【74話】胡蝶の芽
宿に帰る頃には、もう辺りが暗くなっていた。
緋月「やっと着いた…。」
緋月が宿の扉を開けようとすると、内側から扉が開いた。
マーリン「おかえりなさい。」
緋月たちは驚いた。マーリンがすぐに迎えてくれたからだ。
すると、マーリンはすぐに緋月たちの輪に抱きついた。
聖雷「ま、マーリンさん!?」
マーリン「…心配したのよ。」
マーリンは緋月たちの手を握った。
影楼「心配かけたな…。」
緋月「えっへへ、メンゴメンゴ。」
*
マーリン「はい、もう大丈夫よ。」
リビングに布団を敷き、並んで寝転がる胡蝶と影楼。
マーリンは、影楼に巻いた包帯にテープを貼り終えた。
影楼「ありがとよ。」
マーリン「それにしても、かなり痛そうね。」
影楼「…あぁ。…しくじった。」
マーリン「無理しすぎよ。」
影楼たちの横で座って休む小夜と緋月。
聖雷も応急処置を手伝っていた。
マーリン「聖雷、そっちは大丈夫?」
聖雷「うん、大丈夫だよ。」
胡蝶「聖雷、すまない…。」
聖雷「もう大丈夫だよ。アロエも傷口に塗ったし、あとは休むだけ。」
小夜「…聖雷、ありがとね。」
聖雷「うん!」
影楼はすこし体を起こすと、近くにあった水を飲んだ。
影楼「…にしても、あいつら、強かったな。」
胡蝶「…あぁ。昔とは全然違かった。」
影楼「次会ったら殺す。」
胡蝶「でもな、あいつらもああ見えて悪い奴らじゃないんだ。許してやってくれ。約束はしただろう?」
影楼「…ああ、そうだな…。」
マーリン「くれぐれも、無理はしないこと。暴力沙汰はもう勘弁よ。」
影楼・胡蝶「はい…。」
すると、マーリンはリビングの灯りを少し暗くした。
マーリン「今日はもう寝なさい。いい?」
皆「はい!」
リビングに敷かれた6つの布団。
今日は川の字になってみんなで寝ることにした。
聖雷「…なんか、いつもより狭いなぁ。」
影楼「我慢しろ、しゃーねぇだろ。」
緋月「誰かさんのせいでみんなで看病しないといけなくなったもんね。」
影楼「(舌打ち)」
こうして、全員は布団に入り、眠りについた。
*
夜。
リビングで泥のように眠る5人。
緋月「…?」
緋月が目覚めた。
目をこすって体を起こすと、隣にいるはずの胡蝶がいなかった。
緋月「あれ…。」
立ち上がり、リビングを出て、トイレの方に向かった。
緋月「いないな…。」
ふとベランダの方をみると、胡蝶はパジャマ姿のまま椅子に座っていた。
緋月はベランダのドアを開け、胡蝶に近づいた。
緋月「胡蝶。」
胡蝶がこちらに気がついた。
胡蝶「…緋月か。」
緋月「寝てなくて大丈夫なの?」
胡蝶「あぁ。大したことない。」
緋月「良かった。」
緋月は胡蝶の横に座ると、空を見上げた。
緋月「ねぇ、胡蝶。」
胡蝶「どうした。」
緋月「…助けるの遅くなって、ごめん。」
胡蝶「…いいよ。」
緋月「助けられなくて、ごめん。」
胡蝶「…いいよ。」
緋月は少し落ち込んでいた。
胡蝶「緋月が助けに来てくれるとは思わなかった。だから、嬉しかったんだ。」
緋月「だって…、俺っちだって胡蝶に助けてもらったから。」
すると、胡蝶は目を瞑った。
胡蝶「…殴られた時、昔を思い出したんだ。」
緋月「え。」
胡蝶「俺の名前、つけてくれたとき。」
緋月「…あぁ。」
胡蝶「胡蝶蘭。俺に似合うって言ってくれた。」
緋月「えへへ、そんな昔のこと思い出してたんだ。」
胡蝶「あぁ、嬉しかったぞ。」
緋月がふとベランダの上から森を見下ろすと、木の隙間から、ピンクの花のようなものが見えた。
緋月「…ん?」
ピンクの花は広がっていて、かなりの数あった。
緋月「胡蝶、あれ。」
胡蝶もベランダから森を見下ろす。
胡蝶「ふふ、なんの花だろうな。」
緋月「きっと、胡蝶だよ。」
胡蝶「…今の時期、咲いたっけな。」
緋月「いいんだよ、そんなの。胡蝶だよ、絶対。」
胡蝶「そっか。」
緋月と胡蝶はベランダからピンク色の花を見ながら、微笑んだ。
肩を組んで、ベランダの柵のところに肘をかけて、朝になるまで思い出話をした。
*
緋月「こちょう!こっちこっち!」
胡蝶「早いよー。」
街の中で鬼ごっこをして遊ぶ胡蝶と緋月。
緋月「よーし、本気出しちゃうぞー!」
緋月は街の中の人を塗って走る。
胡蝶「あぶないよー。」
胡蝶もそれを追いかける。
緋月は、住宅街の近くの森みたいなところに入った。
緋月「こちょうのやつ、びっくりするかな。ここに隠れておけばバレないだろうな。」
胡蝶は緋月の姿を見失っていた。
胡蝶「ひづきー?」
緋月が森の中に入ったのはわかっていた。
胡蝶「この森…、大人に入っちゃだめって言われたなぁ。…でも、大丈夫か。」
恐る恐る森の中を進む胡蝶。
すると、後ろから緋月が現れる。
緋月「とりゃー!!!!」
胡蝶「うわーー!!」
驚いてしりもちをつく胡蝶。笑う緋月。
緋月「えっへへ、こちょう、だっさーい!」
胡蝶「ひづき、ひどい…。」
胡蝶のズボンポケットから、何かが零れているのに気がついた。
緋月「あ。」
胡蝶「あ…。」
それは種だった。
緋月「あーあ。せっかく今日集めたのに。」
緋月は土の床に落ちた種を手ですくって集めた。
胡蝶「…ごめん。」
緋月「うんうん、大丈夫だよ。また集めよ?」
胡蝶「…うん。」
種を集めて再び胡蝶のポケットに戻すが、量が少ないことに気がついた。
緋月「少なくなっちゃった。ま、いいか。」
胡蝶「…また、あの花がさいたら種とろう。」
緋月「そうだね!」
2人は森の外へ走っていった。




