【95話】やさしい少年
*
とある日の夜。
マーリンは魔法で作り上げた住処で寝ようとしていた。
すると、子猫が入ってきた。
子猫「…。」
マーリン「…どうしたの?」
子猫「……。」
子猫は、マーリンに何かを伝えようとしていた。
マーリン「?」
子猫「…マーリン。」
マーリン「どうしたの。」
子猫「…我は…いつになったら成長する。」
マーリン「え。」
マーリンは起き上がり、子猫の方へ歩み寄った。
子猫「魔法を教わり始めてから、体が成長しないような気がするんだ。」
マーリン「え…。」
子猫は、マーリンが魔法を教え初めてから成長をしなくなっていた。
いつまで経っても小さいその身体に、子猫自身が疑問を抱いていた。
マーリン「…。」
子猫「…どうした。」
マーリンは黙り込んでしまった。
子猫は少し怪しんだ。
マーリン「…ごめんなさい。」
子猫「…?」
マーリン「…それは、魔法を教えたからなのよ。」
子猫「…?」
マーリン「魔法を私が教えるとね、あなたの成長が止まってしまうのよ。」
子猫「…!」
マーリン「隠してて、ごめんなさい…。」
子猫「…。」
子猫は黙ったままだった。
マーリン「でも、こんなに早くから効果が出るなんて…。」
マーリンは子猫の体をまじまじと見た。
子猫「…我は、どうなる。」
その問いに、静かに答えた。
マーリン「…どうもならないわ。私が死なない限りね。」
子猫「…。」
*
子猫の成長が止まってから何年か経った。
マーリンは、子猫が不老不死になったことが衝撃で、魔法を教えることを止めていた。
魔法を教わらなくなった子猫は、森で遊ぶようになった。
池に入ったり、木に登ったり、木の実の収穫を教わったりして、どんどん能力は上がっていった。
やがて、自給自足出来るようになってきていた。
そんなある日のこと。
子猫「マーリン。」
マーリンが住処で寛いでいると、子猫がやってきた。
マーリン「あら、どうしたの。」
子猫「……紹介したい友達がいる。」
マーリン「珍しいわね、友達なんて。」
子猫「…………ニンゲンなんだけど。」
マーリン「え。」
マーリンは“ニンゲン”という言葉を聞いて凍りついた。
子猫「だが、いいニンゲンなんだ。悪さはしない。」
マーリン「…ニンゲンねぇ。」
マーリンは、ニンゲンについて興味もあれば、母からの教えを聞いての不安もあった。
マーリン「…ニンゲンとは、言葉で話してる?」
子猫「いや。飽くまで猫としてだ。」
マーリン「そうねぇ…。」
子猫「…森で、子どものニンゲンを見つけたんだ。そこから毎日森に来るもんだから、追い払おうとした。でも、そいつは“友達になろう”って言ってきた。」
マーリン「…。」
子猫「名前も、つけてもらったんだ。」
マーリン「!」
子猫「“シユウ”って名前。」
マーリン「シユウ…。」
子猫「意味はわからねぇけど、気に入ってはいる。」
マーリン「そう。」
子猫「…なぁ、お願いだ。友達と会ってくれないか。」
マーリンは少し考えた。
マーリン「…そうね。あなたそこまで言うなら、一目見ておきたいわね。」
子猫「…ありがとう。」
マーリン「ただし…ただの猫ってことにしないとね。」
子猫は頷くと、マーリンにお礼を言った。
*
次の日。
昨夜の約束通り、子猫のニンゲンの友達に会うことになったマーリン。
大樹の木陰で待っていた。
マーリン「(…少し不安だわ。ニンゲンと、直接関わったことは無いから…。)」
すると、子猫が近づいてくる足音が聞こえてきた。どうやら、近くにニンゲンも一緒にいるようだった。
腹を括るマーリン。
子猫「にゃー。」
子猫の合図で、ニンゲンの前に姿を現す。
子猫の後ろにいたニンゲンは、想像よりも遥かに小さく、弱そうな少年だった。
そして、マーリンの姿を見た瞬間に驚いていた。
子猫「にゃぉん。」
子猫はマーリンと目を合わせると微笑んだ。
