光る箱とおっきな玉
「で、君って…誰?」
部屋から飛び出した後、俺は走りながら見知らぬ女の子にそう聞く。制服を着ているから生徒だとは思うけど…?
「おぉっと、挨拶が遅れたね!ワタシの名前はエマ!気軽にエマって呼んでね!今後ともよろしく!」
「うおぉ。よ、よろしく!俺は荒木雷!」
「ライだね!よろしくー!」
走りながらの元気な自己紹介に若干押された。よく響く声だなぁ。
『珍しいねー、金髪だよ。外国の子なのかな?』
「さぁ…どうだろ?『ますネ!』みたいな口調じゃないし…」
まぁ、今はどうでもいっか。それより…
「エマって…オカ研の部員、なんだよな?」
「そうだよ!」
じゃあ、昨日会えなかったっていう部員の一人はエマだったのか。
確かにアヤねぇの言った通り、第一印象で分かるくらいキャラが濃いな。超アクティブで赤坂さんと似た感じがする…って、もしかして?
「なぁ、エマって銃担ぐ趣味あったりする?」
「はいぃ!?そんなのないよ!?」
『さすがに無いでしょ…バカなの?』
「ごめん流石に失礼だった!」
でもさ…怖いじゃん!いきなり目に変なのぶち込まれたくないじゃん!
「それより!昨日は会えなくてとっても残念だった!で、早く会いたくて朝一番に部室に行ったのに…10時過ぎても全然来ないじゃん!ってなってね、こうやって探しに来たんだ!」
「あ、そうだったのか」
というか、そういえば俺遅刻してるんだった。風紀委員会室でかなり時間を食ってしまったからなぁ…着いたら皆に謝らないと。あと立花さんにお礼も。
「…にしてもよく俺の場所が分かったな。風紀委員会室なんて普通思いつかないのに…」
「それはねー…そこのPK2が教えてくれたの!」
「PK2…?」
「ほら、足元にいるじゃん!」
と、エマが俺の足元を指差す。
「ん…?」
視線を下ろすと…俺のすぐ隣を黒猫が走っていた。
「ああ、PK2ってパキパキ丸のことか」
「……フン」
「……」
まるで「何見てんだよ」と言わんばかりの視線を送ってくるパキパキ丸。何だコイツ、可愛くないヤツめ。
「そう!その子について行ったら風紀委員会室に着いたってわけ!もうこの子って凄いの!とってもCleverなの!」
「コイツがクレバーねぇ…」
「……フェッ」
「……」
ダメだ、本能で察した。やっぱりコイツは絶対俺には懐かない。ちょっと悲しいなぁ…
『…あっ、見えてきたね』
「もうそろそろ着きそうだな」
とりあえず、部屋に入ってすることは…謝罪だ。よし、行くぞ!
「…すいません!荒木です!遅れましたっ!」
オカ研の部室の前に到着した俺は、そう言いながら扉を開ける!
すると…
「…むっ、とうとう来たか…」
目の前に化け物がぶら下がっていた。
「アカネ、GO」
『くらええええええぃ!』
「ごめんなさいごめんなさい!まさか顧問だったなんて!」
2日連続で顧問の股間を蹴り上げてしまうなんて…!
「いいのよ、あんな人。いくらでも蹴りあげなさい」
「おお、彩子ちゃんの辛辣なお言葉…!ありがたやッ…!その言葉さえあれば、ワイのこの痛みは…すぐに…消え…去るッ…オォ…」
『…全然消え去ってないね』
「愛の力の限界かな」
『何だか悲しいねー…』
というか、相変わらず気持ち悪いな、この人は。ホントに教師かよ。
「君が新入りか…!よく来たな!スーパー歓迎だ!」
と、そこで知らない声に俺は振り返る。
「うおっ…?」
かなり背が高く、そして眩いほどの素晴らしい笑顔!…だけど、知らない顔だな。てことは、この人が昨日いなかった2人目か!
「よろしく。荒木雷です」
「荒木か!ウルトラよろしく!わはは!」
「う、ウルトラよろしく…?」
「いいだろう?カッコいいだろう?」
「……はい?」
ウルトラよろしくって何だ…?もしかしてその挨拶流行ってるのか…?そんなの聞いたことないぞ?でも、ここは乗ってやるべきか…?
