初バイト
「はい!着いたよ!」
そう言ってカイトに連れてこられたのは職員室だった。
「あれ?バイトは?」
「ああ、言い忘れてたね。僕の上司は教師もやってるんだ」
「へぇー、そうなのか」
教師だけでもかなり忙しいはずなのに掛け持ちしてるなんて…どんな先生なんだろう?
「あっ、あと新人だからって容赦しない人だから、気をつけてね」
「…へぇー、そうなのか」
ブラックじゃなきゃいいけど…
そして、ノックをして職員室に入るカイト。
「失礼します!2年1組の竹田で…ふごっ!?」
「遅い!」
次の瞬間、カイトの顔面に出席簿が叩きつけられていた!
「3分も遅れやがって!もし本番なら逃げられてるだろうが!」
そう言ってズンズン歩いて近づいてくる先生。見た目は華奢な女の人だが、放っているオーラが全然違う。モンスター美智子さんとはまた別の、なんだろ…とにかくヤバいオーラだ。
「ご、ごめんなさい、真田さん…!」
鼻を抑えながら涙目で謝るカイト。おお、これが蛇に睨まれたカエル状態か。
「で、でも前に言ってた新人ちゃんと連れてきましたよ!はいどうぞ!この人ですよ!」
と、俺を先生に押し出すカイト…って、何がはいどうぞだよ!
「荒木君、この人が僕の上司の真田さんだよ」
「人を盾にしながら説明されてもな…」
蛇とカエルの間に挟まるのは居心地が悪いなぁ。
「お前か…ウチに入りたいってのは」
そう言うと真田先生は品定めするかのようにジロジロと俺を観察してくる。なんとその距離3センチ。近い、近いって!逆に見えないだろ!その距離!
「ふむ、体はある程度鍛えてあるようだな。よし、じゃあ面接だ。奥の部屋に来い」
10分ほどジロジロ見た後にやっと離れてくれる。
『この人も結構やばそうだね…』
「そうだな…」
人は第一印象が大事とか言うけど、ここまで最悪な印象を与えられたのは初めてだ。せめて面接は真面目であって欲しい…
「ふむ…よし、次が最後の質問だ」
面接自体は割と普通だった。得意なこと、学力、視力など、ぶっ飛んだ質問は特になかった…と思っていた。
「お前、鈍器って何だと思う?」
「…はい?」
「だから、鈍器ってなんだと思うか聞いてるんだ。はい、10、9、8…」
「ええ!?」
最後の最後で変な質問来た!やばい、全然答えが思い浮かばねぇ!こうなったら…!
「アカネ!頼んだ!」
変な人には変な奴をぶつけるしかない!
『えぇ!?私!?』
「5、4、3…」
『あーもう!どうなっても知らないからね!』
どうなってもいい!何でもいいから答えてくれ!
「えー、コホン。鈍器とは、素晴らしいものだと思います。例えば…そう、ほうき!あれほど万能な鈍器はないでしょう!掃除もできるし攻撃もできる、やろうとすれば野球もテニスもゴルフだってできる!洗濯物を干すこともできる!しかも安価!すこし汚いのが欠点ですが、そこに目をつぶれば、何だって出来ます!これからの人類を導く鈍器と言っても過言ではないでしょう!」
どうだ!やってやったぞ!と言わんばかりに胸を張る俺(中身はアカネ)。
「……」
「……」
アカネの熱弁を聞いて、ぽかーんとしている真田先生とカイト。
『…おい』
「ん?なに?」
『なに意味のわからないこと言ってんだよ!そもそもお前の説明ってほとんどほうきの話じゃねぇか!しかも人類を導くだって?ほうきがか?どう考えたって過言だろ!過言すぎるわ!』
よくもまあ、ぶっつけ本番であんなにスラスラと…あまりにも饒舌すぎて止められなかったぞ。
「ライ、面接なんてバカ正直じゃダメなんだよ?程よく嘘をつくのが大事!」
そう言って、なっはっはと鼻を高くして笑うアカネ…てか、俺の身体で変な笑い方すんじゃねぇ!
『もういいや…なんか疲れた』
でも、面接は普通に不合格だろう。あーあ、カイトには申し訳ないけど、初バイトは別の機会に…と思ったが。
「素晴らしいっ!」
「はいぃ!?」
突然、肩をガッチリと掴まれる!
