【35話】本気の喧嘩
それから何日もの間、緋月が彼女と会い続け、宿で胡蝶たちと顔を合わせることは無かった。
そして、ある日の朝。
緋月「ふぁ〜。」
緋月が起きると、宿のみんながリビングで朝食をとっていた。
緋月「(欠伸をしながら)おはよ。」
すると、皆が緋月の方を一斉に見た。
聖雷「おはよう、ひっきー。久しぶりだね。」
緋月「ん?そうかな…。」
聖雷「ちょっと話しながらご飯食べようよ。さ、座って。」
緋月「うん…。」
マーリンさんが緋月の分の朝食を取り分け、テーブルに置いた。
緋月「いただきます。」
マーリン「召し上がれ。」
ご飯を食べ始める。それと同時に、聖雷が話し始めた。
聖雷「ねぇ、ひっきー。最近どうして帰ってくるのが遅いの?」
緋月「ん?友達と遊んでるだけだよ。」
聖雷「夜は遅くまで帰ってこないし、朝起きたらすぐ出ていっちゃうし、心配だったんだよ。」
緋月「ごめんごめん。」
胡蝶は黙って緋月の目を見ていた。
マーリン「そうねぇ…。1日1時間は勉強するって約束、どこに行ったのかしら。」
緋月「うっ…。」
緋月がものを喉に詰まらせる。急いでお茶を飲む。
緋月「ぷはぁ…。」
聖雷「罰が当たったんだよ。僕、知ってるもん。ひっきーのひみつ。」
緋月「秘密…?」
聖雷「ひっきー、彼女できたでしょ。」
緋月「うっ…。」
今度はお茶を吹いてしまった。咳き込む緋月。
聖雷「…図星だね。」
緋月「聖雷っち、するどい〜。」
緋月が聖雷をからかうように笑った。
聖雷「今日さ、せっかく朝ごはん一緒に食べられてるんだし、遊びに行こうよ。」
緋月「今日〜?」
聖雷「たまには僕達とも遊ぼうよ。」
緋月「ごめん、彼女と遊ぶ。」
聖雷「んー、じゃあ、明後日とか。」
緋月「その日も…彼女と遊ぶんだ。ごめん。」
聖雷「そっか…。」
すると、胡蝶が口を開いた。
胡蝶「緋月。彼女ができて嬉しいのは分かるが、浮かれすぎじゃないか。」
胡蝶の言葉にカチンとくる緋月。
緋月「なんなの、羨ましいの?」
胡蝶「違う。ただ、最近の緋月は掃除当番も勉強もまともにやっていないで遊んでばっかり。それはどうかと思う。」
緋月「ん?じゃあ掃除当番明日やるよ。今日は無理。」
胡蝶「…。」
胡蝶はため息をついた。
緋月「…あ。俺っち、来週1週間帰ってこないから。」
胡蝶「…は?」
緋月「彼女のお家に泊まる。だからご飯要らないや。」
すると、胡蝶が立ち上がった。
胡蝶「…貴様、どこまで無神経なんだ。」
緋月「え?」
胡蝶「貴様は、周りに迷惑をかけていることが分からないのか。」
胡蝶が声を荒らげた。
緋月「分かってるって。まぁ、そう怒らないで…」
胡蝶「貴様がそんな奴だとは思わなかった。」
すると、リビングから出ていく胡蝶。
聖雷「胡蝶!」
声をかけたが、胡蝶が帰ってくる様子は無かった。
部屋に残されたマーリンと緋月と聖雷。
緋月「…。」
聖雷「ひっきー…。」
緋月「…意味わかんない。なんで胡蝶がキレるんだよ。」
聖雷「…きっと、ひっきーのことを思って言ってくれたんだよ。ああみえてすごく…」
緋月「あぁ!!うるさい!!!」
辺りが静まる。
緋月「あいつに何がわかんだよ!彼女のところに行こうが何しようがあいつには関係ないだろ。あー、もうイライラする。」
聖雷「ひっきー、胡蝶は悪くないよ。」
緋月「うるさい!!…聖雷も胡蝶と同じように思ってるんでしょ。迷惑だって。だったら、俺っちが宿から消えればいい。」
聖雷「違うよ、違うよ…。」
マーリン「…緋月ちゃん、落ち着いて。」
緋月「…宿なんかに二度と帰ってくるもんか。」
緋月が部屋から勢いよく出ていった。
聖雷「ひっきー…。」
*
街を歩く緋月。
緋月「…くそ!イライラする。」
足元にあった空き缶を勢いよく蹴った。しかし、イライラは収まらなかった。
緋月「…なんなんだよあいつ。偉そうに言いやがって。どうせ、俺っちの彼女のことが羨ましいんだろ。」
ぶつぶつと愚痴をいいながら歩いていると、後ろから初音が声をかける。
初音「緋月。あれ、早いね。」
緋月「初音!」
初音はビニール袋を持っていた。
初音「ごめんね、まだ買い物してるんだ。待ち合わせ時間まであと1時間あると思ってたのに、緋月を見かけたからさ。」
緋月「…全然いいんだ。俺っちがフラフラしてただけだから。」
緋月は初音と会うと、さっきのことなど無かったかのように笑顔になった。
初音「友達の家で待ってれば良かったのに。外は暑いから熱中症になっちゃうよ。」
緋月「いいのいいの。ねぇ、早く行こうよ。」
初音「じゃあ、お家に荷物置いたら行こうか。」
緋月「うん!」
二人はまた、街の中へ消えていった。
夜になっても、日付が変わっても、二人は一緒に居続けた。
初音の家。初音の手作りのご飯を食べていた。
緋月「おいしい。」
初音「ほんと?よかった。」
緋月はカレーをバクバクと食べた。その横で喜ぶ初音。
緋月「…本当に家にいていいの?」
初音「うん!うちの親、全然帰ってこないから大丈夫。」
緋月「そんなこと行ったら、住んじゃうもんね〜。」
初音「そしてら毎日会えるね。」
緋月「…その方が楽かも。あんな奴と一緒にいるよりかは。」
初音「何か言った?」
緋月「…うんうん。なんでもない。」
ご飯を食べ、お風呂に入り、初音と隣で寝る。緋月にとっては一番の幸せだった。
胡蝶たちのことなど、頭にも無かった。
*
宿のリビング。喧嘩をした日から、緋月は宿へ姿を現さなくなった。胡蝶も、食事以外でリビングに降りてくることは無くなった。
聖雷「…ひっきーと胡蝶、大丈夫かな。」
マーリン「そうねぇ…。何日も顔を見ていないわ。」
聖雷「胡蝶も全然しゃべってない。」
お茶を飲みながら会話するマーリンと聖雷。
マーリン「あんなことがあったから、二人とも頭を冷やしたいんでしょうね。」
聖雷「でも、心配だな。…珍しく2人が怒ってたから。帰ってこなかったらどうしよう。」
マーリンは優しく笑った。
マーリン「でも、本気で嫌いになってはいないと思うわ。」
聖雷「ほんと?」
マーリン「二人とも不器用なのよ。本当は心配してるのに冷たくしちゃうのね。」
聖雷「…そうかも。胡蝶、ひっきーのことになると本気で心配するから。」
マーリンは、シユウの方を見た。
マーリン「聖雷だって、シユウが突然居なくなったら心配するでしょ?それと同じよ。胡蝶も緋月ちゃんも不器用なんだから。」
聖雷「…そうだね。」
マーリン「とりあえず、今は様子を見ましょう。」