「うーん…?」
と、悩みまくっていると…
「ふふふ、荒木よ!疑問に思っているようだな、この俺の謎の挨拶が!」
自分から切り出してきたではないか。
「……あ、はい」
それに対して思わず俺は二つ返事してしまった…って、謎って自覚あるのかよ!あるなら初対面の相手に言うなよ!困るだろーか!
「フッ…これはな!小学生の心を鷲掴みにするためだぁぁ!」
そう言ってビシッとポーズを決めたその瞬間、コイツの背中から真っ赤なマントが現れ、ブァッと豪快に広がった!
『おぉー!かっこいい!』
高身長なこともあって、そのマントを大きく広げた姿はまるでヴァンパイアだ。
それに加えて、後ろから窓からの光が差し込んでいて、カッコいい雰囲気が出来上がってる。セリフはカワイイけど。
「小学生の心?」
「そうだ!俺の夢は…教師!教師に必要なことは!そう!子供の心だ!子供の心を持つことでより打ち解けやすくなる!」
「おぉ…」
すごい、今の発言だけで5回はポーズを決めている。これがアレか、ネットでよく見る「無駄に洗練された無駄のない無駄な動き」ってやつ。
「That's so cool!絶対大人気の先生になれるよ!」
「すごいね!何かすごいけどすごい!」
これを見たエマと赤坂さんはきゃっきゃっと大喜びしている。
なるほど、これが心を掴むってことか…ん?これって小学生の心を、だよな?つまり赤坂さんとエマは精神年れ…いや、これ以上はやめとこ。
「ふっ…荒木よ…この俺が編み出した心を掴むコツ…知りたくないか?」
すると、突然この人はそんなことを言いだした。
「よし!では、教えてあげよう!」
「……俺まだ何も言ってないんだけど」
『まぁいいじゃん、聞いてあげよーよ』
そんな俺を気にすること無く、目の前を歩きながら機嫌良く話し出す男。
…凄いな。目が輝きすぎてて止めるのを躊躇ってしまう。それはまるで「ママ、聞いて聞いてー!」とか言ってる時の幼い子供の様。
「コツはな、小学生が何が好きかを把握すること!例えば、『スーパー』とか『ウルトラ』とかそういう言葉が大好きなんだ!あとデカい数字も好きだ!100万とかな!あとはなぁ…」
「へぇー…ふーん…」
と、適当に聞き流していると。
「なるほど…ここは…」
エマが俺の隣で必死にメモを取っていることに気づく。そんなに必死になることか?と思い、ちょっとメモを覗いてみると…?
「ここの角度は…ふむふむ」
メモしていたのはアキラの決めポーズだった。うお、絵上手っ…じゃなくて!話聞いてないんかい!聞いてあげてよ!あんなに必死なんだからさぁ!俺が言えた話じゃないけども!
「そして、最も大切なのは…必殺技だ!」
と、そこで話は佳境に入ったのか、声を一段と大きくなった!
『必殺技っ!?』
「うぉあっ!?」
それを聞いて、アカネが食いついた!
『そんなのあるの!?こっちの世界にも!?凄い!見せてよ!』
「ちょっと…落ち着け!うるさい…!」
「おっ、その目は興味津々だな?いいだろう!1度しか言わないからよーく聞けよ?」
『ライ!メモとって!はやく!』
「は?え?うぇ!?」
『はーやーく!はやくはやくはやく!』
「だぁぁ!分かったから黙れぇぇぇ!」
急に興味津々になるじゃん、コイツ!頭に響くから叫ぶなぁぁぁ!
「エマー、紙とペンって余ってる?」
これ以上叫ばれるのも困るので、俺は仕方なーくメモを取る事にした。
「ん?いいよ!はい!」
と、エマはペンとメモ用紙を渡してくれる。
「ありがとう!助かった!」
「よーし、準備はいいな!」
なんやかんやで待ってくれてた。そこは夢が先生なだけあって優しいなぁ…
「いいか?小学生はパンチやキックが好きだ!しかしただのパンチじゃない!それに名前をつけることで『必殺技』に変えるんだ!」
『なんと!そんなことで必殺技に…!』
「真に受けるなよ…技名ついただけのただのパンチだろ」
『えー…なーんだ、期待して損した…』
うおぉ、こんなに一瞬てテンションが下がるの初めて見た。ここまでガッカリするとはなぁ…どんだけ期待してたんだよ。
『…でも一応メモは取っといて。一応』
「あ、そこはそうなるのな」
明らかに声に元気が無い。励ました方がいいんだろうけど…しょーもない理由だし、まあいいや。どうせ5分経てば元気になるだろ。
「じゃあ例えば…荒木!今から君に必殺技をお見舞いするから!受け止めてくれよ!」
すると、その男はまたもや変なことを言い出した!