ニンゲンは、マーリンの姿を見ると目を丸くしていた。
ニンゲン「…シユウのおともだち?」
子猫「にゃー。」
ニンゲンは、恐る恐るマーリンに近づく。
マーリン「にゃぉーん。」
ニンゲン「…おとなのねこさんかな?」
マーリン「…。」
ニンゲンは、マーリンのことを指先でつんつんとつついた。
マーリン「(…この子、私が怖くないのかしら。)」
ニンゲン「わぁ、もふもふ。」
マーリンの背中を小さな手で撫でた。
マーリン「(子供のニンゲンって、こんなにも怖いもの知らずなのかしら。)」
マーリンは全く警戒しないニンゲンに対して、少し困惑していた。
マーリン「にゃ、にゃぁ…。」
ニンゲン「よしよし。シユウのおともだちですか?」
ニンゲンは興味津々で問いかけた。
マーリン「…ん、にゃぁ。」
ニンゲン「そうなんだ!じゃあ、ぼくともおともだちになろうよ!」
そう言うと、ニンゲンは立ち上がり、胸を張った。
ニンゲン「ぼくは、聖雷。よろしくね。」
子猫「にゃあ。」
聖雷という少年は、マーリンに優しく接した。
身体を撫でたり、言葉をかけてきたり、そこまで大したことはしなかったが、危険なニンゲンでは無いことが分かった。
それは、シユウも分かっていたようだった。
子猫の名前は、聖雷がつけた「シユウ」に決まった。聖雷もシユウもすごく気に入っているようで、マーリンも口出しできなかったのだ。
シユウの話によると、聖雷と出会ったのは森の中で、お互いの遊び相手だったらしい。
聖雷はほぼ毎日森に遊びに来てはシユウと遊んでいたので、次第に仲良くなった。
そして、マーリンが聖雷と出会ってからも、聖雷は毎日森に来ることは止めなかった。
*
森の中を駆ける聖雷とシユウ。
聖雷「うわぁー、負けた〜。」
聖雷がシユウとのかけっこに負けてしまった。
シユウ「にゃ。」
聖雷「やっぱりシユウは足が早いね。ぼく、勝てないよ。」
仲良く遊んでいる2人の姿を木の上で優しく見守るマーリン。
最近ではそれが日課になっていた。
聖雷「じゃあシユウ、こんどは木登りでたいけつだ!」
シユウ「にゃ!」
聖雷とシユウがこちらへむかってくる。
木の下で聖雷がマーリンに話しかけた。
聖雷「さきに木の上についた方がかちね!マーリンさん、見てて!!」
合図でスタートし、木を登り始めるシユウと聖雷。
聖雷「うぅぐ…。まけないぞ!」
聖雷が木にしがみつき、どんどん登っていく。
シユウは爪を引っ掛けながらもゆっくりと安定して登っていく。
聖雷「シユウ、早い…。」
そして、あっという間に聖雷は登りきった。
マーリン「にゃぉん!」
聖雷はシユウに勝った。
聖雷「やったぁ!」
聖雷は喜んでいた。シユウをすぐに木の上に上げ、枝のところで3人で座った。
聖雷「楽しかったね、シユウ。」
シユウ「にゃ。」
聖雷「またやろうね。」
シユウ「にゃー。」
気がつくと、もう日は落ちようとしていた。
聖雷「…かえらないとな。」
なんとなく空を見ると、うっすらと星が見えた。
聖雷「あ、星!」
シユウとマーリンも空を見る。
聖雷「はくちょう座だ!」
空に指を指す聖雷。
聖雷「みて、シユウ、マーリンさん。はくちょう座だよ。」
シユウ「にゃ?」
聖雷「えへへ、ぼくね、せいざの本もってるんだよ。…おいてきちゃったけど。」
マーリン「にゃーん。」
聖雷「でも僕、おぼえてるよ、はくちょう座。すっごく昔にね、かみさまがいたんだ。そのかみさまがはくちょうに化けたんだって。」
マーリン「…。」
聖雷「かみさまは、なんでもできるんだ。はくちょうにもなれるし、にんげんにもなれる。」
すると、シユウは聖雷の手を舐めた。
聖雷「シユウ?」
寂しそうにするシユウに、聖雷は頭を撫でた。
聖雷「えへへ。明日もくるからね。こんどこそ、絵本みせるね!」
シユウ「にゃー。」
聖雷はシユウとマーリンを抱きしめると、木の上から降りた。




