【40話】わるいこ
倉庫を出た影楼たち。
影楼は緋月を背負っていた。
聖雷「シユウ、疲れたね。宿に帰ったらゆっくり休もうか。」
シユウ「にゃぁ。」
影楼「クソガキも寝やがってよォ…ったく。」
緋月は、泣き疲れて寝てしまっていた。
聖雷「あれ、胡蝶は?」
小夜「中で話してるみたい。待ってようか。」
聖雷「そうだね。」
倉庫の中。
胡蝶は、縛られている初音と桐崎を睨んだ。
初音「…ねぇ、そろそろ解いてくれてもいいんじゃない?武器もなにもないよ?ねぇ、桜くん。お願い。」
胡蝶「…。」
胡蝶は竹刀を持ちながら桐崎たちに近づいた。
初音「ねぇ、ねぇってば。ごめん、ごめんって…!殴らないで!」
胡蝶「…。」
さっきとは打って変わって怯えた様子の初音。
桐崎はずっと黙っていた。
胡蝶「…殴るわけないだろう。」
初音「…え?」
胡蝶「俺がそんな奴だと思ったか。」
胡蝶は二人の拘束を解いた。
初音「やった!動ける。」
胡蝶「…だが、勘違いするなよ。許した訳では無い。緋月が貴様らから暴力を受け、悪夢を見せられた。嫌な記憶はどんどん頭の中に蓄積されていく。だから、緋月はずっと苦しむだろうな。昔から虐めていたからいいやとか、緋月だからいいやとか、半端な気持ちで人と接していると痛い目に逢遭うぞ。」
桐崎が無言で倉庫を立ち去ろうとする。
胡蝶「桐崎。」
桐崎「…なんだ。」
胡蝶「何か言うことは無いのか。」
桐崎「…。」
桐崎は倉庫を出ていった。
それを追いかける初音。
初音「…さよなら。」
*
緋月「はぁ…はぁ…。」
階段を駆け上る緋月。
そして、学校の屋上の扉を開いた。
屋上。
緋月は辺りを見回した。
緋月「あ!」
そこには、フェンスの向こう側を見つめている、胡蝶がいた。
緋月「桜くん!」
胡蝶「…!」
胡蝶は少し驚いた様子で緋月を見た。
緋月は胡蝶に近づいた。
緋月「これ。」
持っていたハンカチを差し出した。
緋月「…ありがとう。」
胡蝶「…。」
胡蝶は頷き、ハンカチを受け取った。
緋月「…ねぇ、桜くん。…どうして僕のことを助けてくれたの。」
胡蝶「…。」
緋月は胡蝶とある程度距離を置き、フェンスに寄りかかった。
緋月「僕ね、わるいこなんだ。お母さんからの、桐崎くんたちからも言われるんだ。」
胡蝶「…。」
緋月「テストも全然だめだし、かけっこもすぐ負けちゃうし、泣き虫さんだから。僕のことでお母さんが困っちゃうの。」
胡蝶「…。」
緋月「…でも、僕のお母さんは優しいんだよ。僕が泣いたら、お母さんも泣いちゃう。だから、ずっと笑ってるの。」
胡蝶「…。」
胡蝶は下を向いてしまった。
緋月「…ごめんね。こんなお話して。」
胡蝶「…。」
緋月「ハンカチ、ありがとうね。じゃ、またクラスで。」
緋月が屋上から去ろうとした。
すると、胡蝶が止めた。
胡蝶「…藤本くん!」
*
宿へ帰ったのは、夜だった。
日は落ち、森の中もかなり暗くなっていた。
聖雷「ただいまー…。」
フロアはもう暗くなっていた。マーリンは寝たのだろう。
なるべく音を立てないように、2階へ登ろうとした。
マーリン「おかえりなさい。」
突然の声にビビる4人。
聖雷「なんだ、起きてたの?」
フロアの電気を付けた。
マーリン「うふふ、ちょっとやることがあったのよ。」
小夜「あの…。またお邪魔します。」
マーリン「どうぞ。部屋はいつもの場所よ。」
影楼「…チッ。」