「はぁ!?」
「百聞は一見に如かず…だろ?」
と、そんなことを言いながらストレッチを始める男。うわ、これガチのやつじゃん!
「だろ?じゃねーよ!嫌だっ!そこの転がってる先生にでも当てればいいだろ!動かないから当てやすそうだし!」
と、俺はビシッと樽みたいに転がっている上田先生を指さす。
「……なんだとぉ!?」
すると、俺の発言を聞いた先生は物凄い速度で顔を上げ、俺に向かって叫んできた!
「お前ぇ!何勝手にワイを売ろうとしてるんだ!ワイを売っていいのは世界で彩子ちゃんただ1人なんだぞ!」
うわっ、必死すぎ!こいつの気持ち悪さはほんと止まらないな!
「しかーし…正義の味方たるもの、負傷している人を攻撃するなんて野蛮な真似はできんからな!」
「初対面の人に攻撃するのもどうかと思うんだけど!?」
『それライが言えた話じゃないけどね。顧問の先生を初日に…』
「あれは…し、知らん!」
というか、アンタはいつから正義の味方になったんだよ。教師どこ行った。
「正義の味方なんてそんなものだ!初対面の悪を潰しているだろう?それと同じだ!」
「同じなわけあるかぁ!」
「とにかく行くぞ!うおおおぉぉぉぉ!」
「……ひぃぃ!?」
結局、俺の説得も虚しく、目の前の男は勢いをつけて急接近し…
「百戦錬磨☆グレイトフルアッパー!」
豪快に飛び蹴りを放って来た…!
「…って、アッパーじゃねぇじゃねぇかぁぁぁぁぁ!」
「まあ、これが小学生の大好物『必殺技』だな」
「う…うぅ…痛いぃ…」
『…大丈夫?』
大層な名前が付けられていたが、普通に飛び蹴りだった。そして、普通に痛かった。
しかも、最後の決めポーズがなかなかうまく決まらなかったらしく、合計5回ほど飛び蹴りをくらうことになってしまった。
「大丈夫かー?記憶飛んでないかー?もう一回教えてやろうかー?」
と、大の字でダウンしてる俺に悪びれも無くそう言ってくる。
「…1度しか言わないんじゃなかったのか?」
「まーまー、そう睨むな。これも正義の味方への第一歩と思えば安い安い」
「……」
うぉー、ダメだ。怒る元気も出ない。
『怪我してない?結構しっかり食らってたよね?』
「しっかり食らわないとあっちが怪我をしそうだったからな…」
下手に避けて何度もやり直しされるのも嫌だったし…あー、腰痛い。
「ねぇ、大丈夫?あれ飲む?」
と、赤坂さんが俺の顔を覗き込むようにして心配してくれる。
「んあ?あれって……ハッ!」
俺は直感的に理解した。赤坂さんの言うアレとはあの時に飲んだ液体Xだと。
「ありがとう赤坂さん!でも、全っ然大丈夫だから!遠慮しとくから!」
『うわっ、急に元気になった!?』
俺はほぼ反射的に立ち上がって元気アピールしていた。あんなの二度と口に入れたくないっ…!そもそも入れていいものじゃない…!
