【123話】一輪の花
*
1週間後。白駒総合病院。
おばさん「永子さん。永子さん!」
おばさんが病室に勢いよく入った。
母のベッドの前に来ると、おばさんはすぐに母の顔を見た。
おばさん「……永子さん?」
母「……。」
母はゆっくりと目を開けた。
母「……ふふ、お久しぶりね。」
おばさん「……永子さん!!」
おばさんは、母に泣きついた。
母「もう、心配性なんだから。」
おばさん「…本当に、良かった…。」
母が危篤になってから1週間後。
懸命なお医者さんのお陰で、徐々に回復していった。
そして、ついに目を覚ましたのだ。
母「ごめんね、迷惑かけて。」
おばさん「もう…だめよ。もう大丈夫なの?」
母「えぇ。今のところは元気よ。…ここから動けないけどね。」
おばさんはほっとして椅子に座った。
母「…医師から聞いたわ。肺炎だってね。」
おばさん「そうね。あなたの体質上、肺炎にかかっただけでも生死をさまよったのよ。」
母「……。」
すると、影楼が病室に入ってきた。
影楼「…母ちゃん!」
母「…翔。」
影楼は、ゆっくり母に近づいた。
影楼「…母ちゃん、なんだよな?」
母「えぇ。翔、久しぶりね。」
母は、影楼を自分の隣に来るように言った。
影楼は母のベッドの端に座った。
母「…大きくなったわね。」
母は、影楼の頭を撫でた。
影楼「……ぅ。」
影楼は、泣きそうになるのをぐっとこらえた。
母「…今まで、どこに行ってたの?こんなに立派になって。」
影楼「…ごめん。ごめん…迎えに行かなくて。」
母「いいのよ。」
影楼を慰める母。
そして、母が入院していた期間のことを話した。
*
母「そうなの、森で暮らしてたのね。」
母は、病み上がりで体力が無いはずだったが、元気に接してくれた。
影楼が来てくれて、嬉しかったのだろう。
影楼「あぁ。愛に寂しい思いさせちゃいけないと思って…。」
母「でも、森は危険がいっぱいよ。よく暮らしてこれたわね。」
影楼「森って言っても、住宅街の近くにあるから熊とかは出ないよ。時々、狸が出るくらいさ。」
母「ふふ、いいわね。」
すると、看護師がやってきた。
看護師「影沼さん、そろそろ熱測りますよ。」
母「わかりました。(影楼に)ちょっと待っててね。」
影楼「あぁ。」
影楼とおばさんは母のベッドから少し椅子を離した。
看護師が体温計を差し出すと、母は髪をかきあげておでこを出した。
看護師「35.5。元気が出てきたね。」
母「そうですか?」
看護師「きっと、息子さんが来てくれたからですよ。…それじゃあ、楽しんで。」
看護師は去っていった。
母「ふふ、翔が来てくれたからだって。」
影楼「そんなことない。」
おばさん「いいわねぇ、翔くんが永子さんを救ったみたいで。」
影楼は照れくさそうにした。
母「…それで、これからも森で暮らすの?」
影楼「…母ちゃんは、それでいいのか。」
母は少し考えた。
母「えぇ。あなたの好きにしたらいいわ。」
影楼「…怒らないの。」
母「…翔は、いつも突っ走ってて、自分勝手だけど…愛のことは絶対に想ってくれるから。…愛だけじゃないかもしれないけどね。」
影楼「…でも、俺は愛を殺した。」
母「まだ引きづってるのね…。」
影楼「今でも夢に出てくるよ。…ずっと、俺は愛を探してるんだ。」
母は窓の外を眺めた。
母「あなたは、愛を殺していないわ。」
影楼「…それは嘘だ。俺があの日、愛から目を離さなければ…。」
母「もしかしたら、翔も一緒に崖から落ちてたかもしれないでしょ。」
母の言葉に黙る影楼。
母「…あなたのせいじゃないわ。」
影楼「…。」
母「……もう。こんな話したくないのに。」
母は少し時間を置くと、再び話しかけた。
母「ねぇ、森にいたい理由って他にあるの?」
影楼「…ない。」
母「愛を見守っていたいだけ?」
影楼「…あぁ。」
すると、母が棚の中から封筒を取り出した。
それを手伝うおばさん。
母「翔、これ。」
封筒を影楼に渡した。
影楼「…?」
中身を見てみようとするが、影楼はすぐに戻した。
影楼「…は!?」
母「あなたが使いなさい。」
影楼「どうして。」
母「あなたは、これから一人で生きていくのよ。森にしても、家にしてもね。」
影楼「母ちゃんは帰ってこないのかよ。」
母「まだ分からないわ。…だから、ね。」
影楼は、封筒を握りしめた。
影楼「……ありがとう。……森で、暮らすよ。愛のため、母ちゃんのためにも。」
母は影楼を抱きしめた。
影楼は震える手で母の腰に手を回した。
母のベッドの棚の上に、1輪の花。
その花は、ゆらゆらと風に揺られていた。
*
シユウ「…。」
山の頂上。
静かに街の方を見るシユウ。
すると、下から声が聞こえてきた。
聖雷「シユウー!」
聖雷は山を登ってきた。
聖雷「やっと追いついた…。早いねぇ、シユウは。」
シユウは、じっと街の方を見ている。
聖雷「どうしたの?」
聖雷も街の方を眺めた。
聖雷「…綺麗だね。ここから見る景色は、いつも変わらなくて。シユウと一緒に何回見たかな。」
すると、シユウはいきなり頂上から下り始めた。
聖雷「あ、あれ。ちょっと…!」
聖雷もゆっくり降りようとする。
すると、シユウはすぐに帰ってきた。
シユウ「にゃん。」
シユウの口には、一輪の花。
聖雷「…なに?」
シユウは花を聖雷の前に置いた。
シユウ「にゃん。」
聖雷「僕にくれるの?」
シユウ「にゃ!」
聖雷は花を拾った。
聖雷「この花は?なんて言うんだっけ。」
シユウ「にゃー。」
聖雷「分からない、か。」
聖雷は花を空に掲げた。
花は風で飛んで行った。




