【110話】ピアノの発表会
発表会当日。
緋月「ここかな。」
小さなホールがある区民館に来た緋月たち。そこには、〝第37回ピアノ発表会″の看板。
緋月たちは受付の前で待機していた。
緋月「入場まであと15分か。早くついたね。」
小夜「ね。ちょっとそこらへんぶらぶらする?」
緋月「そうだね。」
緋月たちは、近くのベンチに腰掛けた。
緋月「俺っち、ピアノの発表会とか見るの初めて。」
小夜「俺も。」
緋月「友達のフリを抜きにしても普通に楽しめるんだけどなー。」
小夜「ねぇ、あの人。」
小夜の目線の先には2人の男女。夫婦のようだった。
受付の前で待っているようだった。
緋月「うわぁ、俺っちたちの他にも早く来た人がいたんだね。」
小夜「そうじゃなくて、円香の両親かも!」」
緋月「えぇ!?」
夫婦はこっちに気が付くと寄ってきた。
女性「あのー、もしかして、翼の友達?」
緋月「あ、そ、そうです!」
緊張でカミカミの緋月にそれをうまくフォローする小夜。
小夜「はい。円香ちゃんのお母さんですか?」
翼の母「えぇ!いつも翼がお世話になってます。」
翼の母は嬉しそうに握手をした。
すると、翼の父も挨拶をした。
翼の父「翼は、学校でちゃんと馴染めているか?」
緋月「え、えぇ、な、馴染めて、いるとおもいますぅ…。」
翼の父「それはよかった!」
緋月の分かりやすいウソに呆れる小夜。
小夜「円香ちゃんの演奏、楽しみにしていますね。」
翼の母「そうね。実は、発表会はこれで最後にするつもりなのよ。」
緋月「えぇ!?」
小夜「聞いたでしょ。」
緋月「あ!そっか。」
小夜「はい。聞きました。」
翼の母「本当はもっと続けていきたいのだけど、受験がね…。」
翼の父「君たちも、受験生だろう?わざわざ翼のために来てもらって、悪いな。」
小夜「いえ、そんなこと。」
緋月「円香っちの演奏、聴きたいですから。!」
翼の父「それは嬉しいね。」
翼の母「…女の子の方は、乱夢ちゃんだったかしら。」
小夜「はい。」
翼の母「あなたは、円香からよく聞いていますよ。〝すごく優秀な子”って。」
小夜「そんなことないですよ。」
円香翼は、学年の中でもかなり優秀な方だった。現在の学年順位のTOPは小夜だが、小夜が不登校の期間はずっと円香が
1位だった。
翼の母「よかったら、あの子に勉強教えてやって。」
小夜「は、はい…。」
話しているうちに、受付が開いた。
翼の母「じゃあ、またね。楽しんで。」
緋月「はい!」
2人は受付に向かった。
緋月「すっごい円香っち思いだったね。」
小夜「そうだね。」
緋月「全然、本当のことを言っても許してくれそうなのに。」
小夜「でも…本当の両親の顔は分からないんだよ。娘に対する愛情が、逆に娘のとって重いこともある。両親は、本当に円香のことをわかってるとは限らない。」
緋月たちも受付へ向かった。
*
会場へ入り、座席に座った緋月たち。
緋月「おぉ、舞台だ!」
小規模のホールであったが、舞台や客席はしっかりとしていた。舞台には、1台のピアノ。
一番後ろの席で、2人並んで座った。
緋月「あそこで円香っちがピアノ弾くんだー。」
小夜「そろそろ始まるよ。」
すると、次第に暗くなり始めた。いよいよ発表会の始まりだ。
舞台に明かりがつくと、司会の人がやってきた。
司会「本日は第37回ピアノ発表会にご来場いただき、誠にありがとうございました…」
司会者は注意事項などを話し、舞台裏にはけていった。
緋月「楽しみだなぁ!」
観客の拍手。演奏者が出てきた。
演奏者が一礼をして、ピアノの演奏を始めた。
緋月「うわぁ、すごい!」
迫力のある音色に圧倒させられる客たち。
演奏が終わると、一斉の拍手が送られた。
小夜「素晴らしいな。」
すると、演奏者は舞台の真ん中に立った。
どうやら、演奏の後はスピーチをするらしい。
演奏者「お父さんへ。この曲は…」
円香よりも幼い子がスピーチをしていた。
演奏者「…いつもありがとう。4歳の時からピアノを…」
緋月たちは小声で話した。
緋月「このスピーチ、円香っちもやるってことでしょ?」
小夜「そうらしいな。」
緋月「お母さん、喜びそうだね。」
小夜「…。」
演奏者のスピーチが終わると、すぐに退場した。
*
そして、いよいよ円香の番となった。
緋月「お、次は円香っちだ!」
円香が入場する。緊張しているようだった。
小夜「(がんばれ…!)」
円香はピアノの椅子に座った。そして、鍵盤に手をかけた。
豊かなメロディーが流れる。繊細に動かす指から、旋律が奏でられる。
緋月「すっげぇ…。」
何十年間もの努力がたった今1つの曲として、聴かれていた。
小夜「大したもんだな。」
円香は5分もの間、美しいメロディーを奏で続けた。
そして、演奏が終わった。
拍手に包まれる円香。
円香が前にいくと、紙を広げた。スピーチの始まりだった。
円香「…お父さん、お母さん。…今日は、最後の発表会に来てくれて、ありがとうございました。私は、とても幸せです。」
小夜がふと客席の前の方をみると、円香の両親がいた。娘をじっと見ていた。
円香「…家で練習しているとき、お母さんは優しく教えてくれました。そして、お父さんは私が挫けると毎回「挫けるな、まだまだ先がある。」と言って励ましてくれました。ピアノの先生は、いつも厳しく教えてくれました…」
円香は、ゆっくりと丁寧にスピーチをしていった。
しかし、だんだんと円香の様子がおかしくなっていった。
円香「学校では…先生にピアノの…ことで褒められたり…勉強も…よく頑張って…いるといわれました…。私…は…たくさん…の…ともだちに………」
円香は黙り込んでしまった。
緋月「円香っち…?」
会場はざわざわとしていた。当然、両親は心配していた。
客席で見ていたピアノの先生と思われる人も不思議に思っていた。
緋月「円香っち、どうしたんだよ!」
円香はそれでもスピーチを再開しなかった。
小夜「円香…。」