「そう?余ってるから遠慮しなくてもいいのに…」
「あ、じゃあアタシもらう!あれとってもおいしいんだもん!」
「えっ…エマ…?ホントに…?」
エマの衝撃発言に俺は固まる。というか赤坂さんも引いてるし…やっぱりあの味は本人も認める不味さなんだな。
「大丈夫?はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます。でも、大した怪我じゃないんで…」
「あら、それなら良かったわ」
あれからひと段落着いて、アヤねぇが氷嚢を用意してくれた。
俺はそれを受け取り、痛めた腰に当てる。おぉ、冷たくて気持ちいい。
「ああ見えてアキラ君は仲間思いなのよ。だから嫌いにならないであげてね」
「…アキラくん?」
「あの子よ」
と、さっきの飛び蹴り男を指さすアヤねぇ。アキラって言うのか。「ウルトラよろしく」のせいで聞くタイミング逃してた。
「…わかりました」
悪い奴じゃないんだろうなー、とは感じてたけどな。むしろ良い奴ってオーラが凄かった。
「ちなみにああ見えて荒木君と同じ歳なのよ」
「えっ、そうなんですか。てっきりひとつ上かと…」
「ふふ、背が高いからね、アキラ君は」
なんだ、タメだったのかよ…てことは俺同い年のやつに蹴られたのか。屈辱。
「あとエマちゃんは高1よ。荒木君より一つ下だから、先輩らしく面倒見てあげてね」
「あー、はい。まあ、エマは大丈夫だと思うんですけどね…アキラが…」
エマも相当個性が強いとは思う。けど、大人しいから全然OK。アキラや赤坂さんみたいに警戒の必要が無いのは大きい。
「まあ、時間が経てば慣れるわよ。頑張ってね!」
「が、頑張ります…」
必殺技男子にスナイパー女子…うん、何度考えてもオカルト関係無いな。
オカルトって…何だっけ?
「服の汚れは殆ど取れたわ。はい、荒木君」
「おおー、ありがとうございます!助かりました」
「貴様!そんなお礼で済むわけないだろ!もっと感謝を込めて!土下座!そして崇め奉れ!それからそれから…ゴフッ!?」
「うるせぇぞダルマ」
と、今まで部屋の隅にいた立花さんが上田先生を日本刀の鞘で腹をぶっ叩いた。
『あ、そういえばいるの忘れてたね』
「確かに…」
動き出すまで立花さんがいることに気が付かなかった。これって狙って気配を消してたのかな?それとも俺が失礼なだけ…?
「おい、そろそろ話してくれ。荒木の中身」
またもや転がる上田先生を無視してこっちに歩み寄ってくる立花さん。無表情で少し怖い。
「荒木の中身、じゃなくてアカネだから!」
『うおわっ…って、おい!お前また急に…!』
いつまで経っても慣れないな、この勝手に入れ替わるやつ!
「ん?アカネ?ライはライじゃないの?」
「そんな女っぽい名前…まさか男と見せかけて女だったのか…!?」
「ちげーよ!ちゃんとした男だ、俺はっ!」
そういえばこの2人は昨日いなかったんだった…軽く説明しておくか。
「…俺の中には『アカネ』っていう幽霊みたいなのが取りついてるんだよ」
「私幽霊じゃないし!れっきとした人間だし!」
「お前今俺が話してるだろ!黙ってろよ!」
「だってここだけは誤解して欲しくないんだもん!」
「うぉ…こいつ、急に自問自答し始めたぞ」
「ねぇライ…頭大丈夫?」
不気味な物を見た時みたいな視線を送ってくる2人。まー、仕方ないよな。俺だってこんなの見たら引くし。
「嘘と思うかもしれないけど、本当なのよ。2人共、ここは信じてくれないかしら?」
少し困っていたところで、アヤねぇが助け舟を出してくれた。
「アヤねぇ…ホントっすか?裏で手組んで騙したりしてないすか?」
「してないわよ。立花君も信じてるんだから」
「え、マジすか!?」
「…まーな」
「へぇー!シューゴまで信じさせるなんて…!」
「それは…もう信じるしかないか。不気味だけどな」
「そうだね!不気味なライとアカネ、よろしくね!」
「不気味って言うなぁ!」
『不気味って言うなぁ!』
とんだとばっちりだ、全く!
