【76話】マーリンの大仕事
先月までは少し寒かった宿に、ピンクの光。
4月になった。
森の桜はどんどん咲き、お花見の季節になった。
森の住宅地側の桜が満開になり、ブルーシートを引いたお花見客で溢れていた。
酒を飲んだり、ピクニックをしたり、打ち上げをしたり、楽しむ人でいっぱいだった。
マーリンにとっては、大仕事の日だった。
マーリン「はぁ…。」
聖雷「どうしたの?」
マーリンが見ていた鏡を聖雷も覗く。
聖雷「わっ!お花見?」
マーリン「そうよ。マナーが悪い人がたくさんいるわ。」
聖雷「こんなに人がいるの!?」
マーリン「本当に…嫌になっちゃうわ。」
マーリンは、森に人が押し寄せると必ず宿の正体を隠していた。
今日はたくさん人が来ているので、気を抜く訳にはいかなかった。
聖雷「毎年大変だね。」
マーリン「この日だけだから助かってるわ。」
聖雷「僕たちは大人しくしてるしかないね。」
シユウ「にゃー。」
聖雷の膝の上に座るシユウは眠そうにしていた。
聖雷「外出れないのかぁ。」
窓の外を見た。
ここからは見えないが、森の端の方には桜の木がたくさんある。
お花見の時以外には行くことがあったが、聖雷にとって、満開の桜は見たことがなかった。
すると、胡蝶が2階から降りてきた。
胡蝶「…ん、おはよう。」
聖雷「もうお昼だよ。」
胡蝶「寝すぎた。」
胡蝶は冷蔵庫から水を取り出してコップに注いだ。
マーリン「ねぇ胡蝶、ちょっとだけお使い頼めるかしら。」
胡蝶「いいぞ。」
マーリン「聖雷だと人混みがあるから任せられないのよ、また倒れたら嫌だし。」
聖雷「ぶー。」
マーリンは胡蝶に小さなメモを渡した。
胡蝶「了解。」
マーリン「気をつけてね。」
聖雷「行ってらっしゃい…。」
聖雷は手を振ると、胡蝶は宿から出ていった。
聖雷は寂しそうな顔をしていた。
*
胡蝶「うわぁ…。」
お花見の場。
街や、住宅地に住んでいる人たちがここへ一気に集合したような感じなので、人が溢れかえっていた。
胡蝶「…去年より、人が多くないか?」
満開の桜が降っている中、騒ぎ飲む人たち。
すると、その中に見覚えのある人たちを見つけた。
胡蝶「あ。」
お酒を酌み交わす3人の姿。
水無月研究所の研究員。檸檬、マリー、ローズだった。
檸檬「あ。」
檸檬が胡蝶に気がついた。
檸檬「…君、胡蝶くんだよね。」
胡蝶「は、はい。」
マリーたちが胡蝶の方を一斉に見た。
マリー「レモンくん、知り合い?」
檸檬「うん!弟の友達。いつも聖雷がお世話になってます。」
胡蝶「いえ…。」
檸檬「こんな形でお会いするなんて…申し訳ないですが。」
檸檬が少し笑った。
胡蝶「お花見ですか?」
檸檬「はい!…聖雷は元気ですか?」
胡蝶「おかげさまで。」
檸檬「良かった〜。では、失礼します!」
そういうと、檸檬たちは胡蝶に手を振った。
胡蝶「酔ってんな…。」
胡蝶はお花見会場を抜け、森から出ようとしていた。
すると、森の出口のところに影楼が立っているのが見えた。
胡蝶「あ。」
影楼「よぉ。キツネさんよぉ。」
胡蝶「…いつまでその呼び名なんだ。」
影楼「ま、いーじゃねぇか。」
影楼は木に寄りかかったまま、ニヤリと笑った。
胡蝶「何の用だ。」
影楼「俺さぁ、ちょっとだけ食べたいもんがあんだよなぁ。付き合ってくれねぇか?」
胡蝶「おつかいを頼まれて忙しい。後にしてくれるか?」
影楼「んな冷たいこと言わないで、さ?」
胡蝶が歩く横でちょろちょろとついてくる影楼。
胡蝶「…何が食べたいんだ。」
影楼「貝。」
胡蝶「…自分でとりにいけばいいだろう。」
影楼「海まで遠いんだもーん(媚びを売って)」
胡蝶は大きなため息をつく。影楼は高笑いをした。
胡蝶「媚びを売っても無駄だぞ。」
影楼「えー。」
影楼が今までにないくらいの物欲しそうな表情で見てきた。
胡蝶「仕方ないな…。」
影楼「胡蝶ちゃん、あざーす(裏声で)」
胡蝶「あまり調子に乗ると殺すぞ。」
胡蝶は影楼と一緒に街へ買い物へ行くことになった。
胡蝶「なんで貝が食べたいんだ。」
影楼「理由なんて必要あるか?あ、だが、アサリとかハマグリっつーのは4月に美味しくなるんだ。」
胡蝶「ほう。」
影楼「…にしても、今日は人が多いな。鬱陶しい。」
胡蝶「仕方ないな。お花見の季節だ。」
影楼「バカと聖雷は宿にいんのか?」
胡蝶「あぁ。聖雷はお花見の季節は外に出せない。」
影楼「酔うもんな。」
胡蝶「それに、シユウと一緒に出るって聞かないだろうし、危ないからな。」
胡蝶たちは街へ出ると、スーパーへ向かった。
影楼「しっかし、聖雷も可哀想だな。外へ出られねぇなんてよォ。」
胡蝶「…聖雷は、出たがってるが。」
影楼「だろうよ。落ち着きねぇし、ガキだし。」
胡蝶「桜も見たがってた。」
影楼「あいつ、見たことねぇのか?」
胡蝶「あぁ。満開の桜はな。」
影楼「じゃあ、1本くらいもいで宿の前に植えてやればいいだろ。」
胡蝶「無理だろ。」
影楼「じゃあ、苗植えたら?」
胡蝶「どちらにせよ、宿の前にぽつんと桜の木があったら人が集まる。宿をずっと隠すことになるぞ。」
影楼「そーかよ。」
2人はスーパーに着いた。
すると、影楼が立ち止まった。
影楼「…なぁ、胡蝶。」
胡蝶「なんだ。」
影楼「見せてやりたくねぇか、桜。」
胡蝶「…。」
影楼「……いい案がある。」
影楼が胡蝶にそっと作戦を話した。
胡蝶が納得したような表情になった。
胡蝶「いいな。となると…。」
影楼「100均行かねぇとな。…貝はいらねぇよ。」
胡蝶「全く…ありがとな。」
2人は街の中を走った。




