【1話】あの夏、あの森で、僕たちは。
「それで、どうするのかしら。」
「…。」
「いくらあの子のためとは言っても、いずれは言わないといけないこと。それは分かってるわよね。」
「…。」
「真実を話して、あの子はあなたの傍から離れるような子ではないわ。」
「…それは、分かってる。」
「…。」
「…。」
「…まぁ、分かったわ。」
「「!!」」
辺りが静まる。
遠くから、足音が近づいてくる。
「…。」
「来たようね。」
「…大丈夫なの。」
「ええ。彼らは大丈夫よ。」
*
朝。目を覚ますと、台所の方からいい匂いがしてきた。
?「朝ごはんか…。」
眠い目をこすって、ゆっくりと起き上がると、リビングへ向かった。
家政婦が、テーブルに朝ごはんを並べていた。
家政婦「朝食が出来ましたよ。」
?「うーん…。」
家政婦はにっこり笑って俺の椅子を引いた。
俺「いただきます。」
朝ごはんを食べながら、今日は何をしようかを考えていた。
家政婦「今日の予定は何かあるのかしら?」
俺「いや、別に。適当に外出るから。」
家政婦「かしこまりました。外に出る時は、ちゃんと飲み物を持って、熱中症には気をつけるのよ。」
俺「はーい。」
家政婦はそう言うと、部屋へ戻っていった。
俺「やること、かぁ。」
俺は朝ごはんを食べ終えると、歯を磨き、準備をして家を出た。
俺「行ってきます。」
*
外へ出ると、猛烈な暑さの中、虫取り網を持った子供や、ジャージ姿の少年が街中を歩いていた。
俺「あ、そっか。夏休みか。」
今日は8月2日。世間では、所謂夏休みというやつだ。
俺「暑いなぁ…。」
俺は、猛暑の中、行くあてもなく街中を散歩していた。馬鹿だと思った。
30分程歩いたところで、日陰のベンチで休憩をすることにした。
さすがにこの暑さの中、長い時間歩いている訳にはいかない。
しばらくベンチで座っていると。
?「やあ!」
1人の少年が俺に話しかけてきた。
?「やあ!」
俺「…。」
?「ねぇ、やあ!」
俺「や、やあ?」
?「こんな所で何してるのー?」
俺「何って…、まず、あなたはどなたですか。」
?「俺っちのこと?まあ、そっちからしたら知らないか。俺っちは、藤本緋月。ひっきーって呼んでね!」
俺「…。」
緋月「やっぱり、俺っちのことわかんないか。」
そう言うと、緋月という少年は考え出した。
緋月「君って…茉莉衣さんだよね?」
俺「え。」
緋月「その反応はそうだ!やっぱ、人違いじゃなかったんだ。」
緋月という少年は、少し嬉しそうにして隣の席に座ってきた。
俺「ちょっと…」
緋月「覚えてる?俺っち、茉莉衣さんの隣のクラスだったんだよ。」
俺「え。」
緋月「覚えてないかぁ。ま、茉莉衣さんも俺っちも、学校いってないからね。」
思い出した。この少年は藤本緋月。隣のクラスの同級生だった。話したことは無いが、噂には聞いている。
茶髪で、前髪の一部をピンで止めていた。丸く、パッチリとした目で俺の事を見つめてきた。
俺「噂で聞いたことはある。ひっきー、だっけ。」
緋月「そうそう!茉莉衣さんは、小夜って呼ばれていたよね。小夜っちって呼んじゃおっか!」
小夜「…。」
緋月「じゃ、よろしくね!小夜っち!」
小夜「よろしく…。」
緋月と俺は軽く握手をしたが、イマイチ状況が掴めない。
小夜「ところで、俺に何の用だ?」
緋月「ああ、別に用はないよ。見つけたから話しかけた。それだけ。」
小夜「用がないなら失礼するぞ。(立ち上がる)」
緋月「待って!」
小夜「…?」
緋月「行く宛てがないんだったら、俺っち、ついて行ってもいいよね?」
小夜「…。」
緋月「当たりだ。」
緋月は、俺の後ろをニコニコしながらついてきた。面白半分だろうか。
小夜「ついてこられても困るんだが。」
緋月「えー。行く宛てはないんでしょ?」
小夜「うーん…。」
