闇の工場?」
そこら中に見たことないものばかり並んでいる。煙ばっかり出しててめちゃくちゃ怖い。ここで俺は武器調達を…立花さんに凄いこと頼まれちゃったなぁ。
「ここはね、滝本サンの家でもあり、ラボでもあるんだよ!」
「ラボぉ?」
エマの説明によると、どうやらここでは監視ドローンや治隊で使っていたバイクなど、この島にある様々な機械を製造している場所で、この島の中でもかなり重要な施設らしい。
そしてなぜこのラボが滝本一家の物なのかというと、この島の開発に大きく携わった人の中に滝本一族の人がいたらしい。その人は島完成後、感謝の印としてでっかい建物をもらい、それを改造して今に至るというわけだ。
ちなみにこの「大爆発明研究所」という名前はこの滝本武さんが勝手にそう呼んでるだけらしい。
「凄いんだな、ここって」
確かにドローンのプロペラのような物が次々と出来上がっていくのが見える。
「どうじゃ、すごいじゃろう?じゃが、あまりボーッと突っ立っとると…」
と、次の瞬間!
ヒュッ!
「……!?」
何かが高速で俺の顔のすぐ横を通過していった…気がした。
「…時々ボルトが飛んでくるから気をつけい」
「もっと早く言ってくれません!?」
言ったところで避けれそうにないけども!何だここ!?
「ほれほれこっちじゃ。ついてこーい」
「ほらほら、こっちこっち!」
「ライ早く〜」
「あ、ちょっと待って…ぎゃー!またボルトが!」
『あ、今のはスパナだったよ』
「ぱなっ!?」
飛び回るボルトやらネジやらを何とかかいくぐりながらしばらく歩くと、小さな和室に案内された。
「ここは完全防音じゃ。ラボのやかましい音は聞こえんからゆっくり話ができるぞ」
「は…はい…」
「ねぇねぇライ、なんでそんなに疲れてるの?」
「なんでって…逆になんでエマはそんなに元気なの?」
ここに来るまでに何度工具が俺を掠めていったか…よく生きてたな、俺。
「よし、話を始めようか。今日はどういった用なんじゃ?」
コポポポ…と、お茶を淹れながら滝本爺さんはそう言う。
「あ、そうだ!シューゴにこれを渡せって言われてるんだ!」
と、背負っていたリュックに手を突っ込む。そして、リュックから取り出したのは…
「にゃぁぁぁぁ」
猫だった。
「…パキパキ丸?」
「あれ?何でユーはここに居るの?」
「エマが連れてきたんじゃないのか?」
「そうだよ?勝手に入っちゃったのかな?カワイイやつめ!こんにゃろう!」
と、パキパキ丸とじゃれ始めるエマ。
「あー!ユイも猫さん触りたーい!触ってもいい?」
「Off Course!優しくしてやってね!」
『ねぇ、ライ!私も触ってみたい!』
「ダメだ」
『えー!なんでなんでなんで!』
「パキパキ丸が肉塊になるから」
『何その理由!?』
お前のフルパワーなら本当にしてしまいそうだからな…俺グロいのダメなんだよ。
「エマー、そろそろいいかの?」
「オー、すみません!ついつい…ユイ、PK2のことは任せたよ!」
「はーい!あはは!かわいい!」
「ぶにゃぁぁぁぁっ!?」
おい、ユイに思いっきり尻尾踏まれてるぞ。大丈夫か、あれ。
「まあ、いいんじゃよ。それで、何を出そうとしてたんじゃ?」
「えーっとね…そうそう、これこれ!」
と、リュックから1枚の手紙を取り出し、滝本爺さんに手渡す。
「んー、おっ。立花からか。あやつは元気にしとるか?」
「うん!最近はライも入って、より元気になってるんだ!」
「おー、そうかそうか!」
『修吾君と面識あるんだね』
「みたいだなー」
あの感じからして、結構仲が良さそうだな。どういう関係なのかちょっと気になる。
「ふーむー…」
そして静かに手紙を読みはじめる滝本爺さん。
『何が書いてあるんだろうね?』
「さあな。武器ということ以外何も教えてくれてないからな」
『ライにも武器あるのかな?』
「どうだろう?アカネだったら何が欲しい?」
『私?私はね…うーん…』
前に射撃は下手くそって自分で言ってたな。じゃあやっぱり近接武器なのかな?
