【67話】森での出会い
目の前には、1人の少年が立っていた。
少年「やあ。」
胡蝶「…?」
すると、少年はいきなり俺の手を握ってきた。
少年「君、すごいよ。」
胡蝶「…?」
少年「だって、この刀みたいなので、見えない敵を倒してたんでしょ?」
少年は目を輝かせていた。
胡蝶「…見えない敵?」
少年「うん!かっこよかった!」
少年はニコニコしながら俺の持っている竹刀を眺めていた。
しかし、こんな薄暗い森で人に会うなんて思ってもいなかった。
少年は薄着で、鞄も何も持っていなかった。よく見ると猫の首には小さいリボンがついていた。少年の飼い猫だろうか。
少年「そういえば、自己紹介がまだだったね。」
すると、少年は猫を抱き上げた。
少年「僕は聖雷。こっちが相棒のシユウ。よろしくね。」
そういうと、聖雷は握手を求めてきた。
胡蝶「…胡蝶。よろしく。」
聖雷と握手を交わした。
聖雷「胡蝶くんは、刀の練習をするために森へ来たの?」
胡蝶「うん。」
聖雷「この森、あまり子供が来ないからびっくりしたよ。」
胡蝶「…こないの?」
聖雷「うん。事件とか、色々あったからね。」
胡蝶「…そうなんだ。」
聖雷は、シユウを撫でながらそこらへんの草原に座った。
少年「でもよくここまで来たね。うれしいよ。」
胡蝶「そっか。」
少年「胡蝶くんみたいな男の子と会えて。」
胡蝶「…。」
聖雷は、俺の事を男と言った。
こんな格好をしているのに。
胡蝶「…男、か。」
聖雷「そうだよね?」
胡蝶「うん。合ってる。」
聖雷「良かったー。」
胡蝶「…怖くないの。」
聖雷「え?」
胡蝶「こんな女の格好をした男がいて。」
俺は少し、手が震えていた。
聖雷「こわくないよ。」
横を見ると、聖雷はニコリと笑っていた。
聖雷「男の子でも、女の子でも、僕のお友達ってことは変わらないよ。」
胡蝶「でもまだ友達までは。」
聖雷「さっきなったよ。森であった人は全員友達だもんね。」
聖雷は誇らしげに言った。
胡蝶「はぁ、それは無理があるな。」
聖雷「えへへ。でも、胡蝶くんはいい人そうで良かったよ。」
すると、猫が俺の元へ寄ってきて、体を擦り付けてきた。
聖雷「ほら、シユウだってこんなに懐いてる。」
シユウ「にゃ。」
聖雷「えへへ。」
聖雷はにんまりと笑うと、近くにあった長い木の枝を取り、立ち上がった。
聖雷「僕も刀の練習したくなってきちゃった。胡蝶くん、一緒にやってもいい?」
胡蝶「…あぁ。」
俺は練習を再開した。
隣で、聖雷は見よう見まねで木の棒を振っていた。
胡蝶「…悪くないかもしれないな。」
俺は、剣道の練習をするために森へ行った。
授業が終わってから剣道教室に行くまでの時間、森で過ごしていた。
聖雷とは仲良くなった。
家庭のことや、自分の悩み事も全て話すまで仲良くなった。
そして、しばらく経った頃。
胡蝶「…ふぅ。」
聖雷「胡蝶、頑張ってたね。」
胡蝶「うん、ありがとう。」
俺はまたあの場所で、聖雷とシユウと練習していた。
聖雷「そろそろ剣道教室行っちゃう?」
胡蝶「いや、今日は休みなんだ。だから、暗くなるまでまた練習する。」
聖雷「そっか、僕も負けてられないな!」
聖雷は、ただの木の棒を振り回すだけでもすごく楽しそうに見えた。
シユウは、ずっと俺たちのことをみていた。
胡蝶「…ふふっ。聖雷は本当に頑張り屋さんだな。」
聖雷「胡蝶もね!」
すると、聖雷が何かを思いついたようだ。
聖雷「そうだ!胡蝶。」
胡蝶「?」
聖雷「胡蝶に紹介したいところがあるんだ。」
すると、聖雷は俺の手を引いた。
胡蝶「ちょっと…。」
聖雷「いいから!」
俺は聖雷に連れられてどんどん森の奥へ向かっていった。
