【97話】かみさまの星座
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森の中。
葉が風になびいて、ゆらゆらと揺れている。
聖雷「シユウ!おまたせ!」
シユウ「にゃー。」
聖雷は大きなリュックを背負い、街の方から現れた。
シユウは森の方へ案内する。
シユウ「にゃー。」
聖雷「こっち?」
シユウ「にゃ!」
シユウに導かれ、森の中を進む。
聖雷「あ、そうだ。シユウ!」
ポケットの中から取り出したのは、赤い小さなリボンだった。
聖雷「見てこれ。孤児園のみんながつくってくれたんだ。」
シユウ「?」
シユウの首にリボンを巻き付け、優しく結びつける。
聖雷「にあってるよ!」
シユウは嬉しそうにしていた。
すると、前にマーリンが現れた。
マーリン「聖雷、シユウ。」
聖雷「マーリンさん!」
マーリン「やっと揃ったわね。」
マーリンはさらに森の奥へ案内した。
すると、小さな小屋のようなものが見えてきた。
聖雷「なあに?あれ。」
シユウ「にゃ!」
近くまで行ってみると、それは。
マーリン「…ようこそ。私の宿へ。」
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マーリン「…今話したことが、私がかみさまになった理由よ。…信じられないでしょう?」
5人は、マーリンの話をじっと聞いていた。
マーリン「正直、全部信じてもらえなくていいのよ。…ただ、知っておいてもらいたかっただけよ。」
すると、5人は顔を合わせた。
小夜「かみさまって言うのは信じ難いけど…。この森を守っているのは分かった。」
マーリン「えぇ。」
緋月「森の中のこととか、よく知ってるもんね。」
マーリンは少し笑顔を見せた。
マーリン「そうね…。」
しかし、元気がないようにも見えた。
影楼「…俺らのこと、あんま信じていないようだな。」
マーリン「…ニンゲンに、このことを話したことが無かったから…。」
影楼「俺らが初めてってことか。」
影楼がふと横を見ると、聖雷が突っ立っていた。
聖雷は呆然としていた。
聖雷「……。」
胡蝶「聖雷、大丈夫か?」
聖雷「………うん。」
マーリンは聖雷を見て悲しそうな顔をした。
マーリン「聖雷にも、真実はずっと話してなかったのよ。…ごめんね。」
聖雷「…。」
すると、聖雷は口を開いた。
聖雷「マーリンさんは、本当にかみさまなの?」
マーリン「……そうよ。」
聖雷「…嘘じゃなかったんだ。」
マーリン「えぇ。」
マーリンはシユウの方を一瞬だけ見たあと、5人に向かってまた話した。
マーリン「実はね、もう一つだけ隠していたことがあるの。」
5人「?」
マーリン「…。」
マーリンはゆっくり話し始めた。
マーリン「…私の宿は、もうすぐ終わりを迎えるのよ。」
緋月「え…。」
5人は驚き、固まっていた。
聖雷「それって…どういうこと。」
マーリン「少なくとも、もう来年には無くなるわ。」
緋月「どうして。」
マーリン「…私はね、もともと魔法が使える訳じゃないのよ。母から教わって、それで魔法を習得してこの宿をつくった。…でも、魔法を使うにあたっての副作用があるの。」
影楼「…なんだそれ。」
マーリン「魔法をある程度習得すると、不老不死になってしまうのよ。」
緋月「…不老不死?」
小夜「歳を取らないし、死なないってこと。」
緋月「え!?」
胡蝶「不死身ってことだ。」
聖雷「…!」
聖雷はあることに気がついた。
聖雷「マーリンさん、昔から何も変わってない。僕が小さい時に初めて会った時からずっと。」
マーリン「そうよ。私は昔から姿が変わっていないでしょう?それに、猫が生きられる年数を遥かに超えているわ。」
影楼「…それはそれで、不便だろうなァ。」
マーリン「魔法を習得したあの日から、不老不死になった。でも、魔法を捨てるか、誰かに教えればどんどん魔法は弱まって、最終的には使えなくなっていくわ。…それで、私はここ最近でどんどん魔法の力が弱まっていってるのよ。」
シユウはマーリンの目を見た。
マーリン「…シユウに、魔法を教えたから。」
5人「…。」
聖雷「シユウに…?」
マーリン「話したでしょう?シユウに、魔法を教えたって。」
緋月「…てことは、シユウっちもフジミってこと〜?」
マーリン「そうね。聖雷なら何となく気がついているでしょう?」