「お前の鈍器愛、伝わったぞ!そうか、そうだよな!人類が鈍器に支えられる日は近い!気に入ったぞ!お前、名は何という?」
「あ、荒木ですよ。さっきも言ったと思うんですけど…?」
「悪いな!興奮しすぎて忘れてしまったよ!あっはっはっは!」
おい、1番大事なこと忘れるなよ!
「よし、荒木。お前合格な」
「…えっ?」
「お前の鈍器愛に免じて合格にしてやると言っている。歓迎しよう!」
『ねえ、ライ。鈍器愛って何?』
「俺が知りたい」
なんか知らないけど歓迎された。まあいいか、結果オーライだ。
「自己紹介が遅れたな!私は真田勝美だ!職業は体育教師!それと治安維持隊第1部隊長だ!よろしく、鈍器を愛する同士よ!」
治安維持隊。
新世界島のみで活躍する組織で、島内での事故の後処理、事件の解決をすることが主な仕事だ。
この島には防犯対策として監視カメラ、監視ドローン、移動式監視ロボットなどが至る所に配置されている(学園内にはいない)。これだけ聞けば事件は起こらないだろうと思うだろうが、実際は違う。それらは「見張ってるぞ!」と牽制しているだけで、事件を止める力は無い。つまり事件自体は頻繁に起こってしまうのだ。そこでそれらを取り締まるのが治安維持隊というわけだ。
彼らはこの島の仕組みに慣れており、犯人がどこへ逃げようと3次元的な動きで最短距離を移動し、すぐさま確保するという常人では不可能なこともやってのけるエリート集団だ…と前に学園長が言っていた気がする。
そんな組織の面接がこんなのでいいのか?この島にとってかなり重要な組織のはずなんだけどな…しかも、治安維持隊って知ったの面接終わってからだし。適当すぎるにも程があるだろ!
「安心して、あの人は見る目はあるから」
「カイト…」
「それにしても一発合格ってすごいね!君が初めてなんじゃないかな?しかも真田さん相手に張り合えるほどの鈍器愛の持ち主だったなんて!」
「あ、ああ、まあな」
なんかいつの間にか鈍器大好きキャラになってしまったが…仕方ないか、合格のためならこのくらい我慢してやる。
『感謝してよ!私のおかげなんだから!』
「はいはい。感謝してます」
「よし、お前ら!本部に集合しとけ!カイト、制服新品の渡してやれ!」
「了解!いくよ!荒木君!」
「え?あ、ああ…」
こうして俺の初バイト生活が幕を開ける…!
「似合ってるんじゃない?」
「…そうか?」
治隊の本部に到着するなり、すぐに制服を手渡される。
『着心地はどう?』
「うーん…悪くないな」
腕をグルングルン回して動きを確認する…うん、普通に動きやすい。
「その服凄いんだよ!燃えないし破れもしない。しかも夜になったらピンクに輝くおまけ付き!」
「へぇ〜」
しかも丈夫で軽い素材が使われているそうな。金かかってるなぁ。
「さらにこの帽子!この紐を引っ張ると膨らむんだ!これで海上の事故も安心ってわけ!」
「ほぉ〜、よく考えられてるな」
「凄いよね、これ考えた人天才だよね!」
そう言って帽子も手渡してくれる。小さなツバがついたシンプルなデザインだ。
「それ、真田さんがくれるってさ」
「いいのか?こんなにいいものをタダでもらうなんて…」
そう言いながら、俺は帽子をかぶる。うん、サイズも悪くない。
「うん。つまり正式に雇うからこれから死ぬほど働いてもらうぞって意味だけどね…」
「……」
あの人、俺が初バイトってこと知ってるのかな…?