マーリン「ふふ、影楼も来たのね。」
マーリンが影楼の背中にいる緋月に気づく。
マーリン「緋月ちゃん!?」
小夜「色々あって…こうなってる。」
マーリン「怪我がすごいじゃない。治療してあげるわ。リビングへ運んで。」
影楼「はいはい。」
リビングへ運び、緋月を安静にさせた。
マーリンが木の実や包帯などで応急処置をした。
その間に、今日あったことをすべてマーリンさんに話した。
聖雷「…ということなの。」
マーリン「…大変だったわね。」
胡蝶「こんなことを二度と起こさないためにも、桐崎を説得しようとした。…だが、上手くいったかは心配だ。」
聖雷「大丈夫だよ。きっと、影楼くんと胡蝶の力で圧倒されたでしょ!」
マーリン「…でも、あなたたちがいてくれて本当に良かったわ。」
4人は、少し安心した。
聖雷「そうだね。僕は何もやってないけど。」
胡蝶「…仲間を守るためだ。」
マーリン「緋月ちゃんは本当に良い友達を持ったわね。」
すると、緋月の目が開いた。
緋月「んぅぅ…。」
胡蝶「緋月。」
緋月「あえ?こちょ…う?聖雷もいる…?」
小夜「ひっきー、帰ってきたんだよ。」
緋月は少し起き上がった。それを支える小夜。
緋月「本当だ、帰ってきてる。」
聖雷「影楼くんがここまで運んでくれたの。」
影楼「あのあと、泣き疲れて寝たんだよ。そんで、俺が運ぶ羽目になった。」
緋月「えへへ、そっかぁ。ありがとね。」
マーリン「怪我は大丈夫?」
緋月「うん!なんともないよ!」
緋月が立ち上がろうとする。
胡蝶「緋月。」
緋月「ん?」
胡蝶「…無理はするな。」
緋月「……うん。」
緋月は、胡蝶の言いたいことが分かったようだった。
微笑むマーリン。
マーリン「…さて。今日はもう休みなさい。5人とも、泊まっていいから。」
小夜「ありがとうございます。」
影楼「…おう。」
マーリンはキッチンへ向かった。
お風呂の準備をし始める聖雷。
小夜「ひっきー、お風呂が湧いたら入ろうね。」
緋月「うん。」
小夜「傷が痛むかもしれないけど…。」
緋月「…。」
小夜「どうしたの?」
緋月「…やっぱり、友達が1番かも。」
緋月が小夜に笑いかけた。
その様子を見て、胡蝶も笑顔になった。
*
胡蝶「…藤本くん。」
緋月「桜くん?」
胡蝶「僕も、僕も。わるいこなんだ。」
緋月「え。」
胡蝶「僕も、わるいこだから、わかるんだ。藤本くんの気持ち。」
緋月「!」
胡蝶は、緋月の腕を見た。
胡蝶「その腕。」
緋月「?」
胡蝶「服の下。アザがいっぱいなんでしょ。」
緋月「…。」
胡蝶「お母さんが、やったの?」
緋月「…違う。違うよ。」
胡蝶「…藤本くん、嘘ついてる。」
緋月「え。」
胡蝶が腕を捲った。その腕には、無数の痣。
緋月「…桜くん?」
胡蝶「僕も同じ。お母さんから。」
緋月「…。」
胡蝶「…僕たち、わるいこだね。」
緋月「…。」
胡蝶「一緒にわるいこ、しようか。」
緋月「え。」
胡蝶は緋月の前で、手を伸ばした。
胡蝶「一緒にわるいこになるの。ずっと笑顔でいるんだよ。嬉しいことも悲しいことも半分こ。」
緋月「桜くんは、それでいいの。」
胡蝶「うん。」
緋月「…ふふ、変なの。」
胡蝶「え。」
緋月「(笑いながら)桜くん、変なの。わるいこ一緒にやろうなんて、おかしいよ。」
胡蝶「そうかな?」
緋月「でも、楽しそう!」
緋月は、胡蝶に手を伸ばした。
二人は、笑いあった。