【65話】ひみつのであい
父「暦。元気だったか。」
胡蝶「父さん…。」
わたしは、涙が止まらなくなっていた。
父はわたしをずっと抱きしめてくれていた。
ふと、手首に目をやると、複数のあざ。
父は察した。
父「暦、時間あるか?…少し、話をしようか。」
わたしは父に連れられてとある場所に行くことになった。
*
父「ついたぞ。少し休むといい。」
胡蝶「うん…。」
着いたのは、父の家からすぐ近くにあるの職場だった。
ソファに座って、わたしは少し休んだ。
胡蝶「…父さん、ここって。」
父「あぁ。剣道場だよ。」
父の仕事は剣道教室の先生。子供たちに剣道を教えていた。
その中の、広い剣道場の隅のスペースにわたしたちはいた。
胡蝶「剣道…?」
父「あぁ、興味があるのか?」
胡蝶「…うん。」
父「剣道は、剣の競技だ。もちろん、大会などもあるんだが、ただ剣を振るだけじゃないぞ。」
胡蝶「?」
父「心を集中させるんだ。雑念を取り除き、剣だけに集中する。」
胡蝶「ざつねん?」
父「余計なことは考えたらだめってことだ。」
すると、父はわたしに竹刀をわたした。
胡蝶「え。」
父「持ってみい。」
わたしは竹刀を持った。
胡蝶「お、重い。」
父「やはりか。暦は、本当は力があるがあまり解放できてないようだな。」
胡蝶「…。」
父「今まで、女の子として育てられたからだ。…でも、もし剣道がやりたければここへ来るがいい。その時は息子として、特訓をしてやろう。」
父はわたしの頭を撫でた。
胡蝶「…うん!」
わたしは毎日、父の剣道場に通い続けた。
学校が終わると、そのまま剣道場に向かい、他の子たちがやってる時は控え室で宿題をやって。
夕方になると、父と2人で剣道をした。
父はわたしが技を覚えるたびに撫でてくれた。
そして、レッスンが終わると家へ帰った。夜に帰ることが多かったので、母はいつも夕食をテーブルに置いてくれていた。
だんだん母と対面することは無くなったので、わたしも少し安心していた。
桜暦、9歳。
わたしは小学3年生になった。
クラス替えもして、嫌ないじめっ子たちは全員離れ離れになった。
やっと静かに学校へ行ける。そう思っていた。
休み時間。
わたしは次の授業の準備をして、教室移動をしていた。次の授業は音楽。
リコーダーと楽譜を持って、席に着いたその時。
男子1「なぁ、あいつのリコーダー、隠してやろうぜ。」
男子2「そうだな、どこに隠そうか。」
男子3「あ、いいこと思いついた。耳貸して!」
音楽室の隅の方で話している男子。
こそこそ話をしていた。
男子1「よーし、きーまり!」
すると、男子たちは一目散にリコーダーをごみ箱へ投げ入れる。
胡蝶「え。」
男子1「あーあ、汚くなっちゃった。」
男子3「こんなのもう吹けないよ。」
男子2「でもいっか。どーせあいつのだし。」
男子たちは高笑いをしていた。
音楽の授業が始まると、皆が席に着いた。
しかし、一人慌ててカバンの中を探していた子がいた。
緋月「ない…ない!」
その子は、藤本緋月くん。初めて同じクラスになった子。
あまり関わりは無かったが、存在は知っていた。
緋月「うぅ…昨日ちゃんと入れたのに。」
すると、緋月に先生が問いかけた。
音楽の先生「藤本くん、どうしたんですか。」
緋月「…リコーダーを…忘れました。」
すると、さっきの男子たちが大声で笑った。
男子2「だっさー。」
男子1「お前だけリコーダーないじゃん!」
音楽の先生「昨日、連絡帳に書かなかったの?」
緋月「いや…書いたけど…。」
音楽の先生「じゃあ、どうして忘れるの。これじゃあ授業にならないじゃない。…仕方ないから、今日は他の子達の演奏を聞いてなさい。」
緋月「……はい。」
涙目になる緋月。それを笑っている男子たち。
胡蝶「…。」
そして、確信した。
このクラスにもいじめがあるということを。
男子たちによるいじめは酷かった。
黒板消しの粉を顔の前でかけたり、筆箱を壊したり、上履きを隠したり。
時には、はさみで緋月の服の先を切る時もあった。
*
ある日、わたしは学校から帰っている途中、緋月を見かけた。
とぼとぼとあるく緋月。
帰る方向が一緒なので、しばらく後ろからついていってみた。
すると、あるアパートに入っていく。多分、緋月の家だろう。
気になってそのアパートの入口までついて行ってみると、ドアの前に緋月がしゃがみこんでいた。
手には泥まみれの体育着。
わたしは、勇気を出して1歩踏み出した。
緋月「…ごめんなさい、お母さん…。」
胡蝶「…。」
緋月「…?」
緋月が気づいてわたしの方を見た。
緋月「あ…。」
緋月は驚いていた。
胡蝶「…。」
わたしは、ポケットからハンカチを取り出し、緋月の前に出した。
緋月「え…。」
緋月は少し困惑していたようだった。
緋月「いいの…?」
わたしは、緋月の手の中にハンカチを置いた。
緋月「ありがとう…。桜くん。」
緋月は、おれの名前を言った。
なんで、おれなんかのことを男の子として呼んでくれるのか、わからなかった。
でも、すごく嬉しかった。
胡蝶「僕の名前…。覚えててくれたんだね。」
おれは、ハンカチを渡すとアパートを出て、すぐに走り出した。
緋月「待って、桜くん!」
緋月がおれの事を呼んでいたが、振り返れなかった。
…泣いてるのがバレちゃうからね。