【61話】悪人への恨み
2月のある日。
胡蝶「とぉぉぉぉ!!」
胡蝶は、父の剣道場で練習をしていた。
竹刀を持ち、素早く下ろす。
胡蝶「(…だめだ。)」
すぐに構えをやめ、竹刀を持ちかえた。
胡蝶父「どうした。まだ30分も練習してないぞ。」
胡蝶の後ろから、父が稽古の様子を見ていた。
胡蝶「今日は少し、調子が悪いようだ。どうしても、力が入りにくい。」
胡蝶父「ほう。集中していないんだな。」
すると、胡蝶の父が自分の竹刀の先端を胡蝶の肩に置いた。
胡蝶父「目を瞑れ。」
胡蝶は父の言う通りに目を瞑った。
胡蝶父「雑念があるな。暦の中で蠢いておる。全てを竹刀に集中させろ。さもなければ、己自身が折れてしまうぞ。」
肩から竹刀を離すと、胡蝶は目を開き、再び練習を始めた。
胡蝶父「ほほほ。良い眼だ。暦よ。」
胡蝶は必死に竹刀を振り続けた。
*
稽古が終わると、胡蝶は歩いて宿へ帰る。
胡蝶「…寒い。」
その日は、とても寒かった。なので、コートを着て、マフラーを巻いた。
胡蝶「(稽古が長引いてしまった…。早く宿へ帰って掃除をせねば…。)」
森の中、早歩きで歩いていると、目の前に人影。
胡蝶「!」
?「よぉ。」
突然現れた人物に驚く胡蝶。
胡蝶「貴様は…!」
?「久しぶりだな、桜。」
桜色の髪、細身の体型。ニヤリと笑ったそいつは、間違えなくあいつだった。
胡蝶「…桐崎!」
木に寄りかかり、獲物を見つけたかのようにこちらを見ていた。
桐崎「よぉ。」
後ろに一歩下がる胡蝶。
胡蝶「…何の用だ。」
桐崎「こんな人気のない森で何してんだ?桜さんよぉ。」
胡蝶「貴様には関係ないだろう。」
桐崎「関係ない、か。そう言われちゃあ、仕方ねぇな。」
胡蝶は桐崎を睨みつけていた。
桐崎「まぁ、そんなに警戒すんなって…。今日は武器もなにも持ってねぇよ。」
胡蝶「…。」
桐崎「信じられねぇか。ま、いいわ。」
突然、胡蝶が後ろから押さえつけられる。
胡蝶「…!」
口に布のようなものを当てられる。
必死にもがく胡蝶。桐崎は突っ立っていた。
胡蝶「桐…崎…。」
後ろを振り返ろうとするが、押さえつけられていて抵抗ができない。
だんだん意識が薄れていく。
胡蝶「ぐっ……。」
腕の中で、胡蝶の力が抜ける。意識を失ったようだ。
桐崎「…。」
桐崎は、失神している胡蝶を見た。
桐崎「桜、もう意識失ったようだな。」
?「あぁ。」
桐崎「…ちょっと卑怯だったかもな、兄貴。」
胡蝶を抑えていたのは、桐崎の兄、透だった。
*
生徒「ありがとうございました!さようなら!」
ランドセルを背負い、教室から出ていく生徒たち。
女子1「先生、さようなら!」
先生「さようなら。」
私はジョウロを持ち、教室のすぐ隣の水道で水を汲んでいた。
胡蝶「…。」
教室へ戻ると、数人の生徒がまだ残っていた。
日直当番なのか、黒板を消していた。
その子は、藤本緋月くん。
いつもにこにこしていて、笑顔がすごく眩しい子。
私は緋月くんが羨ましかった。
そして、私は教室の棚の上にある植木鉢に水をあげた。
すると、教室に残っていたクラスメイトが緋月に話しかけていた。
男子1「なあなあ、藤本くん。」
緋月「…なあに?」
男子1「手伝ってあげようか?」
緋月「大丈夫だよ…。僕一人で出来る!」
男子生徒が黒板消しを持ってきて、緋月と一緒に消し始める。
後ろで他のクラスメイトはその様子を見ていた。
胡蝶「(…そろそろ、帰ろうかな。)」
すると、男子生徒がわざと黒板消しを緋月の顔の前に落とした。
緋月「うわぁ!」
胡蝶「!」
男子1「あ、ごめーん。(笑いながら)」
緋月くんはいつも笑って誤魔化してた。
後ろのクラスメイトも笑った。顔が粉まみれになり、咳き込む緋月。
胡蝶「うぅ…。」
緋月くんのことを見ていると、悲しくて、たまらなくなった。ランドセルを持ち、私は急いで教室を出る。
すると、教室からまたいじめっ子たちの声が聞こえてきた。
男子2「うわ!こいつ、あざがあるぞ。」
男子1「気持ちわる!」
嘲笑う男子生徒。
胡蝶「…緋月くん!」
振り返ると、緋月くんは泣きそうになっていた。
緋月「…。」
緋月くんが教室の外の私に気づいた。
私は、走って下駄箱に向かった。
*
胡蝶「う…。」
気がつくと、薄暗い建物の中にいた。
胡蝶「うぐ…。」
体を動かそうと思ってもうまく動かない。
座ったまま、柱に縛り付けられていた。床は冷たく、固いかった。
そして、目の前に立つ2人の影。
桐崎「…桜。」
胡蝶「貴様…。」
体を前に乗り出そうとしたが、腕を縛られているので痛い。
桐崎兄「お目覚めか?桜チャン。」
胡蝶「…誰だ。」
桐崎兄「それは言う必要ないねぇ。」
すると、桐崎兄は胡蝶に近づき、顎を上へ上げる。
桐崎兄「…確かに、女だったら顔は悪くねぇ。」
胡蝶は桐崎兄を避けるように抵抗した。
しかし、腕で顔を抑えられてしまう。
桐崎兄「君は囚われたんだよ。わかる?」
胡蝶「…何のためだ。」
桐崎兄「影楼。」
桐崎兄は顔色を変えた。
桐崎兄「影楼の居場所を教えろ。」
胡蝶「…どうしてだ。」
桐崎兄「俺の弟を散々傷つけた奴だからだ。」
桐崎は黙ってこちらを見ていた。
桐崎兄「てめぇも知ってんだろ。影楼は馨を殴った挙句、縛り付けて放置した。そんな極悪人を許せると思うか。」
胡蝶「……その話は語弊ある。桐崎は同級生を使って俺の親友を騙した。」
桐崎兄「てめぇもその1人だろう。」
沈黙。
桐崎兄「てめぇも、馨のことを散々傷つけたらしいな。」
胡蝶「…親友を守るためだ。」
桐崎兄「フッ、そうか。てめぇは友達を選ぶんだな。」
すると、桐崎兄は腕を大きく振りかざした。