「…じゃあそろそろアカネ、頼む」
と、ある程度の自己紹介を終えたところで、立花さんが切り出してくる。
「あー…それって、昨日の続きのことだよね」
「ああ、そうだ」
「シューゴ、昨日の続きって?」
「聞いてればわかる」
「……?」
『……』
雰囲気的に、俺は口を挟むべきじゃないな…大人しく黙っとこっと。
「じゃー、続き始めるよー」
俺の声でアカネがそう言うと、雰囲気が一転し、うるさかった上田先生も含めて全員が一瞬で静まり返った。みんなここまで気になってたのか…俺も気になるけど。
「じゃあ、私の目的と昨日見たアレの話をするね!」
そうしてアカネはハキハキと話し始める。
「まず、私の目的なんだけど、『光る箱』と『おっきな玉』を見つけることなの!」
「『光る箱』と『おっきな玉』?」
それを聞いて、みんな一斉に首を傾げる。
「…何だそれ?」
「玉手箱か?」
「うーん、名前はそれっぽいけどなぁ」
「そもそも玉手箱って竜宮城にしかないよね?」
「カエデ、そういう問題じゃないと思うけど…」
と、みんなはワイワイ話し出す。俺は参加出来ないので、見守るだけなのが少しだけ寂しい。
「ちょっと抽象的すぎないかしら?もっとわかりやすくできない?」
「うーん、そう言われても…私はそれが何なのか知らないし、ヒントも余裕がなくて、それだけしか教えてもらえなかったの」
「余裕が無い?」
「いやー、ちょっと私の世界で大変な事が起きてて…」
アカネがそういった途端、皆の眉間にシワが寄る。
「…おい、ちょっと待て。世界が複数あるみたいな言い方をしてるが」
あー…そういえばこっちの情報は言ってなかったな。アカネが別世界の人物だってこと。
「うん。そうだよ」
「そうだよって…マジで?」
「うん」
アカネが本当に俺の中にいることは信じてくれたけど…こっちに関してはファンタジーが過ぎる。俺も実際に見たこと無いし…作り話って言われてもおかしくない。信じてくれるかな…?
…という心配は杞憂だった。
「まじでぇぇぇぇぇぇぇ!?」
「うっそぉ!?」
「Wow!スゴい!」
全員、大興奮!
「……まじか」
あの冷静そうな立花さんですら動揺していた!
「えーっと…信じてくれてるの?」
「そりゃさすがに信じきれてはないが…びっくりするだろ!」
「異世界って…剣と魔法だらけのロマン溢れるやつか!?転生か!?転移か!?それともゴハァァァ!?」
「うっさい。ちょっと黙れ」
「わ、脇腹はキツいっす立花さん…」
大騒ぎしてる皆の反応を見るに、かなり信じてくれているみたいだった。完全に予想外だ!
『なんかあっさり信じてくれたな…』
「ホントにね。ライは信じてくれるまで時間かかったけどね」
『…悪かったな、純粋で素直な子じゃなくて』
「ひねくれてるなぁ、ライは」
だってコイツ全然アクション起こさないんだもん。世界救うための。
「じゃあ、その異世界人のアカネ。お前は『光る箱』と『デカい球』をこの世界に探しに来たってことでいいんだな?」
「うん」
ちなみにこの情報だけは俺は以前から聞いていた。ネット検索くらいの軽い調査はしたけど、それ以上のことは何もしていない。確かアカネも「今はその時じゃない」って言ってたし…
『なあ、そういえば今ってアカネの言ってた「その時」なのか?』
「え?うーん…まだちょっと足りないけど、そろそろかも」
『足りない?どういうこと?』
「あ、いや、こっちの話。うん。もう動き出してもいい頃合いかな」
『お、おう』
…ほんと、何なんだろうな、コイツって。自分のことあんまり話さないし。俺のこと聞いてばっかりだし。
「さて…アカネちゃん。異世界の話も気になるけど…とりあえず昨日何が見えたか教えてくれるかしら?」
と、話が脱線しかけたところでアヤねぇがそう聞いてきた。
それに対してアカネは逆にみんなに質問をする。
「その前に…前にも似たようなもの見たことあるー!って人いる?」
「ああ、あるぞ」
「私もあるわ」
「うん!」
「あー、やっぱりそうなんだ」
「やっぱりって…どういうことなの?」
「多分合ってると思うんだけど…あれはね、幻虫って言う私の世界でも見られた生物なんだよ。いや、生物って言っていいのか分かんないけど、とにかく私の世界にもいたんだ」
アカネの世界のが…こっちの世界に?なんだそりゃ?
