【87話】置いてきぼり
5月のある日。
担任「今月は体育祭の練習もあるが、中3の皆は受験のことも考えないといけないぞ。もうエントリーシートを送った人もいるみたいだ。何かあったら相談するように。」
チャイムが鳴ると、挨拶をした。
緋月「ありがとうございました。さようなら…。」
それと同時にカバンを背負い、教室を出ていく生徒たち。すると、すぐ横に座っていた小夜が話しかけてきた。
小夜「…一緒に帰らない?」
緋月「いいよ!はぁ…。」
小夜「どうしたの。」
いつもに増して元気がない緋月。
緋月「みんな、高校の準備が早いなぁと思って…」
小夜「前に先生に勧められた氷室高校はどうなったの?」
緋月「仮決定だよ。…まだ、母に何も言ってない。それが問題なんだけどね。」
小夜「そっか…。そりゃ、元気無くなるね。」
緋月「いや、それよりも…。」
緋月は頭を抱えて机に突っ伏した。
緋月「明後日からゴールデンウィークだよ…。どうしよう!!」」
小夜「なにかまずいことがあるの?」
緋月「…………暇。」
緋月は魂が抜けたように天井を見ていた。
緋月「俺っちのゴールデンウィークはもう終わったんだ。」
小夜「まだ始まってもいないぞ。」
緋月「5日間もあるんだよ…。死んでしまうよ…。」
小夜「宿のみんながいるから、死ぬほど暇ってことはないと思うけど…。」
緋月は机を叩いて小夜に訴えた。
緋月「違うんだよ!」
小夜「?」
緋月「実は…誰もいなくなるんだ。」
小夜「え。」
緋月「胡蝶の野郎は稽古に行っちゃうし、聖雷っちとシユウはお兄さんの家でお手伝い。俺っちだけ置いていかれるんだぁ。」
小夜「それは…気の毒だね。」
緋月「マーリンさんはいるかもしれないけど、少し森の様子を見に行くって言ってた。」
緋月が涙目になりながら小夜のことを見た。
緋月「小夜っち。小夜っちは、一緒に居てくれるよね…?」
小夜はしばらく黙ったあと、静かに口を開いた。
小夜「…ごめん。家に従姉妹が来るんだ。宿には行けない…。」
緋月は固まる。
緋月「そんなぁ。」
小夜「すまない。」
緋月はほっぺを膨らませながら鞄を持った。
緋月「ぶー。」
小夜「お世話しないといけないんだ。」
緋月「知ってるもん。うわああああん、小夜っちの裏切り者〜。」
小夜「それは違うだろ。」
緋月の機嫌が少し悪くなる。小夜は宥めていた。
2人は教室を出た。
*
帰り道。
森の前で別れようとする小夜と緋月。
小夜「ごめんね、ゴールデンウィーク会えなくて。」
緋月「いいもん。1人寂しくゴロゴロしてますよ。」
膨れっ面の緋月に小夜は困っていた。
緋月「…でもどうして、2人とも予定入っちゃったんだろ…。」
小夜「忙しいんだね、意外と。」
緋月「うん…。」
すると、緋月は何かを考えた。
緋月「音夢ちゃんって、何年生だっけ。」
小夜「2年生。前は1年生だったね。」
緋月「成長したね。」
小夜「うん。」
緋月「…でも、音夢ちゃんの方はもう記憶無いんだよね。」
小夜「そうだね。」
音夢は小夜のいとこだった。
宿に1度訪れたことはあったが、マーリンがその記憶は消していた。
緋月「俺っちのことも覚えてないんだろうな。」
小夜「そうなるね。」
緋月「ちょっと、悲しいかな。」
小夜「…。」
緋月「でも、しょうがないね。宿の記憶は他の人に残しちゃいけないものだから。」
小夜「…そうだね。」
森へ歩き始める緋月。
緋月「そろそろ帰るね。」
手を振ると、小夜が振り返した。
緋月「じゃあね。また明日。」
小夜「うん!」
*
小夜「ただいまー。」
小夜が家へ戻ると、家政婦が料理をしていた。
家政婦「おかえりなさい、お嬢様。」
小夜「ねぇ、木室さん。明後日から音夢が来るんだっけ。」
家政婦「そうですね。朝から来ると仰ってましたよ。」
小夜「そっか。わかった。」
家政婦「その話ですが…。」
すると、家政婦がポケットからスマートフォンを取り出した。
家政婦「お昼頃、明日香様(音夢の母)から電話がありまして。音夢様は遊園地に行きたいと仰っていたそうで。」
小夜「遊園地?」
家政婦「電車での移動にはなってしまいますが、ぜっかくのゴールデンウィークですし、と。」
小夜「なるほどね…。」
小夜はスマホで何となく遊園地のサイトを開いた。
小夜「混んでそう…。」
そのサイトには、ゴールデンウィークのスペシャルイベントのお知らせがあった。
家政婦「音夢様も喜ばれると思いますし…。」
小夜「うん、そうだね。」
家政婦「お小遣いはもらってますよ。」
そういうと、家政婦は小夜に小さなポーチを渡した。
小夜「ありがと。」
家政婦「あ、あと。お嬢様にとってもゴールデンウィークでもありますし、お友達も連れて行ってはいかが?」
小夜「友だち?…わかった。」
小夜の頭には、さっきまで暗い顔をしていた緋月の顔。
小夜「(誘うしか…ないかも。)」