「…なんか、ゴメンね?予想以上に真田さんが荒木君のことをやたら気に入ったみたいだったから」
「いや、大丈夫。気にしてない」
もともとバイトする予定だったからな。探す手間が省けたということにしておこう。ポジティブじゃないとこの島ではやっていけん。
「うっす」
「こんちゃ〜」
「あれ、1人増えてる?」
しばらくすると、ゾロゾロと人が集まってきた。
「みんな第1部隊の人だよ。これから一緒に働く先輩たちだね」
「へぇ〜」
俺とカイトも合わせて7人か。ここに真田先生も足したら8人。思ってたより少ないんだな。
「よし、全員揃ったな!よく聞け、お前ら!」
すると、部屋にあるモニターが真田先生の顔を映し出す。
「今日はいつも通り見回りに行ってもらう。あと、新人が1人いるから。そうだな…玉木と小田はそいつと組め。そしてきっちり基礎を叩き込んでやれ。解散!」
そこで通信が終了する。
「なんで俺が…めんどくせぇ」
「新人さ〜ん!私は小田だよ!よろしくね!で、この玉ちゃんが玉木だから!君の名前は?」
うおお、すごい詰め寄ってくるな。
「あ、荒木です。よろしくお願いします!」
「荒木君ね!ねぇ玉ちゃん、男の子だよ!ピチピチの高校生だよ!」
「やめろ、その鬱陶しい喋り方。ストレス溜まるんだよ」
「まあそんなことは置いといて、さっさと行くよ!基礎を叩き込まないといけないもんね!時間がもったいない!急げ急げ!」
そして、小田さんは風のようにぴゅーんと走り去ってしまった。
『元気な人だね〜』
「元気すぎてついて行けない…」
と、そこで玉木さんが話しかけてくる。
「なぁ、荒木。お前小田のことどう思う?」
「どう思うか…ですか?」
「ああ。まあ難しく考えなくてもいいぞ。最初に感じたことを言ってくれればいい」
「え、えーっと…元気すぎるって感じですかね?」
「だよなぁ。俺とは正反対だよ。お前、見習うならアイツの方を見習え。俺みたいなしょーもない人間になるなよ」
「は、はぁ…」
結局何が言いたかったんだろ?何か裏がありそうな言い方だったけど…まあ気にしてても仕方ないか。とっとと見回りに行くとしよう。初バイトということもあってちょっとワクワクするな。
「あ、ちょっと待ってください!」
出発しようとしたところで声をかけられる。
「行く前にこれを付けてほしいです!」
と、何かを手渡される。これは…耳にはめるタイプの通信機か?
「あっ、ありがとうございます。えーっと…」
「あ、自己紹介がまだでした!私西村香奈!第1部隊のオペレーターやってます!カナでいいのでよろしくお願いします!」
「俺は荒木雷です。こちらこそよろしくお願いします」
さすがはオペレーター、良く通る声だ。とっても聞き取りやすいな。
と、カナと目を合わせていると、急にムッと顔をしかめるカナ。
「どうかしたんですか?」
「…今私の身長のこと考えましたね?」
「え?いや、別に考えてませんけど」
「いーや、分かります!目を見ればわかるんです!みんな私をみてチビって思って…牛乳ちゃんと毎日飲んでるのに…どうして伸びないんですか…私の身長。ぐすん」
えええ…どうしよう、泣いちゃったよ。
『ラーイー?何女の子泣かせてるの?』
「いや、今の俺のせいじゃなくね!?」
完全に言いがかりだろこれは!確かに一目見たとき小さいとは思ったけど、チビとかそこまでは思ってないぞ!?
「でもいいと思いますよ。人形みたいで」
とりあえず何か言っておくか。何も言わずに立ち去るのは気が引けるし。
「あ、フォローありがとうございます…でもいいんです、小さくても。オペレーターの仕事には何の支障もありませんしね!」
と、盛大な負け惜しみを言い放つカナ。
「…神様って不平等ですよね」
「ですよね…ぐすん」
ごめんなさい、西村さん。俺のポンコツな脳じゃこんな言葉しか思いつかなかったっす。
「ねぇー!荒木くーん!まだー?」
「あ、今行きます!」
そして俺は耳に通信機を付けて本部を後にする。
「…で、仕事って見回りでしたよね?」
「ああ、そうだが?」
「俺たちって治安維持隊ですよね?」
「そうだよ?」
「じゃあ何でカフェでゆっくりしてるんですか!?」
ここは本部から歩いて20分ほどの距離にあるカフェ「トリプル・マーメイド」。新世界島にある数少ないカフェの内の一つだ。
新世界島の近未来的な世界観とは違い、店の中はレトロな雰囲気が漂っている。やっぱりカフェは落ち着ける造りの方がいいよな…じゃなくて!