「ねぇねぇ、どうしてこっちの世界に現れたの?」
「さぁ…私も知らない。まぁ、それは一旦置いといて、前に見えたのってどんなのだった?」
すると、みんなは一斉に顔を見合わせた後、次々に口を開いた。
「それがね、みんなバラバラなのよ。私は蛇だったわ」
「俺は熊だった」
「私はでっかいトンボだった!」
「ワタシは生き物じゃなかった!何だろう?歯車のような?そんな感じ?」
「俺は浮き輪っぽいやつだった!」
「ワイは…何だろう?でかい毛虫?」
「うわ!先生気持ち悪いこと言わないでよ!」
「いや、今のは仕方ないだろ!?赤坂君!」
「ふむふむ…」
と、それらを聞いたアカネは自信あり気に頷く。皆が見たものはやっぱり「幻虫」なんだ、と確信したように。
「なるほど。で、みんな視界に捉えた瞬間消えたと」
「あー…そうだったわね」
「俺もだ」
「ワタシもー!」
『そういえば…』
俺の場合もそうだったな。蝶を見た瞬間消えたからな。目を離したわけじゃないのに。
「あれってそういうものなんだ。誰かが視界に捉えた瞬間消える。どうして、どうやってかは私も分からないんだけどね」
「じゃあ、見た人によって変わるってのは?」
「さあ…?幻虫に種類が沢山あるのか、それとも見る側に原因があるのか…それもはっきりしてないんだよ」
「分かんないことばっかりだな」
「あはは、ごめんね」
「まあ、仕方ないわよ。そもそも捕まえられないんだから」
「それもそうだな。だったらとっくに解決してるし」
『…なぁ、その幻虫ってそっちの世界でもあんな感じなのか?』
「うん。全く一緒」
『ふーん…でも、これ以上考えても無駄か』
「そうだね、全部可能性の話になっちゃうもんね」
アカネですら知らないんだから、俺たちがいくら考えても答えは出ないだろうな。そもそも答えなんてあるのかって感じだし。
「ちなみに、それに危険性はあるのか?」
と、立花さんがそう質問する。
「あー…それ自体に危険は多分無いんだけど…」
その直後、アカネ声のトーンが突然1段階下がった。
『無いんだけど…何?』
何だ…?アカネの雰囲気が一気に暗くなった…?
「…………………」
しばらくの間の後、アカネは口を開く。
「…とある集団がいてね。その偵察機かもって噂が流れてたんだよ。私の世界でね」
腹の奥から言葉を無理やり絞り出す様に話すアカネ。何だ…?話したくない内容だったのか?
「とある集団って?」
「うーん、ごめんね、これ以上は言えないかな」
「え?何で?とってもいいところなのに!」
と、そこでアカネは語気を強めてこういった。
「でも、あんまり深く関わると死んじゃうかもしれないんだよ」
「……え?」
そのアカネの突然の言葉に場が凍りつく。もちろん、俺も含めて。
「…それは冗談か?」
「いーや、本気。その集団っていうのは…私の世界を滅ぼそうとしている奴らのことで…」
『……』
あの蝶が、世界を滅ぼす集団に関係している…かもしれないだと!?
「なぁ…お前はもしかして、そいつらを排除するためにこっちの世界に来たのか?」
「うん。もうライには言ってるんだけど…こっちの世界に退治できるヒントがあるから、それで世界を救うために」
「それって…異世界とこの世界に何かしらの繋がりがあるってことなの…?」
「…そこは考えても進まないわ、エマちゃん。話を戻しましょう」
「…うん、わかったよアヤねぇ」
そして、もう一度アカネの話に集中する皆。
「一応言っておくけど、今の偵察機かもって話は噂で、本当かどうかは分からない」
「噂?それって嘘ってことか?」
「いや、実は嘘とも言いきれなくて…私の世界を滅ぼそうとしている集団がいるのは事実だし、幻虫が何なのか分かってないし…噂を否定できる証拠が無いんだよ」
「なるほどな。まあ…その集団がどんなのかは知らんが、そんな噂が出てきてもおかしくはないか」
「うん。だから、これは私からのお願いで…もうあの調査はして欲しくないの。なんであの警報機が幻虫の出現を察知できるかわかんないけど、続けたら良くないことが起こるかもしれない!」
「「「………」」」
みんな黙っている。
そりゃそうだ。今までずっと追ってきていた謎の物体に、実は超危険な可能性があることを教えられたんだから。
「…そういや深く考えたこと無かったな。何故あの警報機が幻虫を感知できるのか」
「あー、そういえばそうっすね、立花さん」
「今思えば、どうして考えてこなかったのかしらね」
確かに…何でこの部活ではあの幻虫を追ってる…いや、追えるんだ?そもそもなんでこんな警報機があるんだ?
