コイツは何だと知りたくて
「あと…3歩っ、2歩っ、1歩っ…!」
…ゼロォッ!
「やっとだ…!やっと着いた…!俺はやり遂げたんだぁぁっ…!」
嬉しさのあまり、俺はその場でバンザイをする。心地良い風が指の隙間を駆け抜けた。
「ああぁー…あっと」
その直後、疲れの限界が来てしまったのか、身体中の力が抜けてしまい…
ばたっ。
俺はその場で仰向けに倒れてしまった。
「あー…太陽が…3つくらいに増えてやがる…」
焦点が合わず、視界がぼやけている。まるで霧の中にいるようだ。
くそっ、あの殺戮兵器め…とんでもない置き土産を残していきやがって…!
「俺の冒険も…ここ…ま…で…か…」
この致命傷さえなければ、今頃俺はハッピーエンドを迎えていたというのに…!
「無念…ガクッ」
父さん、母さん、ごめんよ。俺は…!
『もう、なーにが「殺戮兵器」だよ!船に乗って酔っただけで大袈裟なんだよ!ライは!』
とある声によって、俺のドラマチックな空気がぶち壊されてしまった。
「…うるっせぇ、アカネ。俺にとっては殺戮兵器なんだよ」
『しかも「俺の冒険はここまで」って!何勝手にクライマックスまでいってるわけ?』
「そりゃ俺だってまだ16だし、クライマックスにはまだ早いと思ったけど…ってお前!また俺の心を覗いたな!?」
『覗かせてるのはライでしょ!?』
ああ、今日もコイツは俺の中にいるのか。
ここは日本本土から20kmほど離れたところにある人工島「新世界島」。ふざけた名前に聞こえるが、これにはちゃんとした理由がある。
ここは科学の発展に伴い、いずれ来るとされる近未来的な都市を実際に作り、生活してみることで問題点を見つけ、改善策を考え、将来に備える、つまり巨大な実験場なのだ。
新しい世界への第一歩となる島、だから新世界島。
そんな立派な島へ俺がなぜ来たか。理由は簡単。招待状が俺の元に届いたからだ。
国立新世界学園。
こいつが招待状の送り主。まったく、学園の名前にまで新世界をつけるなんて、よっぽど気に入ったんだな、新世界。
この学園は幼稚園から大学まである一貫校で、新世界島にある唯一の学園である。この学園への入学条件はただ一つ。招待状が届く、ただそれだけである。しかしこの招待状を受け取ることのできる人の条件は何も明かされていない。なのでどれだけ頭がよかろうと、運動が出来ようと、この紙切れ1枚が無いと入学することはできない。
そんなとんでもなく希少価値のある招待状を俺は高校1年の終わり頃に受け取った。
そりゃ最初は驚いた。そもそも俺はこんな島のことなんて知らなかった。そこにいきなり移り住んで、しかも転校しろだと。
普通の人なら断るだろう。まず招待状には家族以外に口外するなと書かれている。それに移住するのはあなた1人だけとも。いくらなんでも怪しすぎる。
しかし俺は親の反対を押し切ってまででも行きたい理由があった。それは…
『はーやーくー起きてよ!いつまで道路で寝そべってるの!』
そう、アカネのことだ。こいつが何なのかわかるかもしれなかったからだ。
高校1年の時の夏休みのある日、目が覚めると何か異変を感じた。
「ん…もう朝か。顔洗ってこよっと…」
タッタッタッタッ。
すぐ近くから足音が聞こえる。こんな朝から誰だよ、うるさいなぁ。
「…あれ?そういえば目覚まし時計どこだ?」
昨日の夜に俺の傍に置いたであろう目覚まし時計を手探りで探す…が、見つからない。そんなに離れた場所に置いたっけ?
タッタッタッタッ。
足音がまだ聞こえる。他人の部屋で、しかも寝ている人間の隣でずっとドタバタするなんて…なかなか趣味の悪い奴だな。誰だよ、全く。
「あら、荒木君、朝早くから頑張ってるわねぇ」
すると、近所のおばちゃんの声が聞こえた。なんだ、さっきから足音を立てていたのはおばちゃんだったのか…
と思ったが、どう考えてもおかしい。おばちゃんは杖をついていたから、こんなに走れるような元気は無いはず。しかも俺の部屋におばちゃんがいるわけない。隣人さんだからって勝手に部屋に上がっていいものじゃないだろ。
じゃあこの足音は誰が…?と、目を開くと、答えは一瞬でわかった。
「うええええええええええええっ!?」
走っていたのは…俺だった。
何で俺は走ってるんだよ!てかどうして外にいる?俺さっきまで部屋で寝てたよな!?