「見回りは!?しなくていいんですか!?」
「まあ落ち着け。よく考えてみろ。街の中にはそこら中に監視カメラがあるんだぞ?そこを俺たちが見張ったところで何の意味がある?俺たちが動くのは事件が起こってからでいいんだよ」
「まあ面倒だからカフェでゆっくり時間を潰したいってのが本音なんだろうけどね〜」
「はぁ、お前はそれを言っちまうから…せっかく俺がそれっぽい理由を出したってのに…」
「……」
なんか真面目に頑張ろうとしていた俺が馬鹿らしく思えてきた。もういいや、俺も事件が起こるまではゆっくりしていよう。
「あら、荒木くんじゃない」
すると、誰かから声を掛けられる。聞き覚えのある声だな、と思い、顔を上げると…
「あっ!アヤねぇ!」
「偶然ね。ここで何しているの?」
今日はバイトって言ってたけど、バイト先ってここだったのか!
「へぇー、事件が起こるまでここで待機してるのね」
ちょうど店も空いている時間なので、少しアヤねぇと話すことにした。
「そうなんですよ。実は初バイトで、結構気合い入ってたんですけど…肩透かしを食らった気分ですよ」
「そう。でもいいことなんじゃない?事件は起こらない方がいいものでしょう?」
「まあ、その通りなんですけどね」
「言いたいことはわかるわ。うーん、そうね…じゃあ、はい!これあげるわ!」
と、何かのキャラクターのストラップを貰う。
「ありがとうございます…これ何のキャラクターですか?」
手足の生えた消しゴムが腰みのを身につけている…何だこれ?
「知らないの?『原始消しゴムパラダイス』ってシリーズなんだけど。かわいいでしょ?」
アヤねぇがとってもワクワクしながらそう聞いてくる。
「とっても可愛いです」
「…ぶっちゃけると?」
「あんまり可愛くないです」
「…そこまではっきり言われると傷つくわね…まあいいわ、少し硬かった表情も柔らかくなったみたいだし」
ん、そういえば肩が軽くなった気がするな…緊張が解けたのかな?
「荒木くんはここに来てまだ3日でしょう?だからここにまだ馴染めてないのよ。馴染めばきっと気持ちも楽になるわ。実際変な人ばかりで疲れてたでしょ?」
「それは…確かに」
「馴染むまで時間はかかるけど、頑張ってね。何か問題があるなら相談に乗るわ。もちろん私だけじゃなく、オカ研のみんなもよ」
「…ありがとうございます!」
アヤねぇは本当に頼りになる。この人と知り合えてよかった。
それからしばらくアヤねぇと話していると…
「──ひったくりです!ひったくりが発生しました!」
「うおおっ!?びっくりした!」
突然カナから通信が来た!
「おっ、来たね!荒木くん!初陣だよ!」
「はぁ、ゆっくりしてたのに…誰だよめんどくせぇ」
『ライ!気合い入れてよね!』
「おう!でもいざとなったらアカネに任せるからな!」
『了解!』
「荒木くん、頑張ってね」
「はい!アヤねぇ、色々とありがとうございました!」
「ふふ、良い土産話を期待してるわよ」
そして、アヤねぇのくれた「原始消しゴムパラダイス」のストラップをポケットに突っ込み、店を後にする…!
「…何してるんです?」
店を出るなり立ち止まる小田さんと玉木さん。
「まあ見てて!ちょーカッコいいから!」
と、小田さんの端末からピコーンという電子音が鳴る。
と、次の瞬間、なんと小田さんの目の前の地面からバイクがせり上がってきたではないか!
『なにこれ!カッコ良すぎない!?』
これにアカネは大興奮。正直俺もかっこいいと思った。すごいな新世界島。まさか地中にも細工が施されていたとは…!
「すごいでしょー?これを私が運転するんだよ!で、君は後ろに乗る!」
「…げっ」
嫌な思い出が蘇る…
「おい、チンタラしてる場合じゃねぇぞ。犯人逃したら真田さんが何してくるか…」
そう言いながら小田さんと同じように地面からバイクを出す玉木さん。
「ああ、それはヤバい!早く乗って!ひったくり犯を捕まえるよ!」
『早く乗ってよ!ライ!早く早く!』
だぁーっ!わかったよ!乗ればいいんだろ乗れば!
俺は不安を押し殺し、バイクの後部座席に座る!
「じゃあ、出発!振り落とされないでね!」
ああ、神様。無事生きて帰れますように。