ぶっ飛んだ夢
「うっ…くっ…」
重い足を引きずりながら、俺は進む。
『素直に私に任せればいいのに…そこまで無理しなくても』
「いや、ここで妥協はしない…最高の幸せのために…!」
とてもゆっくりだが、確実に幸せに近づいている。ここまで来て全て投げ出すなんて俺には出来ない…!
「はぁ…はぁ…見えた…!」
あそこが…あれこそが、俺の求めた幸せの場所…!もう、我慢できない…!
「う…おぉ…ぉぉ…!」
力の全くこもっていない雄叫びを上げながら、俺は幸せに向かってよろよろと走り出し…
「だあぁぁぁぁぁぁっ!疲れたぁぁぁぁ!」
俺は飛び込んだ。幸せという名のベッドに。
『…はいはい、お疲れ様。でも、寝るのはちゃんと着替えてからにしてよ?』
「…わかってるよ。でもあとちょっとだけ…あぁ…幸せぇぇ…なーんでこんなにベッドって気持ちいいんだろうな!」
『そういえばここに来る前は畳に布団だったね、ライは』
「畳には畳のいい所もあるんだけど…やっぱり慣れてないものって新鮮でいいな」
そう言って、枕を抱きながらベッドの上を転がる。今思ったけど、結構いいベッドだな、これ。他の部屋もこれだとしたら…もしかしてこの寮ってめちゃくちゃ金かかってる?
『はい、休憩終わり!早く着替えないと汗の臭いが染み付くよ!』
「ゔぇ、それは困る!」
転校してきて早々に臭いベッドで過ごさないといけないなんて嫌だ!
「よっこらしょっと…さっさと着替えて寝るか」
仕方なく重たい腰を無理やり持ち上げて、寝巻きを探す。
『明日も早いし、夜更かしは健康の敵だからね。もし朝起きれなかったら私が起こしてあげる!』
「えぇ…バク宙以外でよろしく」
『わかった!じゃあ…サルコウとかで。3回転くらいのやつ』
「今度は横回転かよ!?」
これ以上朝から暴れたら寿命が縮んでしまう。何がなんでも自力で起きないと…!
「ジジイ、入るぞ」
ガラガラ…と、窓を開けて中に入ってくる田村。
「おお田村。どうじゃ、コーヒー飲まんか?」
「要らん。それよりわかってるな、ジジイ」
「むぅ、相変わらず冷たいのぉ」
田村が開けた窓から月を眺める…おぉ、今宵は一段と綺麗な満月じゃのぉ。
「…わかっておるよ。どうじゃ?様子は」
「ああ。安定している。行くなら今だが…今日は行くのか?」
「うーむ、そうじゃな。一昨日に奴らに動きがあったからのぉ。一応調査だけでもしておくか」
「わかった。武器は持っていくのか?」
「いや、今日はいらん。もし出会ったら撤退じゃ。いいな?」
「…了解」
そして、田村と共に海岸沿いまで移動する。
「よーし、じゃあちゃっちゃと始めるぞぉ!カメラの用意はいいかの?」
「ああ。いつでもいける」
と、田村がカメラを取り出して見せる。
「はぁ…この抜ける感覚、いつまで経っても苦手なままじゃ…よし、3、2、1で頼んだぞ!」
「どうでもいい。さっさと行け」
「え…ちょっ…」
パシャッ!
田村のカメラが放った強烈な閃光がワシを襲う!と同時に、どこかへふっ飛ばされるような感覚に陥る!
『ふぉおおおおお!?カウントダウンを無視しおってからにぃぃぃ!』
帰ったら覚えておれぃ!田村ぁ!
「ライ兄〜!」
俺を呼ぶ声がする。あ、この感じ…
「…またあの夢か」
前に見てからまだ2日しか経ってないのに…早すぎないか?
「ちょっと、聞いてるー?早く来てよー!」
うーん、この夢って疲れてる時に見やすくなるのか?確か前回は荒木ダムが崩壊して…うぇ、思い出したくなかったぁ…
「来ないなら私がそっちに行くよー!」
はぁ、今回も向こうからトラック来るんだろ?…と、右を見てみると…やっぱりトラックが。
…いつも通りか。
と思っていたが、ふとトラックのすぐ前に何かがあることに気がつく。あれは…蝶?
『お願い…聞いて…!』
それだけ言って蝶は消えてしまった。
「…は?」
あれって…一昨日に見たやつか?…いや、蝶が喋った!?今日の夢はどうしちゃったんだ!?
と、そんな事を考えていると、蝶のいたところから空間が歪み始めたではないか!
「ええええええ!?」
巨大な穴が広がっていき、世界を呑み込んでゆく…!
「うわっ!?」
道路が、空が、トラックが、この世界の全てがまるでガムのように引き延ばされて穴に吸い込まれていく!
「私スキップできるようになったんだ!見ててね!」
おいおい!呑気にスキップやってる場合か!足吸い込まれてるぞ!?
そして…!