緋月「なら、暇っつーことだろ。俺っちも丁度暇だし。」
街中を散歩する2人の影。
暑さのせいか、緋月を追い払うのも面倒になってきた。
緋月「あっそうだ。これ、あげるよ。」
緋月はポケットから飴を取り出し、俺に渡してきた。
緋月「飴ちゃん。ついていくかわりにあげる。」
小夜「あ、ありがと。」
緋月と俺は会話をしながら街中を歩いた。
緋月「小夜っちはさ、どうして学校に行かないの?」
小夜「えっと…。学校に行くのが辛くて。」
緋月「ひょっとして…。」
小夜「…うん。」
緋月「そっか。ごめん。」
小夜「大丈夫。」
緋月「俺っちもさ。色々あって。家に帰りたくないんだ。」
小夜「家?」
緋月「…外にいた方が、楽しいかな。」
小夜「…。」
緋月「…そういえばさ!俺っち、学校にも家にも行かなくていい場所、見つけたんだ。」
小夜「?」
緋月「そうだな…秘密基地みたいな?」
小夜「そんなのあるの。」
緋月「そう。最近森で見つけたんだ。静かで、人がいなくて、快適だよ。」
緋月は、俺の腕をつかみ、引っ張った。
緋月「よし!俺っちの秘密基地へ、レッツゴー!」
*
気づいたら、森にいた。
緋月につれられてゆっくりと歩いていた。
背の高い木で埋め尽くされていて、道なのかどうかも分からない。
小夜「まだ…?」
緋月「もうちょい先!」
歩き始めてから少し経つと、辺りはだんだんと暗くなってきた。
小夜「まだ先?」
緋月「うーん…。もうちょいかな…?」
どれくらい経っただろうか。どんどん先を進んでいく緋月についていくが、緋月のつくった秘密基地にはたどり着く気配すら無かった。
それどころか、ここが何処かすらも分からなくなっていった。
緋月「…ごめん。」
小夜「はぁ。」
緋月「秘密基地、どこに行っちゃったのかな…。分からなくなっちゃった…。」
小夜「来た道を辿って帰りましょう。それが一番。これ以上は危険。」
その時だった。
俺の頬に、ぽつり、と水滴が降ってきた。
緋月「雨だ。」
俺と緋月は近くの大きな樹に向けて走った。
雨は次第に強くなっていく。
樹の真下で、しばらく雨宿りをすることにした。
小夜「今日の天気、雨だっけ。」
緋月「嘘つきだね。天気予報。」
小夜「ふふ。」
木の幹のところに腰をかけ、雨が止むのをひたすら待った。
小夜「これから、雨が止んだらすぐ帰るからね。」
緋月「うん。」
小夜「最悪の場合、明日までずっとこのままかもしれないけど。」
緋月「えー。」
小夜「今引き戻したら足場がぐちゃぐちゃで、転倒するかもしれないでしょ。無事に帰りたかったら大人しくここにいることだね。」
緋月「…秘密基地、見せたかったなぁ。」
小夜「…。」
すると、緋月が何かに気づく。
緋月「小夜っち、あれ!(正面を指差す)」
小夜「…ん?」
緋月の指差す方向には、小さな、赤い光がありました。
緋月「もしかして、誰かいるのかも!」
小夜「ちょっと…。」
緋月は赤い光に向けて走っていった。
俺も緋月を追う。
雨の中、雨音と共に2人の足音が鳴っていた。
小夜「ちょっと!ひっきー、待って。」
赤い光に近づいていく。
すると、緋月が突然立ち止まった。
俺も緋月に追いついた。
小夜「どうしたの。」
緋月「見て、あれ。」
小夜「え?」
俺は正面を見た。
赤い光は、松明だった。
松明の後ろに、小屋らしきものが建っている
看板には、かすれた文字で「マーリンの宿」と書いてあった。
小夜「宿…?」
緋月「こんなところに?」
小夜「この森に来たことはあったけど、宿なんて、聞いたことも無い。怪しい。中に入るのはやめた方が…」
横を見ると、緋月はもういなかった。
再び宿の方を見ると、緋月は既に入口の前に立っていた。
小夜「ちょっと、早すぎる。」
緋月「丁度いい。雨宿りついでに寄ってみようぜ。」
そう言うと緋月は扉を開け、中へ入った。
俺も仕方なく後を追った。