『あ、やっと起きた?おはよう!私アカネ!なかなか起きないから勝手に走らせてもらってるよ!』
「…はい?」
誰かに話しかけられた気がした。
辺りを見渡す…が、声の主らしき人はいない。
「……?」
困惑していると、もう1度声が聞こえた。
『あー、私なら見えないよ?』
「は?いない…?」
『じゃあ改めて、はじめまして!私アカネ!これからあなたとパートナーだから!しばらくあんたの中に居させてもらうから!よろしくね!』
姿が見えない誰かが俺に自己紹介をし始めた…って、ちょっと待て。
「いやどういうこと?俺の中って…」
『ん?言葉の通りだよ。あ、安心してね?私お腹減ったりしないから。あと排泄物とかも…』
「んなこと聞いてねぇよ!誰だよお前!」
『だからアカネだって言ってるでしょ!?』
「てかなんで走ってんの俺!?止まれないんだけど!?」
『だから私が走らせてるんだってば!全っ然話聞いてくれてないじゃん!』
「ぎゃあぁぁ!俺の身体バグったぁぁ!だれかたすけてー!」
『ちょっと情けない声出さないでよぉ!』
と、大騒ぎしながら走っていると…
「おい、前!危ねぇ!」
近くにいたお兄さんの声で我に帰る。
「…るぇっ?」
しかし時すでに遅し。気がつけば俺は近くの川にダイブしていた。
これが俺、荒木雷とアカネの最初の出会いだった。
『ここがライのお家か〜』
「お前、本当に俺の中にいるんだな…」
集中してアカネの声を聞いてみると、確かに脳内に直接話しかけられている感覚がする。なんだか奇妙な感じだ。
『じゃあ、さっそく私がここに来た理由を説明するね!』
「…風呂上がってからにしてくれない?ずぶ濡れだと風邪引く」
『はいはい』
玄関前で服の水分を絞り出した後、風呂を沸かしに向かう。
「へぶしっ」
…急ごう。夏休みに寝込むなんて勘弁だ。
『まずね、私はこの世界の人じゃないんだ』
シャワーを浴びてる最中、アカネが説明を始める。
「ほう」
『で、その私の世界がピンチなの』
「ふむふむ」
『だから、その世界を救う手がかりを見つけるために私はこっちの世界へ来たの!』
「へぇ〜」
『…ねえちょっと聞いてる?私結構真面目な話してるんだけど』
「んあ?もう一回言ってくれる?」
『もぉ!』
「…なるほど、世界を救いたいのか」
頭をゴシゴシと拭きながらアカネの話に耳を傾ける。
『3回も説明したのに…』
「ごめんごめん、風呂が気持ちよすぎてなアッハッハ」
『ぬわぁ腹立つ!』
…でもそんなことをいきなり言われてもなぁ。別世界があるなんて簡単に信じられないな。
「ちなみに、何で俺をパートナーとして選んだんだ?」
『え?それは…えーと…そう!たまたま!』
「たまたま!?」
世界救うくせに適当すぎやしないか!?