「……」
真っ暗な空間が広がる。目を開いているのに閉じている感覚。瞬きをしても何も変わらない。
自分の頬を触れてみる…が、触れられない。触れた感覚がない。ここに頭があるはずなのに、無い。何も無い。何にも触れられない。
不思議だ…
こう呟こうとしても、声に出せなかった。なんだよ、これ。俺って死んでるのか?
と、そんなことを考えていると…
…何だ、あれ?
目の前にフッと輝く何かが現れる。これは…さっきの蝶だ!
すると、その蝶はひとりでに語り出した。
「ここは穴。存在しないものが存在する、本来あってはならない空間」
ふーむ…ん?あの蝶、少しずつ形が変わってる…?
「穴は存在するもので埋めなければならない」
そして、人型に変形する。女の人か…?ぼやけているから誰かわからないな…
しっかし、こいつ何が言いたいんだ?全然言ってる内容が理解出来ないぞ?
「必ず手に入れて。そして…」
急に暗かった空間が明るくなる…!
「いつか…必ず…私と…」
ピピピピ。ピピピピ。
「うおおおおおおおっ!?」
気付いたら、俺は飛び起きていた。
『うわあああああっ!?びっくりした!』
「あ?え?なんだ、アラームか…びっくりさせやがって…」
『いや、こっちのセリフだよ!なんなの!?いきなり大声出して!』
なんだったんだろう、あの夢は。あんなぶっ飛んだ夢初めてだ。
「…とりあえず着替えるか」
「うーん…」
俺は制服に着替えながら、夢に出てきた蝶のことを考える。
「なあ、アカネ」
『なにー?』
「あの…幻虫だっけ?あれって夢の中にまで出てきたりするのか?」
『え、夢に出てきたの?あの蝶』
「そうなんだよ。もしかして謎の組織が頭の中まで監視してたり…とかってあるのか?」
『いやー、無いと思うけど…幻虫ってわかんないことだらけだからね、絶対とは言い切れない』
「そうか…うーん」
『たまたま夢に出てきたってだけじゃない?あの出来事が印象的すぎたみたいな?』
「あー…」
まあ、考えても解決しないし、今は朝食だ、朝食。
「夢の中に幻虫が出てきたこと?」
朝、食堂で立花さんに聞いてみる。
「俺は無いな。そもそも俺は睡眠時間が短いからな。夢を見ることがあまりない」
「暗殺者ってそういうものなんですか?」
「ああ。相手が寝ている間に殺るってのもあるからな。短い睡眠で動けるように体を慣らしておく必要がある」
へぇ…暗殺者は一般ピープルとは体の造りが違うのか…いや、それは今はどうでもいいか。
「そんなに心配ならみんなに相談してみたらどうだ?現状手がかりになりそうなものは何も無いしな」
「そうですね…いや、やめておきます」
アカネも関係なさそうって言ってるし、ほっといてもいいな、この問題は。変に不安がらせることになるかもしれないし。
「そうか。じゃあまた部活でな」
そう言って食器を棚に戻しに行く立花さん。相変わらず食べるの早いなぁ。
「こんにちはぁ、数学担当の伊田ですぅ。これから1年間頑張っていきましょうぅ」
今日から授業が始まる。昨日の疲れはまだ残っているが、気を引き締めてかからないと。
──お前ら、一応言っておくが1科目でもテストで赤点とったら肩外すからな。
…という真田先生の脅しがあったからな…授業は真面目に聞かないと。あの人は本気で外しそうだから怖い。
「ではぁ、教科書を出してくださいぃ。初日ですがどんどん進めていきますよぉ」
『頼りなさそうな先生だね』
「それを言うな」
まぁ、俺も思ったけども。絶対授業中眠くなるやつだ、あの先生。
ちなみに、この学園は学力的に見ると平均レベルであり、特別凄い進学校というわけではない。この島にはさまざまな人が集められているため、賢い人がいれば賢くない人もいる。一応学力別にクラス分けはされているが、そもそものクラスが少ないので、そこまで授業の内容に差はない。
ちなみに俺は転校したてホヤホヤなので、1番下のクラスだ。
『…とか言ってるけど、きちんと学力を測っても多分このクラスだよね』
「お前、また頭の中覗きやがって…」
くそっ…否定できないのが辛い!
『覗かせてるのはライだよ?私は悪くないもん』
「そうだとしても、やめてくれよ、頼むから」
『むー、わかってないね、ライは。目の前の女の子のスカートがめくれたら自然と視線がパンツに行っちゃうでしょ?そんな感覚なの!こっちは!』
「…的確な表現をありがとうございます」
でもおれの頭の中をスカートとパンツで例えて欲しくなかった。なんか嫌だ。
時は過ぎて、現在5限目。科目は体育だ。
「私は真田だ。今日からお前たちの担当になる。よろしく」
よりにもよって男子の担当が真田先生とは…てか何でバット持ってるんだ。ここ体育館だぞ?
「おっ、荒木と竹田じゃないか。お前らってこのクラスだったのか。丁度いい。2人とも体育委員な」
「は、はい!?」
まさかの即決、しかも強制!?
