【71話】下駄箱の上の花
僕は小学校に上がった。
もともと外で遊ぶのが大好きだったから、プールとか体育の時間とかが楽しみだった。
でも、そううまくはいかなかった。
貧乏だからなのか、遊びに入れてくれなかった。
服もちゃんと毎日違うのを着ているのに、汚いとか、くさいとか侮辱された。家庭事情もあって、僕はずっと手足に傷や痣を負っていた。
そのせいで、僕は友達がいなかった。
生徒1「うわー、こいつの腕気持ちわりー。」
生徒2「アザだらけ。」
生徒が僕を腕を見て笑っている。僕は泣きたくなるのをじっとこらえた。
緋月「えへへ。(無理して笑いながら)」
生徒1「…。」
すると、いきなり腕を掴まれた。
緋月「わっ!」
生徒1「へへっ。」
男生徒は緋月の腕を雑巾のように思いっきり絞った。
緋月「いたいいたいたいたい!!!」
生徒2「だっせー。」
昨日できた痣に丁度あたり、言葉にならない痛みが襲った。
緋月「あああぁぁぁぁ!!!」
生徒1「あっはははは!!!」
僕は男生徒を振り払うと、全力で教室から逃げた。
生徒1「なんだよあいつ、つまんねーの。もっとやりたかったのに。」
生徒2「今度はハサミでも持ってこようぜ。」
生徒1「いいね。」
長い廊下を走った。後ろの教室からさっきの生徒たちの笑い声が聞こえた。
曲がり角のところで先生が向こう側から歩いてくるのが見えた。
思わず僕は足を止めた。
緋月「うぅ…!」
しかし、全力で走っていたため、バランスを崩して転んでしまった。
緋月「痛っ…。」
僕は起き上がろうとした。
すぐ顔を上げると、目の前に先生が立っていた。
先生「大丈夫?」
僕は先生の手を借りて立ち上がる。
先生「…!」
先生は僕のことを見てハッとした。
先生「藤本くん…これ、誰にやられたの。」
先生が見ていたのは僕の腕だった。
緋月「いえ、大丈夫です…。」
先生「大丈夫じゃないでしょ、ほら、見せてみなさい。」
先生は、僕の腕に手を伸ばす。
緋月「…だ、…大丈夫です!」
僕は腕を隠すと、また廊下を走って逃げた。
先生「藤本くん、待って!」
傷を見られるのが嫌だった。
だって、学校の皆は、僕の傷を見て避けるから。
クラスメイトも、先生も。
家に帰ってもお母さんは帰ってこないので、買い置きパンを食べて夜をしのいだ。
洗濯も、お皿洗いも、掃除も全て僕がやらないといけなかったけど、空腹でできないこともあった。
お母さんが帰ってきても、お酒を飲んで酔って暴れるので、僕は1人で静かにしているしか無かった。もしお母さんに逆らったら、また叩かれてしまうから…。
学校にいる時間は、全てが苦ではなかった。
休み時間に1人でボールで遊んだり、夏だと水道のところで水遊びもできるからだ。
そんなある日、僕はとても優しい友達と出会ったんだ。
藤本緋月、9歳。
緋月「…うーん。」
理科の授業。校庭に咲く花のスケッチをすることになっていた。
校庭の隅に咲くピンクの花に皆が群がっていた。
緋月「…僕は、違う花をかこうかな…。」
僕は皆とは反対方向の下駄箱の方へ向かった。
緋月「へへっ、あった!」
校庭の入口近くにある、下駄箱の上の花。
白とピンクの色をしていて、小さな花が連なって咲いている。
緋月「これ、なんだろう。」
すると、柱の影から誰かが覗いているのを見つけた。
緋月「…ん?」
近づいてみると、その子は頭を引っ込めた。
緋月「…あ!桜くんだ!」
そう、隠れていたのは桜暦くん。
恥ずかしがり屋さんな、優しい子。
暦「んうぅ…。」
緋月「えっへへ、みっけ。」
僕は、桜くんとは唯一お友達と呼んでもいい存在だった。いじめられていた僕のことを支えてくれた、心優しい男の子。
暦「…緋月くん、いっしょに、スケッチ…やろ。」
緋月「うん!モチローン!」
こうして、桜くんと一緒にスケッチをすることになった。
僕たちは、下駄箱上の花をじっと見た。
緋月「この花、なんだろうね。」
ふと、鉢についているネームプレートを見る。
緋月「うーん?漢字、読めないな。」
暦「…まだ習ってないね。」
緋月「まぁ、いっか。スケッチやっちゃお。」
僕はその場に座ってスケッチを始めた。
桜くんは、花の前に立ってじっと眺めながら描いていた。
緋月「…。」
桜くんのツインテールが風で揺れる。
花も、そよそよと揺れていた。
緋月「えっへへ、桜くんとこのキレイな花、似てる。」
暦「え。」
緋月「髪の毛の色と花の色。同じだね。髪型もいっしょ。桜くん、すっごく似合うね。」
暦「…。」
桜くんは照れながら僕のことを見ていた。
暦「…そう?」
緋月「うん。ちょうちょみたい。」
暦「えぇ…。」
緋月「あ、そうだ!」
僕は、花についていたネームプレートを取ると、先生の元に走った。
桜くんは、僕のことを見ていた。
先生のところから戻ると、僕はスケッチの紙の端に、花の名前を書いた。
暦「こ…ちょう…らん?」
緋月「そうだよ!こちょうらん。この花の名前だよ。」
暦「そうなんだ。」
緋月「桜くんは、ちょうちょみたいだから、こちょうちょうだね。」
僕が桜くんをからかうようにして笑うと、恥ずかしそうに笑った。
暦「もう、緋月くん…。」
緋月「えっへへ、じゃあ、こちょうくんだ。」
暦「…。」
桜くんは、嬉しそうに笑っていた。
学校の下駄箱の上に飾ってあった胡蝶蘭。
胡蝶蘭にしては珍しく、白とピンクの色が混じったもので、桜くんの髪の色と似ていた。
僕と胡蝶は、どんどん仲良くなっていった。
そして、やがて中学生になった。
胡蝶とは別々の中学に入学することになったから、もう会わなくなっていた。
本当の地獄は、ここからだった。