【62話】母さんと父さんのすれ違い
胡蝶「っはぁっ!」
部屋に響く鈍い音。
胡蝶は、桐崎兄に頭を殴られた。
桐崎兄「…てめぇも一緒に復讐してやるよ。」
桐崎兄が胡蝶を容赦なく暴行する。
桐崎はただ後ろでそれを見ていた。
胡蝶「うぐっ…!」
痛みで息が出来なくなっていく。
頭がぼーっとして、辺りが暗くなって、痛みが分からなくなってきた。
胡蝶は意識を失った。
桐崎兄「(暴行をやめて)…ん?もうこいつくたばったんか?案外弱いんだな。」
桐崎「…。」
桐崎兄「馨、ホントにこいつと影楼にやられたのか?」
桐崎「…あぁ。」
桐崎兄「お前も弱くなったなぁ。昔は強かったのに。」
桐崎「違ぇよ。」
桐崎は胡蝶のことを見ていた。
桐崎「…。」
*
穏やかな音楽が流れている。
きっと、上にある機械から流れているのだろう。
わたしには手が届かなかった。
その横で、鼻歌を歌いながら料理をしている女の人の姿。
それは、母親だった。
桜暦、4歳。
母「暦ちゃん、お着替えしましょうね。」
わたしが窓の外を眺めていると、母が服を持ってこっちに寄ってきた。
母「新しいお洋服、可愛いでしょう?ほら、バンザイして。」
わたしは服を脱ぎ、母が持っていたワンピースに着替えた。
わたしは近くにあった鏡を見た。
胡蝶「…。」
母「とってもよく似合ってるわ。さすが、暦ね。」
母はわたしを抱きしめた。
すると、父が後ろからやってきた。
父「…いい加減、ワンピースはやめたらどうだ。来年は幼稚園に上がるんだ。」
母「じゃあ、まだいいでしょう。ね、暦ちゃん。」
父「…。」
母はわたしのことを見つめて可愛い、素敵と言って頭を撫でた。
父はわたしを見ると、いつも顔をしかめていた。
*
とある日の夜。
わたしは歯を磨き終わると、自分の部屋へ戻ろうとした。
途中、リビングを抜けないと行けないので、リビングへ入ろうとした。ドアが閉まっていたので、開けようとしたその時。
母「あぁ…。」
中から聞こえてきたのは、母の泣き声。
わたしは怖くなって一歩引いてしまった。
父「いい加減にしろ!」
いきなりの怒声に身体がピクリと動く。
思わず、座り込んでしまった。
父「暦は貴様のあやつり人形じゃない!」
母「ああああ!!!」
母は大声を上げて父に抵抗していた。
大きな足音と、母の泣き声が怖くなってわたしは動けずにいた。
母「あなたに何がわかるのよ!暦は、暦は私の可愛い娘よ。」
父「目を覚ませ、暦は男の子だ。これ以上、成長の邪魔をするわけにいかない。」
母「うるさいうるさい!!!」
母と父が何を言っているのか分からなかった。
わたしはドアの隙間から部屋の中を覗いた。
そこから見えたのは。
母「ああああ!!!」
飾ってあった小物を父に投げつける母。
発狂していた。
胡蝶「母さん…。」
わたしは気がついたらトイレに駆け込んでいた。
そして、ずっとそこで泣いていた。
*
朝になると、わたしは自分の部屋のベッドにいた。
胡蝶「あれ…?」
昨日の記憶は、トイレで泣いていたところまでしか覚えていなかった。母さんが見つけてくれたのかな。
部屋を出てリビングに向かうが、家が静かだった。いつもなら、母が起こしてくれるはずなのに。
胡蝶「…母さん?父さん?」
リビングにつくと、昨日の惨状がまだ残っていた。ぐちゃぐちゃに壊された置物、散りばめられた紙切れ。
その中に母がいた。テーブルに突っ伏して、うなだれていた。
胡蝶「…母さん!」
母「う…。」
わたしが声をかけると、母は辛そうに起き上がった。
母「…暦。」
母は何も言わずにわたしを抱きしめた。
母「暦ちゃん。ごめんね、怖い思いをさせて。」
胡蝶「母さん…。」
母「…ごめんね、今から、ご飯作るから。いい子で待てる?」
胡蝶「うん!」
そういうと、母はキッチンに向かった。
食事ができ上がると、わたしは席についた。
正面には母の席、隣には…何も無かった。
胡蝶「母さん。ひとつ、足りないよ。」
わたしは、戸棚からお茶碗とお皿を取り出そうとした。
母「…いいのよ。」
母はわたしを引きとめた。
胡蝶「どうして。父さ…」
母「(怒鳴って)あの人はもういいのよ!」
母が茶碗を握りしめた。
わたしは怖くて泣いてしまった。
胡蝶「う…うぇ…。(泣き出す)」
母がハッとして私を抱き抱える。
母「ごめんね、またやっちゃった…。」
わたしは恐怖で震えていた。上を見ると、泣く母の姿があった。
母「ごめんね、ごめんね、暦…。もうしないからね…。」
落ち着いた後、わたしと母は朝ごはんを食べた。
でも、隣にはいつもいる父さんがいなかった。
母はわたしの顔を見て嬉しそうにごはんを食べていた。でも、わたしはご飯の味が感じられなかった。