【85話】猫のカミサマ
影楼「愛!!」
その瞬間、霧が晴れかかった。
しかし、影の正体は愛ではなかった。
影楼「…。」
目の前には、不思議な紫色の物体。
しかも、かなりの大きさだった。
影楼「…何!?」
よく見ると、物体には耳と長いしっぽが生えていた。
影楼「猫?」
俺は目を奪われていた。
紫色の猫のようなものは、しっぽをくねくねと動かし、まるで俺の事を待っているかのようにも見えた。
影楼「…。」
俺はどんどん近づいていった。
すると、どこからが声が聞こえた。
?「坊や。こっちへおいでなさい。」
影楼「!?」
周りを見渡すが、誰もいない。
霧で何も見えなくなっていた。
影楼「…誰?」
?「ふふふ、もう分かってるんでしょう?」
影楼「え。」
すると、紫色の大きな猫が振り返った。
黒い眼に長いまつ毛。その大きな猫は、人間のように笑っていた。
影楼「ひっ…!」
不気味に感じ、思わず目を隠そうとする。
猫「今更怖がるなんて、悪い子ね。」
俺は見てしまった。
喋りかけてくる猫が、人間の言葉を話していることを。
猫「ふふ、ごめんね。驚かせて。」
そう言うと、猫は俺の頬をそっと触った。
影楼「ふぇ。」
猫「かわいい坊やね。」
影楼「…あなたは、誰。」
猫「…ふふ。」
猫は不気味に微笑んだ。
猫「私は、マーリン。ここの森の守り神よ。」
影楼「…守り神?」
猫「えぇ。」
猫は、からかうようにそう言った。
影楼「そっか。俺は……。」
俺は、しっかりとマーリンの目を見て、にっこりと笑った。
影楼「影楼。よろしくね。」
*
森の中の大樹。
そこの幹に座って、マーリンと話をした。
霧はいつの間にか無くなっていた。
影楼「マーリンさんも、この場所知ってるんだ。」
マーリン「もちろんよ。あなたがよく来てたことも知ってるわ。」
影楼「えぇ?」
マーリン「ふふふ。」
影楼「…じゃあ、俺がこの森で暮らしていることも。」
マーリン「知ってるわ。」
マーリンさんは、俺の事をなんでも知っていた。まるで、ずっと見ていたかのように。
マーリン「可愛らしい小屋を立てて暮らしていることも、池で釣りをしてその魚を食べていることも。」
影楼「可愛らしくない!真剣につくった小屋なんだ。」
マーリン「ふふ。」
影楼「…なんで、知ってるの。」
マーリン「それは秘密よ。」
影楼「うぅ…。」
でも、その理由はずっと教えてくれなかった。
何でだろう。
マーリン「この森のことならなんでも知ってるわ。何か聞きたいことがあったら、言ってちょうだい。」
影楼「いいよ、そんなの…。」
マーリン「ふふ、そうかしら…?」
影楼「…え。」
俺は、頭の中で愛のことが思い浮かんだ。
影楼「…。」
マーリン「……事情は分かっているわ。」
影楼「え。」
マーリン「妹さん。亡くなったのよね。」
影楼「知ってるの?」
マーリン「もちろんよ。」
俺は、マーリンさんに愛のことを話してみようと思った。
影楼「…そうなんだ。妹が、この森で亡くなった……。」
マーリン「そうね。」
影楼「俺のせいなんだ。」
マーリン「どうして。」
影楼「俺が、妹の手を離したから。」
妹の話をすると、自然と声が震えていた。
マーリン「あなたのせいじゃないわ。」
影楼「…でも。」
マーリン「妹さんはね、あなたを探していたんじゃないかしら。」
影楼「え。」
マーリン「あなたとはぐれた後、妹さんはずっとあなたを探していた。あなたのことでいっぱいだったのよ。…でも、途中で足を滑らせて崖の下に落ちてしまった。」
影楼「俺を探してた…?」
マーリン「そうよ。」
影楼「…でも、その時愛は髪留めを取りに秘密基地に戻って行ったんだ。俺の事なんか、どうでもよかったんだ。」
マーリン「それは違うわ。」
マーリンは、俺の肩を優しく掴んだ。
マーリン「見ていたから、分かるのよ。妹さんは、あなたのことを探していたのよ。霧の中、ずっと。」
肩に触れるマーリンさんの手が、暖かく感じた。
今までずっと、妹の事故のことの責任感や後悔が、一気に軽くなったように感じた。
俺はマーリンさんにお礼を言うと、マーリンさんを抱きしめた。
*
どこからか、音が聞こえる。
森の中を勢いよく走る足音。
それは誰かが分かっていた。
影楼「マーリンさん!!」
その少年は、私の方に駆け寄ってきた。
深い闇のような目は、キラキラとしていた。
マーリン「あら、今日は早いわね。」
影楼「うん!ねぇ、早く行こうよ。」
マーリン「そうね。」
少年は、背負っていた袋を降ろし、中からロープを取り出した。
影楼「ちゃんと持ってきたよ。」
マーリン「偉いわね。さぁ、じゃあ行くわよ。…ちゃんとついてこれるかな…?」
私は少年に、森の生活を伝授する。
木の実の収穫の仕方や、植物の育て方など、自分が教えられることは全部。
いつかは、少年に“見てもらえる”ように。