「ちょーっと待ってください、真田先生!」
と、そこでアキラがビシッと手を挙げて立ち上がる。
「何だ」
「相棒はともかく、こんなちんちくりんより俺の方が体育委員に相応しいと思うのですが!」
と、カイトを力強く指差しそう言う。
「だっ、誰がちんちくりんだぁ!」
「前後上下左右どこから見てもちんちくりんだろ!お前が体育委員なんぞ10年早いわ!」
「な、なんだとぉ!?」
『カイトとアキラって仲悪いのかな…?』
「どうだろ…?ただ単にアキラが体育委員やりたいだけじゃない?」
確かにアキラと比べるとカイトはちんちくりんに見えるかもしれない。でも、決してひょろひょろというわけではない。治隊でバイトしてるし、ある程度は鍛えられてるのかも。
「ほぉ…私の人を見る目に問題があるとでも…?」
と、アキラの発言に反応する真田先生。
相変わらず圧が凄いな、この人は…だがアキラは退かない。肝が座ってるのか、ただアホなだけなのか…
「そうです。先生の目はふし穴ですね。いや!それより酷い!目玉焼きです!」
「なるほど、私の目玉はこんがり焼けてると」
「そうです…!それに…この俺の美しさにっ…気付かないなんて…ゼェ…おかしいです!」
決めポーズラッシュで息を切らしているアキラ。相変わらず無駄に洗練されてるなぁ。ていうか真田先生はあの決めポーズについて何も触れてないけど…何とも思ってないのか?
「ふむ…お前、そこまでして体育委員をやりたいのか。いいだろう。お前にチャンスをやろう」
と言うと、真田先生は体育倉庫からボールを1球取ってきた。
「これから竹田チームとアキラチームに分かれてドッジボールをしてもらう。チーム分けは…そうだ、どっちが体育委員にふさわしいと思うかで決めてもらおう。竹田がふさわしいと思うなら竹田チームに、アキラならアキラチームに入れ。勝った方が体育委員だ」
ドッチボール対決…?
「フハハハハ!いいだろう!このちんちくりんに力の差を教えてやろう!」
「ぐっ…実力で黙らせてやる…!」
2人の間に火花が散っている。おぉ、盛り上がってる盛り上がってる。
『おぉー、楽しそうだね!』
「確かにそうだけど…それよりも」
俺はこっそり真田さんに近づき、話しかける。
「あ、あのー」
「ん?何だ、荒木」
「もうカイトとアキラで体育委員をすればいいと思うんですが…」
「だめだ。鈍器を愛する同士としてここは譲れない」
「えぇ…」
俺の意見はよく分からない理屈であっさり切り捨てられてしまった。
「うーん、やはりこのバットは素晴らしい。これぞ鈍器オブ鈍器だな!」
…やめてください、色んなところから怒られそうなんで。
「ああそうだ、荒木。これは生徒のポテンシャルを測る目的もある。お前も参加してくれ」
「…わかりました」
もういいや。断ったらバットで骨砕かれそうだし。
そして、チーム分けが始まったのだが…
「ふはははは!お前たち!俺様の方が相応しいと思うだろう!さあ!我が元へ集うがいい!」
そう叫ぶアキラの元へ集まる者は誰1人といなかった。
「じゃあ俺もカイトの方へ…」
と、一歩踏み出した瞬間。
「ち、ちょっと待て、相棒!お前はこっちだろぉ!」
アキラに襟を掴まれた。
「ぐええっ、なんでお前が決めるんだよ!」
「チッチッチ、お前がこっちのチームに所属することは運命によって…ああ!ちょっと待てって!」
「離せ、こんにゃろ!」
こんなやつと体育委員やりたくないし、チームになりたくない!とっととカイトの元へ…と思ったが。
「葉月様に仇なす愚か者め…今度こそひねり潰してくれるわ…」
…また立ち塞がるか、リーフムーンズのリーダー。
『うわぁ、凄い殺意…あ、見えないリンゴ持ってるね』
「漫画とかでよく見るよな、あのポーズ。『封印されし我が右腕』みたいな」
あいつと同じチームだと何されるかわからない…仕方ない、アキラチームに行くか。
「おおおおおお!荒木くんんんんん!よかった!本当によかった!俺1人になるかと…」
「うわっ!抱きつくな!気持ち悪い!」
これは勝ち目無いな…アキラチームは俺とアキラだけ…てかこいつ人徳なさすぎだろ。ここまでとは思ってなかったわ。
「なんか男子がドッジボール大会するらしいよ!」
「なになにー?面白そう!」
「え、片方少なすぎない…?」
騒ぎを聞きつけた女子たちが面白がって観戦している。これは無様な姿は見せられないな…気を引き締めてかからないと!
「荒木くーん!頑張ってね〜!ついでにアキラも!」
「あ、赤坂さん」
「おい赤坂ぁ!ついでってなんだよ!?」
赤坂さんも応援してくれている。オカ研繋がりなこともあって心強い!
「うし、頑張るか!」
赤坂さんの応援を無駄にしないためにも、ベストを尽くさないとな。俺のポテンシャルもついでだけど見られるらしいし。
「では…試合開始!」
そして、真田さんの掛け声と共にホイッスルの音が体育館中に鳴り響く…!