「その警報機を付けたのはワイだ」
と、不意に語り始める上田先生。
「ウエダ先生…?」
「実は、数年前はこの部活は潰れかけ寸前だったんだ。お前らは知らないだろうが…当時のオカ研はもっとオカ研らしいことをしていたんだ」
「…それって遠回しに俺達のことディスってます?」
「ちょっと黙れアキラ」
「はいすいません!」
「…で、こんな離島でオカルトなネタはあるはずもなく、部員は常に1人か2人だった。でだ、ネタに困っていたある日、ネットでオカルトネタを探していると、気になる話を見つけたんだ」
「…その話って?」
「それは、海の上に謎の飛行物体があらわれる、と言うものだった」
『海の上…?』
それって…もしかして幻虫のことか…?
「おそらくな。そのサイトのコメントを見てみると、少なくとも10人は見たと言っていた」
「…それってただのUFO同好会とかそういうのじゃなくて?」
「もちろんその可能性もあった。作り話って可能性もな。写真も無かったし。でもな、この島で調査出来そうなことはそれくらいしかなかったんだ」
「そ、そうか…そりゃそうか」
確かに、この島にはいわく付き的な建物は無い。これは仕方なかったのかもしれない。
「そう。それでこの話に乗っかることに決めたんだ。そして、そのサイトで今部屋に取り付けている警報機を買った。ワイもオカ研を潰させまいと必死だったし、割とお手ごろな価格だったからな」
「それを取り付けた時って、確か私は1年だったわね」
アヤねぇが1年の時…つまり大体2年前の出来事だな。
「そうだ。すると、付けてから一週間ほど経った時、急に鳴り響いたんだ。それと同時に謎の声も聞こえた」
「声?」
「『どこどこの方向のどの距離に出現!』ってな。これはワイにしか聞こえないらしい。荒木君に最初に会ったときの謎の声と同じような感覚だったな、あれは」
『……あっ』
そういえばそんなことあったな。あの時は話が流れていってしまったけど。
「ちょっとその話も気になるけど…それで?」
「そして、その指定した場所に行ってみると、何かが空に見えたんだ。しかしすぐに消えてしまう…と。ここからはさっき言った通りだな。それから彩子ちゃんが見て、立花君が見て…って感じだ」
そんな過去があったのか…この先生も案外苦労してたんだな。
「…ねぇ、そのサイトって今も残ってる?」
「いや、気がつけば無くなっていた。今思えばほんと、変なサイトだったよ。でもまさかこんな不思議な人と巡り逢うなんてな。荒木君にアカネ君。あの装置のおかげかな?」
『巡り逢う…』
確か、この学園の入学条件は「招待状が届く」ことだった。
でも、どうして俺の所に届いたんだろう?適当に選んで俺になったってわけでは無いはず。招待状が届く条件は公表されてないから言い切れないけど、とにかく俺の何かが学園関係者の目に留まったんだ。多分。
じゃあ、何かってなんだ…?
もしかして…アカネの存在か?
考えすぎかもしれないけど…1度思いついてしまうと気になってしまう。現段階では先に進めそうにないし、時間を見つけて聞くだけ聞いてみようかな。
『学園長と今度ちょっと話してみるか』
「うん…多分私ライと同じこと考えてる」
『そっか』
とにかく、今はこっちだ。後のことは後だ。
「おい、アカネ、ちょっといいか?」
と、俺が今の問題に頭を切り替えた瞬間、立花さんが口を開いた。
「ど、どうしたの?」
そして、感情の読めない顔をしながら、アカネにこう言った。
「お前のお願いだが、俺は断らせてもらう」
「…えっ?」
お願いを断るって…まさか!?