『そう!だってライ暇そうだったんだもん!』
「そりゃ夏休みだからな」
現にこうして風呂にゆっくりと浸かってられる余裕もあるわけだし。
『じゃあ別に問題ないね!』
「えー…普通にお断りしたいんだけど」
『う…あ、安心してよ!ライにもメリットあるから』
「ほほう…何だよ?」
『世界救ったって友達に自慢出来るよ!』
「いらね」
『そんなぁ!』
こんな感じで、アカネは色々と謎が多い存在だった。
だが、よくよく話を聞いていると、どうやら別世界は本当にあるようだ。まず俺の中にいて、体を操れるという非科学的な出来事、そして作り話とは思えないアカネの話…これだけあれば信じるに値する。
「…わかった。手伝ってやるよ。俺に出来ることならな」
『…うん!ありがとう!』
しかし、なかなかアカネは世界を救うようなことをしなかった。していたことは俺の体で遊んだり、俺にどうでもいいことを話しかけたりすることだけである。
「…お前、ほんとに世界救う気あるの?」
『あるよ!ただ…今はその時じゃないの!』
「へぇ〜」
『信じてないでしょ』
「信じてるって」
『ならよかった!』
「…お前ちょろいな」
『何ですとぉ!?』
ちなみに、アカネが俺の体を操ることに関してだが、ずっとアカネが操っているわけではない。
俺が集中している間は俺が動かせる。しかし、少しでも気を抜くとすぐに体を奪われてしまう。例えば、俺が寝ている間は、アカネは俺の体で遊び放題ってことだ。
そして、最も恐ろしいのが、痛覚は全て俺が受け持っているということだ。アカネが体を操って、火傷をしようが骨を折ろうが、痛いのは俺なのだ。何の躊躇いなく椅子やらタンスやらに小指をぶつけて何度泣かされたことやら…
まあ、アカネと俺の関係はこんな感じだ。ひとまず過去の話は一旦ストップ。船酔いをなんとかして学校に辿り着かねば。アカネとの出会いを長々と語っていきなりジ・エンドなんて俺は嫌だ。それに新世界島のような素敵な場所に俺のドロドロをばら撒く訳にはいかない。だからここはゆっくり、体の調子が良くなってから移動を始めるべきだ。
「よっこら…しょっと」
俺はゆっくりと立ち上がる。うーん、気持ち悪い。もう2度と乗らねぇ、あんなやつ。
『治った?』
「そんなに早く治るわけないだろ。たしかこの辺を押したら…」
と、記憶の片隅にあった、乗り物酔いに効くツボを刺激していく。
『鳥がたくさん飛んでるね』
「アカネは鳥って好きなのか?」
『まあまあ好きだよ。私の世界にもいたし。もっとデカくて凶暴だけど』
「…へぇ」
と、しばらくアカネと雑談を交わしていると、気分が落ち着いてきた。
「さて、体も大分落ち着いてきたし、そろそろ移動を始めるか」
もう真っ直ぐに歩くことができる。よほど急な動きをしない限りは吐くことは無いだろう。
『やっとだね〜!さあ、出発!新たな冒険の幕開けだ!』
「なんだ、その物語の主人公が堂々と言いそうなセリフは」
『ふふふ、一度は言ってみたかったんだよね!どう?ウキウキしてきたでしょ?』
「しねーよ。さっさと行くぞ」
『もう、待たせていたのはライのくせに』
本当は、かなりウキウキしている。今まで遠出なんてほとんどしたことがないからな。新しい生活が始まると思えば、ウキウキしてしまうものだ。
『あーっ!あの鳥!何かくわえてる!』
すると、いきなりアカネに体を奪われ、体が後方にぐるんと180°回転する!
「!?」
やばい!そんなスピードで後ろを向かれたら…!
「んんんんん!」
気合いでなんとか逆流を防ぐ。こ、堪えたか…と思ったのも束の間。
『すごいすごい!なんて賢い子なのぉ!私感動したよ!』
アカネ、大はしゃぎ。俺の身体でぴょんぴょん飛び跳ねて喜んでる…!
「んっ、ぐっ、ばっ、ごっ、うごっ…!」
その衝撃はダイレクトに俺の胃袋へ…!
だ、ダメだ…!もう、ダムが、荒木ダムが…!
「んごぉぉぉぉぉ」
次の瞬間、目の前が真っ白になった。
「ねえ、ママ。あの人白目むきながらジャンプしてるよ?」
「見ちゃダメ。ささ、早く行きましょ」
すみません、そこの見知らぬ親子。お見苦しい所をお見せ…しま…し…た…
ばたっ。
『え、ちょっと?ライ?ライ!ライぃぃぃぃぃー!』
さあ、不安しかない新たな冒険の幕開けだ。
この度は「魂は誰を呼んでいる?」を読んでいただき、ありがとうございます!
この物語は少々長くなるかと思いますが、最後まで付き合っていただけると嬉しいです!
あと、自分はあまり前書き、後書きを書く予定はありません。今回は最初だったので書かせていただきました。
ちなみに更新頻度は1週間に2回のつもりでいます。調子が良ければ3回になることもある…かも。
最後に誤字脱字等があれば報告していただけると嬉しいです!