奥に行くに連れて、木はどんどん高くなって行った。
胡蝶「ここ、どこ?」
聖雷「大丈夫だよ。」
やがて、聖雷は足を止めた。
俺はついて行くのが必死で、自分が何処にいるのかが分からなかった。
聖雷「着いたよ。」
俺たちの目の前にあったのは、小さな建物だった。入り口のところが猫の形をしていて、窓がいくつかあった。
胡蝶「ここは…?」
聖雷「僕が住んでるところ。」
胡蝶「え。」
聖雷「まあまあ、入ってみてよ。」
聖雷に誘われて中に入ろうとする。
俺は驚いていた。森の中にこんな建物があったなんて、思ってもいなかった。
建物に入ると、中は薄暗かった。
聖雷「…あれ?マーリンさん、いないのかな。」
すると、一瞬にして電気がついた。
胡蝶「うっ…。」
いきなり明るくなったので、目が眩んだ。
目の前には、紫色のかたまりがぼんやりと見えた。
胡蝶「…?」
聖雷「紹介するね、胡蝶。僕が住んでる宿のオーナー、マーリンさんだよ。」
台座に座っている、紫色の大きな猫。
その大きさは、見たことの無いレベルだった。
胡蝶「うわっ!」
俺は驚いて声を上げた。
紫色の猫「うふふ、驚かせて申し訳ないわ。はじめまして、マーリンよ。」
胡蝶「猫が、喋った!?」
紫色の猫は、流暢な日本語で喋った。
聖雷「そうだよね、びっくりするよね。」
シユウ「にゃぁ。」
俺は咄嗟にシユウの方に向いた。
シユウ「?」
シユウは喋らないみたいだった。
聖雷「えへへ、シユウは普通の猫だよ。」
マーリン「宿へ、ようこそ。」
マーリンという猫はそう言うと、微笑んだ。
胡蝶「宿…?」
マーリン「ええ。」
聖雷「ここはマーリンさんの宿だよ。」
周りには、階段や部屋などがあった。
森の奥に隠れた宿があるなんて。
マーリン「ふふ、胡蝶ちゃんっていうのね?よろしくね。」
胡蝶「は、はい。」
マーリン「話は聖雷から聞いているわ。剣道の練習のために森へ来てるらしいね。疲れたらここで休んでいってもいいわよ。」
胡蝶「あ、ありがとうございます。」
そのあと俺は、聖雷に連れられて聖雷の部屋を紹介してくれた。
そして、マーリンさんからこの宿についての話をしてくれた。
どうやらこの宿は、関係者しか見ることが出来ないらしい。今まで気がつかなかったのも、聖雷たち以外誰もいないのも、それが原因らしい。
そんな変な宿と俺は出会った。
マーリン「どう?分かった?」
マーリンさんは、宿のことを話すとお茶をいれてくれた。
胡蝶「…はい。」
マーリン「良かったわ。…実は、聖雷とシユウ以外に宿を知っている人が誰もいなくてね。胡蝶ちゃんにも知ってもらいたいと思ってたのよ。」
胡蝶「…。」
聖雷「僕が胡蝶も仲良かったからね。」
マーリン「お母さんのことで、悩んでたみたいだから。」
胡蝶「…!」
俺は、マーリンさんの方を見た。
マーリン「ごめんね。聖雷から聞いてたのよ。」
胡蝶「…大丈夫です。」
マーリン「もし良かったらなんだけど…。」
すると、マーリンは俺の目をまっすぐ見た。
マーリン「ここに、逃げておいで。いつでも待ってるから。」
マーリンは微笑んだ。
胡蝶「…。」
俺は頷いた。
聖雷「ここに泊まれば、家に帰らなくて済むからね。」
俺はこうして、宿の住人になった。
母には友達の家に泊まると言って、家出をした。
聖雷とマーリンさんは歓迎してくれた。
学校は普通に通い、剣道教室も毎日通った。
夜に宿へ帰って、すぐに森で練習できたので、すごく快適だった。
宿に出会ったことで、俺は変われたと思う。
紹介してくれた聖雷、宿に誘ってくれたマーリンさん。
そして、なによりも心を支えてくれた緋月。
そうだ、いつだって俺は誰かに助けられていた。