「俺は変に突っ込んでしまうと最後までやり抜かないと気が済まないんだよ」
「いやちょっと待って、それって…」
「そういうことだ。俺もお前の世界を救うのを手伝ってやる」
「…えぇ!?私の話聞いてた!?」
「ああ、聞いてた。どうせ俺は1人なんだ。100人200人いるわけじゃない。俺が1人死んだって世界は回る。何も変わんないさ」
そんな悲しいこと…何で言えるんだ、この人は。
「それに、俺の技術が役に立つかもしれないしな。俺は元暗殺者だぞ?」
「いや、でも…」
と、そこでアカネの言葉を遮るように赤坂さんが叫んだ。
「あ、しゅーごくんがやるなら私もやる!凄腕スナイパーの力見せてあげる!」
「…うえぇ!?」
「俺もだ!ここで退いては正義の味方にはなれないからな!」
「そうだそうだー!ワタシもやるー!」
「ふふふ、この流れは私もやるべきかしら。ほら、先生もやるわよね?関わらせた張本人なんだからね?」
「は、はい…先生として責任取ります…」
「……」
次々と便乗するオカ研メンバー。
『う、うおぉ…』
肝が据わってるのか…それともこれが普通なのか…この空気の中では判断することは出来なかった。
しかし、アカネにとってこの空気は望んだものじゃなかったらしい。
「みんな…どうして…!?命が惜しくないの!?やめてよ!これ以上死人を出したくないの!」
と、俺の喉がちぎれそうなくらい叫びながら、机をバンッと叩くアカネ。
目蓋が痛い。それくらい目を見開いて…必死な表情で訴えてるんだろう。
『死人…』
そんな事態になってるのか…アカネの世界では。
まあ…叫びたくなる気持ちになるのも分かる。人を失うのは辛いもんな。
でも、俺は分かるだけだ。かける言葉が全く見つからない…
「はぁ……」
そんな重苦しい空気の中、一番最初に動いたのは立花さんだった。
「お前バカか」
大きなため息の後に、そう言う。
「た、立花くん…?」
「惜しいに決まってるだろ。んなことみんな思ってる。だからこそ手伝ってやるって言ってんだよ。死にたくないって思ってるやつを死なせないためにな。…まあ、元暗殺者が何を言ってるんだって話だが…それともそんな普通の人間1人の体で世界を救えると思ってるのか?」
「それは…」
「それにお前はジョーカーだろ。もっと俺たちを信頼してくれ。ジョーカー1枚じゃカードゲームは成り立たないぞ」
「そうだよ!そんな冷たいこと言わないでよジョーカー!」
「…あれ?今思ったんだけど、ライがジョーカーなの?アカネちゃんがジョーカー?それともどっちも…?」
「どっちでもいいだろ!どっちにしろ既に荒木とアカネはオカ研メンバーなんだからな!」
「ねえ、アカネちゃん?私達も当然命が惜しいわ。それでも出来ることってたくさんあると思うの。で、こんな時大事なのは、自信よ。持つこと、持たせること…難しいけれど、みんなで協力すればきっと上手くいくはずよ!」
「Fantastic!アヤねぇすっごくいい言葉!これはメモを!」
「うおお!彩子ちゃん!ワイ感動したッス!涙100リットル出せますよ!今の言葉で!」
『凄い…』
アヤねぇの話し方は凄い。何と言うか…心に響く。とにかく安心できる。
立花さんも…言葉には無い優しさが伝わってくる。
他の皆だって、アカネを快く受け入れてくれている。態度がそう物語っている。
「み、みんな…」
こんなハイレベルな想いに、アカネは当然、俺まで心を動かされた。
「……」
アカネは完全に硬直していた。理由は言うまでもない。
『…おーい、アカネ、起きてるか?』
「お、起きてるよ!」
こいつ…明るく振舞ってたけど、1人でとんでもなく大きな不安を抱えてたんだな。
でも、これからは1人じゃない。オカ研の皆がアカネを支えてくれる!
そしてもちろん、俺だって…!
『一応言っとくけど、ちゃんと俺も手伝うからな。たまたま選ばれた普通の人間だけど、アカネと半年一緒に過ごしたんだ。もう無関係じゃない。だから存分に頼れよ!』
「ライ…」
ほんと、いい人に恵まれたな、アカネも、俺も。アヤねぇ達がいなかったらこんな偉そうなことを自信を持って言えなかっただろう。
この時、初めて俺はここに転校してきて良かったと思った。
『それで、アカネさん…』
「何?」
よし、アカネの心も落ち着いたことだし…そろそろ言うか。
『瞬き…してくれぇ…』
誰か、空気を読んで我慢してた俺を褒めてぇぇ。