『棒…かな?』
「棒?」
『うん。1mちょいくらいの長い棒』
「なんで棒なんだ?」
『そりゃー便利だからだよ。丈夫だし、刃物と違って手入れも楽だし、やろうとすれば高いところにも登れる!というか、私棒以外の武器をまともに使ったことが無いんだよね』
「あ、そうなんだ」
『なに、その残念そうな態度』
「いや、カッコよく剣でも振り回してるのかなと思ってたから…あーあ」
『ごめんなさいね棒で!』
「…ふむ、わかった」
手紙を読み終えた滝本爺さんは俺たちに向き直る。
「どうやら荒木君、君は大変な目に遭っているようじゃの」
「まあ、はい」
『………っ!?』
「……?アカネ?」
アカネの様子が変だった気がした…けど、ガバッと立ち上がった滝本じいさんを見て、意識をそちらに戻す。
「よしわかった!『おかけんぶ』とやらに最高の道具をタダで提供してやろう!」
「やたー!わーい!Thank You、おじちゃん!」
「え、いいんですか?」
「もちろん!なんてったってあの立花が儂を頼るなんてそうそうないことじゃからな!ガッハッハ!」
確かに立花さんはあまり人に頼るタイプではないな。昔は暗殺者だったって聞くし…
「でも、ほんとに変わったんだよね、シューゴは。ライ、シューゴに何かしたの?」
「ん?…いや、何も。逆に色々とお世話になりっぱなしだ、俺は」
朝ご飯に付き合ってくれたり、アカネを励ましてくれたり…確かに出会った時の立花さんとは少し違う気がする。
初めて会ったときの立花さんは確か…とことん冷たかったな。目を合わせようとしてくれなかったし。でも、今はけっこう柔らかい気がする。まあ俺の思い違いかもしれないけど。まだ出会って1週間も経ってないし。
「完成まで1週間以上はかかる。出来上がったら連絡するから、楽しみに待っておれい!」
「ばいばーい!また来てねー!」
そう言って俺たちを見送ってくれる滝本爺さんとユイ。
「楽しみだね!どんな武器かな〜?ワクワクするね!」
「……そうか?」
「だって武器だよ!Weaponだよ!オトコノロマンじゃないの?」
「……なるほど確かに」
「ほらー!」
武器かぁ…折角ならカッコいいやつがいいなぁ…棒とかは論外だけど。
『……』
「ん?どうした?」
『ん……ん?え、なに?』
「いや、元気なさそうだけど…どうかした?」
「いや……別に…」
「……?」
変なやつ…さっきもだったけど、どうしたんだろ?
「すぅ…すぅ…」
帰りのモノレールで、エマは気持ちよさそうに寝ている。
「ずっとはしゃいでたもんな。そりゃ疲れるか。お前もはしゃいでたよなー」
俺は窓から街を眺めながらアカネに話しかける。
『………』
しかし、返事はない。
「アカネ?」
『あ、はい!なんでしょう?』
「…何で敬語?」
『あ、いや…』
「どうしたんだ、何かさっきから変だぞ?」
『…あのね、ライ…』
と、その時!
「荒木くぅぅぅぅぅぅぅん!」
「うおぉ!?」
急に後ろの窓が開く!そしてそこにはごっついヘリコプターに乗った小田さんの姿が!
「小田さん!?何やってるんですか!?」
ものすごい風がモノレールを襲う!周りの人も風に煽られて凄いことになってるし!人が少なくてよかった…
「すぴぃー…」
というかエマってよくこんな状況で寝てられるな!凄いわ!
「はやく乗って!後で説明するから!」
「え?いや、だって、ここモノレール…」
「場所なんて関係ねぇよ、めんどくせぇ。そこからジャンプすれば届くだろ」
この声…よく見えないけど玉木さんまでいるのか!
「ほらほら!お姉さんがキャッチしてあげるから!」
「で、でも…!」
ここは地上10メートルはある。もし落下したことを考えると…足がすくむ。
と、ジャンプを躊躇っていると…
「ふにゃっ」
「…えっ!?」
なんとパキパキ丸がヘリコプターまで大ジャンプしたではないか!
「え?ええ!?」
そして危なげなくヘリコプターの内部に着地。
これには小田さんもびっくり。しかし、表情が一瞬で切り替わる。
「うわぁ!可愛い!何この子!」
「おい、小田。何してる」
「わぁ、ごめんなさい!ほらほら荒木くん!猫ちゃんでも出来たんだから!」
「だぁぁぁぁっ!どうなっても知らないですよ!」
よく分からないまま、俺は勢いに任せて窓の縁を蹴って跳躍する…!
「おおぉっ…!」
ヘリコプターまでの距離はおよそ5メートル。確か立ち幅跳びの世界記録は4メートルに届かないくらいだった。そう考えると絶望的だ!
だが、後悔しても遅い。もう飛んでしまった。あとは届けと祈るだけだ!
「とどけぇぇぇぇぇぇっ!」
ハッ、と目が覚める感覚に陥る。ここは…学園長室か。なんじゃ、帰ってきたのか。
「ぬおぅ…」
部屋を見渡すと、田村が腕を組んで突っ立っていた。
「あっ!こらぁ、田村ぁ!ワシのカウントダウンを無視しおって!」
「帰ってきたのか。今度こそくたばったのかと思ったぞ」
「ワシがそう簡単にくたばるわけなかろう!カッカッカ!残念じゃったな!」
「おい。そんなことより結果を聞かせろ」
「まあまあ、そう急かすな。とりあえずコーヒーを飲ませてくれんかの?」
「もう用意してある。とっとと話せ」
と、田村が指差した先にカップに入ったコーヒーがあった。
「おお、ありがたい…って冷えとるじゃないか!」
「ジジイが遅いからだ」
「ふん!よいわ、自分で淹れ直すわい!」
そして、ポットから新しいコーヒーを淹れる。
「さて、まず結論から言うが、無理じゃった。奴らに阻まれてしまった。やはり奴らも満月に緩くなることに気づいておるようじゃ」
「じゃあもっと出力を上げれば強引に突破できるんじゃないか?」
「いや、あれ以上上げると消えてしまうわい。じゃから、別の案を考えねばならん。はぁ…振り出しに戻った気分じゃわい」
「……」
「まあいい、それは今度考えるとして…田村。見張りお疲れさんじゃったの。休んでいいぞ」
「…わかった」
そうして部屋から出て行く田村。
「…はぁ…」
ワシはカメラを確認する。う〜む、かなりすり減っておるのぉ。ちゃんと計算しておらんが、チャンスはあと10回ほどか。少ないっちゃ少ないか…
「…じゃが、これ以上は犠牲は出せん。これでなんとかするしかない」
でも今は休憩じゃ。さすがに疲れたわい。