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僕たちは  作者: 猫眼鏡
138/160

【123話】一輪の花


*

 

 

 1週間後。白駒総合病院。


おばさん「永子さん。永子さん!」

 

 おばさんが病室に勢いよく入った。

 母のベッドの前に来ると、おばさんはすぐに母の顔を見た。

 

おばさん「……永子さん?」

母「……。」

 

 母はゆっくりと目を開けた。

 

母「……ふふ、お久しぶりね。」

おばさん「……永子さん!!」

 

 おばさんは、母に泣きついた。

 

母「もう、心配性なんだから。」

おばさん「…本当に、良かった…。」

 

 母が危篤になってから1週間後。

 懸命なお医者さんのお陰で、徐々に回復していった。

 そして、ついに目を覚ましたのだ。

 

母「ごめんね、迷惑かけて。」

おばさん「もう…だめよ。もう大丈夫なの?」

母「えぇ。今のところは元気よ。…ここから動けないけどね。」

 

 おばさんはほっとして椅子に座った。


母「…医師から聞いたわ。肺炎だってね。」

おばさん「そうね。あなたの体質上、肺炎にかかっただけでも生死をさまよったのよ。」

母「……。」

 

 すると、影楼が病室に入ってきた。

 

影楼「…母ちゃん!」

母「…翔。」

 

 影楼は、ゆっくり母に近づいた。

 

影楼「…母ちゃん、なんだよな?」

母「えぇ。翔、久しぶりね。」

 

 母は、影楼を自分の隣に来るように言った。

 影楼は母のベッドの端に座った。

 

母「…大きくなったわね。」

 

 母は、影楼の頭を撫でた。

 

影楼「……ぅ。」

 

 影楼は、泣きそうになるのをぐっとこらえた。

 

母「…今まで、どこに行ってたの?こんなに立派になって。」

影楼「…ごめん。ごめん…迎えに行かなくて。」

母「いいのよ。」

 

 影楼を慰める母。

 そして、母が入院していた期間のことを話した。

 

*

 

 

母「そうなの、森で暮らしてたのね。」

 

 母は、病み上がりで体力が無いはずだったが、元気に接してくれた。

 影楼が来てくれて、嬉しかったのだろう。

 

影楼「あぁ。愛に寂しい思いさせちゃいけないと思って…。」

母「でも、森は危険がいっぱいよ。よく暮らしてこれたわね。」

影楼「森って言っても、住宅街の近くにあるから熊とかは出ないよ。時々、狸が出るくらいさ。」

母「ふふ、いいわね。」

 

 すると、看護師がやってきた。

 

看護師「影沼さん、そろそろ熱測りますよ。」

母「わかりました。(影楼に)ちょっと待っててね。」

影楼「あぁ。」

 

 影楼とおばさんは母のベッドから少し椅子を離した。

 看護師が体温計を差し出すと、母は髪をかきあげておでこを出した。


看護師「35.5。元気が出てきたね。」

母「そうですか?」

看護師「きっと、息子さんが来てくれたからですよ。…それじゃあ、楽しんで。」

 

 看護師は去っていった。

 

母「ふふ、翔が来てくれたからだって。」

影楼「そんなことない。」

おばさん「いいわねぇ、翔くんが永子さんを救ったみたいで。」

 

 影楼は照れくさそうにした。

 

母「…それで、これからも森で暮らすの?」

影楼「…母ちゃんは、それでいいのか。」


 母は少し考えた。

 

母「えぇ。あなたの好きにしたらいいわ。」 

影楼「…怒らないの。」

母「…翔は、いつも突っ走ってて、自分勝手だけど…愛のことは絶対に想ってくれるから。…愛だけじゃないかもしれないけどね。」

影楼「…でも、俺は愛を殺した。」

母「まだ引きづってるのね…。」

影楼「今でも夢に出てくるよ。…ずっと、俺は愛を探してるんだ。」

 

 母は窓の外を眺めた。

 

母「あなたは、愛を殺していないわ。」

影楼「…それは嘘だ。俺があの日、愛から目を離さなければ…。」

母「もしかしたら、翔も一緒に崖から落ちてたかもしれないでしょ。」

 

 母の言葉に黙る影楼。

 

母「…あなたのせいじゃないわ。」

影楼「…。」

母「……もう。こんな話したくないのに。」

 

 母は少し時間を置くと、再び話しかけた。

 

母「ねぇ、森にいたい理由って他にあるの?」

影楼「…ない。」

母「愛を見守っていたいだけ?」

影楼「…あぁ。」


 すると、母が棚の中から封筒を取り出した。

 それを手伝うおばさん。

 

母「翔、これ。」

 

 封筒を影楼に渡した。

 

影楼「…?」


 中身を見てみようとするが、影楼はすぐに戻した。

 

影楼「…は!?」

母「あなたが使いなさい。」

影楼「どうして。」

母「あなたは、これから一人で生きていくのよ。森にしても、家にしてもね。」

影楼「母ちゃんは帰ってこないのかよ。」

母「まだ分からないわ。…だから、ね。」

 

 影楼は、封筒を握りしめた。

 

影楼「……ありがとう。……森で、暮らすよ。愛のため、母ちゃんのためにも。」

 

 母は影楼を抱きしめた。

 影楼は震える手で母の腰に手を回した。

 

 母のベッドの棚の上に、1輪の花。

 その花は、ゆらゆらと風に揺られていた。

 

*

 

 

シユウ「…。」

 

 山の頂上。

 静かに街の方を見るシユウ。

 すると、下から声が聞こえてきた。

 

聖雷「シユウー!」

 

 聖雷は山を登ってきた。

 

聖雷「やっと追いついた…。早いねぇ、シユウは。」


 シユウは、じっと街の方を見ている。

 

聖雷「どうしたの?」

 

 聖雷も街の方を眺めた。

 

聖雷「…綺麗だね。ここから見る景色は、いつも変わらなくて。シユウと一緒に何回見たかな。」

 

 すると、シユウはいきなり頂上から下り始めた。

 

聖雷「あ、あれ。ちょっと…!」

 

 聖雷もゆっくり降りようとする。

 すると、シユウはすぐに帰ってきた。

 

シユウ「にゃん。」

 

 シユウの口には、一輪の花。

 

聖雷「…なに?」


 シユウは花を聖雷の前に置いた。

 

シユウ「にゃん。」

聖雷「僕にくれるの?」

シユウ「にゃ!」

 

 聖雷は花を拾った。

 

聖雷「この花は?なんて言うんだっけ。」

シユウ「にゃー。」

聖雷「分からない、か。」

 

 聖雷は花を空に掲げた。

 花は風で飛んで行った。

 

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