【94話】母からの教え
マーリン、?歳。
ある夏の日。
私は弱った母のために木の実を収穫し、住処である大樹の幹に戻った。
マーリン「おかあさん。」
?「…マーリン。ありがとう。」
母はすっかり痩せ細り、元気も無くなっていた。
マーリン「今日は食べられそう?」
?「…うん。食べないと、練習できないでしょ。」
マーリン「…。」
母が寝た状態から体を起こし、木の実をゆっくり食べ始めた。
?「美味しいわ…。ありがとう。」
マーリン「…。」
?「…マーリンも、ずいぶん大きくなったわね。1人で木の実も取りに行けて、魔法も使えて。」
マーリン「…おかあさん。」
?「なあに。」
マーリン「どうして。どうして、そこまでして、魔法を教え続けるの。」
?「…。」
マーリン「おかあさんは、魔法を教えてくれる度に体が動かなくなってる。なんで、おかあさんは魔法を私に教えるの。」
母へ言えずにずっと思っていたことが、声に出てしまった瞬間だった。
マーリン「もう…おかあさんが動けなくなるのはいやだ…。」
私はとうとう泣き出してしまった。
母は、黙り込んでしまった。
すると、母は私の頭を撫でた。
マーリン「え。」
?「…ごめんね、マーリン。私が弱くて。」
マーリン「…。」
?「全部、話さないと行けないわね。」
母は、魔法や森についてを全て話してくれた。
内容は衝撃的なものばかりだったが、母は真剣に、優しく教えてくれた。
そこで、私は知ってしまった。
本当の母の正体について。
*
冷たい雨が頬に当たる。
木の下で、雨が止むのを待つマーリン。
マーリンはもう大人になっていた。
マーリン「…。」
辺りは水溜まりが出来ているので、歩くことが出来なかった。
マーリンは木の下で動かずにいた。
マーリン「(今日も…寝るしかないわね。)」
木の根元で、体を丸めて温めた。今夜はここで寝る事を決めた。
すると、どこからか音が聞こえた。
マーリン「?」
辺りを見渡してみるが、何もいない。
マーリン「(…空耳かな。)」
しかし、音は止まなかった。
もう一度、聞き耳を立てて聞いてみると、その音の正体が分かった。
?「ニャー。ニャー。」
それは、子猫の声。
蚊の鳴くような子猫の声が聞こえた。
マーリン「…猫?」
マーリンは恐る恐る周りを探索した。
すると、草むらに白い影が見えた。
マーリン「…いた。」
草で隠れてよく見えなかったが、小さな白い子猫であることは分かった。
子猫は、1匹だけだった。
マーリン「(この雨の中、1匹は危ない。どこかへ連れていかないと。)」
マーリンは子猫を咥えると、さっきまで休んでいた木の下まで連れていった。
子猫「ミャア…。」
マーリン「(もう大丈夫よ。)」
雨で弱りきった子猫の体を優しく舐めるマーリン。
マーリン「(あなたは、どこからきたの。)」
子猫「ニャ!」
マーリン「?」
子猫「ニャー…。」
子猫の身体には、無数の傷。毛並みもかなり汚れていた。
マーリン「(捨て猫かしら…?)」
子猫「…ニャ…。」
首輪も何もついていないので、どうやら野生か捨て猫のようだった。
マーリンは、子猫を温めるように身体で抱きしめた。
マーリン「(…大丈夫よ。温めてあげる。)」
子猫「…ニャァ。」
子猫は安心したのか、マーリンのお腹で眠った。
マーリンはそれを見て、暖かい気持ちになった。
*
?「…マーリン。これから言うことを、しっかり聞くのよ。」
母は、真剣な顔で私の手を握った。
?「私はね…。この森を守る神様なのよ。」
マーリン「神様?」
?「えぇ。森に、悪いものとかが来ないように、見張っているのよ。」
マーリン「悪いものって…ニンゲン…?」
?「そうね。森で暮らす動物や植物を守るために私は生まれてきたのよ。」
マーリン「…そうなんだ。」
?「それでね、マーリンに魔法を教えていたでしょう?それは、マーリンが1人でも森を守れるようにするためよ。」
マーリン「私が、1人で森を守るの?」
?「そうよ。…いずれは、ね。」
私は、下を向いた。
マーリン「嫌だ。」
?「どうして?」
マーリン「1人は嫌だ。おかあさんと一緒がいい。」
?「でも、そうはいかないのよ。」
マーリン「?」
母は、少し時間を置いてから、言った。
?「……おかあさんはね、もう長くないのよ。だから、マーリンが山の神になるのよ。」
マーリン「え。」
?「あなたが、これからは森を守るのよ。」
母の言っていることは、あまりよく分からなかった。山の神様というのもなんなのか分からなかったし、母が苦しんでいる理由も分からなかった。
マーリン「できないよ。」
?「ダメよ。あなたはやるの。」
母は強く私に言った。
マーリン「…。」
?「私が魔法を教えたからには、マーリンは長く生きられるようになってるわ。だから、マーリンが一人前の神になって、魔法を誰かに教えられるようになるまでの間は、神として生きていくのよ。」
*
目が覚めると、マーリンは小さな住処の中にいた。
マーリン「うーん…。」
すぐ横に手を伸ばすが、子猫は居なかった。
マーリン「!!」
マーリンは起き上がり、辺りを見回した。
マーリン「…まずいわ。」
住処の外へ出てみると、子猫がいた。
草むらの影で、トカゲを見つけて遊んでいた。
マーリン「…いた。良かった…。」
子猫「?」
不思議そうに見つめる子猫。
マーリンは子猫を咥えて住処に戻った。
マーリン「…どうしようかしら。」
マーリンは、森で子猫を見つけてからの数日間の間、ずっと一緒に暮らしていた。
マーリン「…。」
子猫は無邪気に歩き回っている。
マーリンは、子猫がどこから来たのかを探索したが、結局分からなかった。
マーリン「さすがに、街の中は探せないわ。…となると…。」
子猫の面倒を私が見るしかない。
そう考えるしかなかった。
子猫「にゃぁ。」
マーリン「…。」
子猫は私に寄ってくると、身体をすりすりしながら甘えてきた。
マーリン「まずは、名前をつけてあげないとね。子猫ちゃん。」
子猫「?」
子猫は首を傾げた。
マーリン「名前…の前に。」
マーリンは子猫とじっと目を合わせた。
子猫「にゃー。」
マーリン「子猫ちゃん。よろしくね。私はマーリンよ。この森のヌシよ。」
子猫の頭をそっと舐めると、マーリンは覚悟を決めた。
それから子猫が言葉を覚えるまでは早かった。
マーリンは、覚悟を決めた日から一生懸命言葉を教えた。
人間の言葉や、猫だけのテレパシーも全て。
マーリン「これは?」
子猫「にゃぁ。」
マーリン「…うーん、これは?」
子猫「にゃあ!」
マーリンは土に枝で文字を書いて子猫に見せた。
マーリン「そうね。だんだん理解出来てきてるわ。」
子猫「にゃ!」
マーリン「すぐに人間の言葉も話せるようになるわ。」
子猫「にゃ!」
母からの教えは、子猫にまで伝わった。
マーリンは、母から教わったように子猫に教えたので、子猫もマーリンと同じような言葉を使うようになっていった。
そして、魔法にも手を出すことになった。




