【53話】星を見に
*
僕は5歳になった。
お兄ちゃんが出ていった時と同じ、5歳になった。
園長「聖雷くん、何を読んでいるの?」
聖雷「せいざの本だよ。」
園長「これは、幼稚園の?」
聖雷「うん。」
僕は、幼稚園で借りた星座の本をずっと読んでいた。
聖雷「ほしとほしがつながって、かたちになると、せいざになるんだよ。」
園長「よく知ってるのね。」
聖雷「うえをみると、いつもそこにほしはあるんだ。」
園長「…でも、昼はないわね。」
聖雷「あるよ。おひるでも、あるんだ。そらがあかるくてみえないの。ほんとうはずっとそこにほしがあるんだよ。」
園長は笑顔で僕の話を聞いてくれていた。
*
ある日の夜。
園長「聖雷くん、今日はもう寝なさい。」
僕は布団に入った。
園長「おやすみ。」
聖雷「おやすみなさい。」
しばらく経って、園長が部屋から出ていった。
僕は起き上がり、窓の外を眺めていた。
聖雷「…。」
窓から見える森の中にある山。ずっと気になって仕方なかった。
手元にある星座の本を開いた。
聖雷「せいざのかんさつには、みはらしのいいやまがいい」
僕は、星が見てみたかった。
*
次の日の昼。
僕はお昼ご飯を食べ終わると、森へ行くことにした。もちろん、誰にも言わないで。
園長は子供たちと庭で遊びながら洗濯物を干していた。
僕はこっそりと部屋を抜け出し、裏口から外へ出た。
聖雷「…いってきます。」
手には星座の本。それ以外は必要なかった。
孤児園から森まではすごく遠かった。
ただひたすらに森が見える方向に歩いていた。
聖雷「やま…やま…。」
街中を歩くと、色々な大人たちが僕のことを見ていた。
でも僕は、必死に歩く。
聖雷「じゅ…うた、く、がい?」
看板には、住宅街の近くに森があると書かれていた。図をみればすぐ分かったが、漢字は読めなかった。
そして、なんとか森へつくことができた。
聖雷「木…いっぱいある。」
森の中から上を見上げても、葉っぱ以外何も無かった。
聖雷「やま…。」
外から見えていた山は、森の中から見ることは出来なくなっていた。
聖雷「うぅ…。」
泣きながらとぼとぼと歩く。
すると、目の前に白いものが横切る。
聖雷「!?」
僕は気になり、後をつけた。
すると、その正体が分かった。
聖雷「ねこ!」
僕が叫ぶと、白い猫は驚いた。
聖雷「…こねこさん?」
白い猫は、かなり小さいサイズだった。
僕を見るなり警戒してきた。
聖雷「だいじょうぶだよ。ぼくはねこにらんぼうしない。」
子猫の前にしゃがんだ。
聖雷「……ぼくはせいら。せいざがすきなんだ。」
子猫はだんだんと警戒を解いていく。
聖雷「こねこさんは、なまえ、あるのかな。」
子猫は僕のことをじっと見つめている。
聖雷「…ぼくね、やまにいきたいんだ。ほしがみたいの。でも、まいごになっちゃった。」
すると、子猫は森の奥の方へ歩いていった。
聖雷「え。こねこさん!?」
子猫はどんどん奥へ走っていく。
聖雷「まってよ!」
僕は子猫を追いかけた。
星座の本をしっかり持って、子猫を見失わないように、ずっと走り続けた。
しばらく追いかけると、子猫は止まった。
聖雷「はぁ…。」
子供だからということもあって、疲れるのが早かった。
子猫「にゃー。」
子猫は、疲れて座り込んでいた僕のことを真っ直ぐ見つめた。
顔を上げるとそこは、大きな空が見えた。
聖雷「え。」
力を振り絞り、ゆっくりと立ち上がる。
聖雷「うわぁ!」
僕は初めて、山の頂上に来た。
聖雷「きれい!」
頂上からの景色は、すごく綺麗だった。今まで暮らしていた街が一望できた。
聖雷「こねこさん!ありがとう。」
子猫「にゃぁ。」
僕は子猫を抱きしめた。僕の鼻を舐める子猫。
「どういたしまして」って言っているように感じた。
*
初めて山へ登った日からほぼ毎日、僕は森へ遊びにいった。
聖雷「シユウ!!シユウ!!あそびにきたよ!」
僕が子猫を呼ぶと、すぐに来てくれた。
子猫「にゃぁ。」
聖雷「シユウ!」
子猫の名前は、シユウ。僕がつけたんだ。
シユウ「にゃぁ。」
聖雷「よし、シユウ。いい子だぞ。」
僕は、孤児園でもらったおやつのビスケットをシユウに食べさせた。もちろん、猫に食べさせても大丈夫なやつを。
聖雷「おたべ。」
シユウは黙々と食べ始める。
聖雷「きょうは、どこにいこうか?」
シユウ「にゃー。」
聖雷「よし、れっつごー!!」
シユウと一緒に、森の色々なところを探検した。
池、大樹、山。この森に詳しくなった気がした。
今日も、明日も、シユウと一緒に。
*
園長「聖雷くーん?聖雷くーん?」
孤児園の部屋。園長がドアを開ける。
園長「聖雷くん、いる?」
すると、他の子供たちが返事をした。
子供「しらなーい。」
園長「…やっぱり、いないのね。」
すると、テーブルの上の紙が目に入る。
園長「…ふふ。聖雷くんったら、字まで書けるようになったのね。」
その紙には、聖雷の字でこう書かれていた。
「ほしをみにいってきます。」
園長は紙をテーブルに置くと、部屋を出て、ご飯の支度を始めた。