【111話】円香のともだち
円香「…。」
円香はうつむいたまま手紙で顔を隠していた。
円香「……お父さん………お母さん…。」
円香はついにしゃべり始めた。
円香「……ごめんなさい。」
会場の目が一気に円香に集まる。
すると、円香は持っていた手紙をその場で捨てた。
ざわつく会場。
円香「私は…三年間、ずっと友達がいませんでした。」
会場がもっとざわつく。
緋月「円香っち…!」
小夜「円香…!」
両親の方を見ると、静かに聞いていた。
円香「…話す友達がいなくて…一人で帰っていました…。…お父さんとお母さんには…ずっと…嘘をついていました…。」
円香は涙を流しながらスピーチを続けた。
円香「…ごめんなさい…。…この嘘を…最後の発表会で言うことができて、よかったと…思います…。」
円香が礼をした。円香に拍手が送られた。
緋月「…ちゃんと、言えたんだね…。」
円香が舞台裏にはけていった。
みんながしっかりとそれを見送った。
*
発表会が終わると会場を出て、区民館の入り口で円香を待つことにした。
緋月「…円香っち、来ないね。」
演奏者たちがどんどん会場から出てきて、保護者と合流していく。
円香はまだ来なかった。
小夜「そんなにすぐは来ないだろう。」
緋月「そうだね。」
小夜「…ああいうことがあったんだ。」
緋月「落ち込んでないといいけど…。」
すると、円香が現れた。
緋月「あ。」
円香「…。」
小夜「お疲れ。」
円香「…うん。」
円香は困った顔をしていた。
円香「緋月くん、乱夢ちゃん。…最後までいてくれて、ありがとう。」
緋月「全然。円香っちの演奏、すごかった!」
小夜「あぁ、初めて聞いたがかなり綺麗な音色だった。」
円香「聴いてくれて嬉しいよ…。」
小夜は、スピーチであったことを敢えて円香に聞いてみた。
小夜「…円香、さっきのスピーチのことなんだが…。」
緋月「さ、小夜っち!」
円香「ううん、いいの。」
円香は口元が少し引きつっていた。
円香「二人のおかげだよ。はっきり、言えたから…。」
小夜「…本当に、それでいいのか。」
円香「うん…。」
緋月「きっと、分かってくれるはずだよ、お母さんたちだって。」
円香「合わせる顔、ないや。」
小夜「…。」
すると、円香の両親がやってきた。
円香の母「円香…!」
両親は真剣な顔つきだった。
円香の父「円香…。」
円香「…。」
円香の母「茉莉衣さんたちも…。」
すると、円香は行動した。
円香「お父さん…お母さん…。」
円香は、頭を下げた。
円香「ごめんなさい。…今まで嘘ついて…。」
緋月「…。」
円香の父は、円香に頭を上げるように言った。
円香の父「…円香が、友達を連れてくるとは最初から思っていなかったぞ。」
円香「え。」
円香の父「俺は…お父さんだ。だから、円香がどんな性格なのか、わかっているはずだ。…だから、円香が嘘ついているのもわかってたんだ。」
円香「…え。」
円香の目が潤んでいるのがわかる。
円香の母「そうね…私も、薄々分かっていたわ。でも、円香がピアノを楽しんでやってるなら、いいと思っていた。」
円香「…なんで。」
円香は手で顔を隠した。
円香の父「でも、大丈夫だ。今日、初めての友達ができたじゃないか。」
円香「え。」
円香の父「後ろをみてごらん。円香の、素敵な友達がいるじゃないか。」
円香がゆっくり振り返った。そこには、緋月と小夜が笑顔で立っていた。
緋月「俺っち…うまく友達になれるか分からないけど…よろしくね!!」
小夜「あまり…器用な方じゃないんだ。…それでもよかったら。」
小夜と緋月は手を差し出した。
円香「……あ、、、」
円香はまた泣き出した。緋月が励ました。円香は、緋月たちの手を握った。
円香「あ…りがとう…。緋月くん…乱夢ちゃん…!」
両親は目を合わせ、安心していた。
円香「お父さん、お母さん。友達、できたよ!」
円香は今までにない笑顔を見せた。
*
円香「今日はありがとうね。」
帰り道。円香と両親と緋月たちは区民館の前の道で分かれることにした。
緋月「うん!こちらこそ!だよ!」
円香の父「2人とも、円香をよろしくな。」
小夜「はい!」
円香の母「うちに遊びに来てもいいからね。」
緋月「ほんと?やったー!」
円香「来ていいよ!お菓子用意して待ってる!」
そして、両親と円香は歩き出した。
円香「じゃあね。」
円香の母「ありがとね…!」
緋月「じゃーねー!」
小夜「また今度!」
お互いに手を振りあった。
円香たちと緋月たちは分かれた。
緋月たちは歩き出した。
緋月「…これで、よかったんだよね。」
小夜「うん。すっきりした。」
緋月「俺っち…ちゃんとした友達は小夜っち以来かも。」
小夜「そうなの?」
緋月「宿のみんなと、円香っち。それだけだよ。でも、それで十分だよ。」
小夜「…そうだな。多いからって、仲がいいってこともない。」
すると、緋月は立ち止った。
緋月「あのさ…。」
小夜「?」
緋月「…俺っち…。」
緋月は、少しもじもじとしていた。
小夜「なぁに?」
緋月「……。」
沈黙が続いた。
小夜「?」
緋月「…なんでもないや。」
小夜「…なんやねん。」
小夜に軽く叩かれる。
小夜「もう、期待して損した。」
小夜は呆れて歩いていった。
緋月「……まだ、早いかな。」
緋月は心を切り替えると、小夜を追いかけて走っていった。