聖雷「…うん。」
マーリン「ただ、シユウには魔法をある程度までしか教えていないわ。だから、宿を守ったり隠したりすることはできない。…だから、宿を壊すしかないのよ。」
沈黙。
5人の中には、宿が無くなるということに対して様々な感情が入り乱れていた。
聖雷「…僕たち、どうなっちゃうんだろう…。」
緋月「…。」
影楼「しょうがねぇだろ、普通に暮らすしかねぇ。」
聖雷「でも僕…マーリンさんと、シユウと、みんなと一緒にいたいよ…。せっかくできた友達と別れたくない。」
胡蝶「聖雷…。」
聖雷はとうとう泣き出してしまった。
優しく肩を撫でる胡蝶。
緋月「俺っちたちも、宿が無くなったら悲しい…。」
小夜「うん…。」
マーリン「持って、3月までよ。」
聖雷「3月…?」
3月。それは、小夜たちは中学を卒業する月だった。
マーリン「3月までは、なんとか持たせてみるわ。…だから、それまでに坊やたちは自分の居場所を見つけなさい。」
緋月「…。」
聖雷「そんなの…ここ以外にないよ…。」
悲しみに暮れていると、シユウが5人の前に現れた。
シユウ「………宿のみんな。」
シユウが言葉を使いだしたことに驚く。
聖雷「え…シユウ!?」
シユウは、しっかりと5人を見つめ、真剣な表情で語った。
シユウ「……ずっと、隠していた。我からも、謝りたい。…ごめんなさい。」
聖雷はシユウを抱きしめた。
聖雷「うぅ…。シユウ…僕も…ごめんなさい…。」
聖雷とシユウが抱き合った。
マーリンは、小夜たちに近寄り頭を撫でた。
マーリン「ごめんね。…言えなくて。」
小夜「……言ってくれて、ありがとうございます…。」
緋月「マーリンさん、辛かったんだね。」
マーリン「…分かってくれて嬉しいわ。」
シユウはマーリンと顔を合わせた。
シユウ「我は、マーリンから魔法を教わった。だから、森を守るかみさまとなる。…だから、どうかマーリンを責めないでほしい。頼む。」
聖雷「…うん。責めないよ。」
5人とシユウとマーリンは約束を交わした。
*
やがて宿へ戻り、小夜や影楼が家に帰ると、宿の中は5人に取り残された。
宿のリビング。
マーリン「ほら、そろそろお風呂入りなさい。」
緋月「あーーい。」
リビングで寛いでいた緋月が、お風呂場に向かって歩き出す。
テーブルの横には胡蝶が座っていた。
膝の上にはシユウがいた。
胡蝶「…あいつも、疲れただろうな。」
マーリン「そうね。非現実的な話ばかりされた後だから、疲れて眠いはずよ。」
胡蝶「ああみえて、考えてるタイプだしな。」
シユウ「にゃん。」
胡蝶はリビングの外への扉を見た。
胡蝶「そういえば、聖雷はどこへ行ったんだ。」
マーリン「うーん、お風呂上がってから見てないわね。部屋にいるのかしら。」
胡蝶「そっか。」
マーリン「見てくるわね。」
マーリンはリビングを出ていった。
*
ラウンジ。
外を眺める聖雷。
マーリン「…聖雷、どうしたの。」
聖雷は振り返った。
聖雷「マーリンさん。」
聖雷は、マーリンを見ると笑顔になった。
聖雷「ねぇ、見て。あれ。」
聖雷は空に指を指した。
マーリンもつられて見てみる。
聖雷「あれは、はくちょう座。…覚えるかな、僕とシユウとマーリンさんで遊んだ夕方のこと。」
マーリン「…覚えてるわよ。」
聖雷「ほんと?嬉しいな。」
空には大きなはくちょう座があった。
聖雷「何年ぶりかな、あんなに綺麗なはくちょう座が見えたのは。もしかしたら、あの時以来かもしれない。…なんてね。」
マーリン「でも、すごく綺麗だわ。」
2人はしばらく夜空を見上げていた。
聖雷「ねぇ、マーリンさん。」
マーリン「なあに。」
聖雷「……マーリンさんも、かみさまなんだよね。」
マーリン「…そうよ。」
聖雷「かみさまが、猫に化けたんだね。だから、マーリンさんとは話ができるんだね。」
マーリン「え。」
聖雷は星を眺めながらにっこりと笑うと、ベンチに置いてあった本を空に掲げた。
聖雷「かみさまの星座だね、マーリンさん!」
聖雷が空に本を掲げた瞬間、はくちょう座が強く光出した。
マーリンは、その光景をずっと見ていた。
星の光を浴びながら、いつまでも純粋な聖雷の姿に、マーリンは心を癒されたのであった。
3月。そこまでの道は、短く感じた。
居場所を見つけ、マーリンが宿を壊す時にみんながそれぞれの道へすすめるように、努力していこうと誓ったのだった。




