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7話 転送されたの


 光が収まると、まったく見知らぬ場所にいた。

 

 お父様や騎士たちの姿はもちろん、ナナシの姿もない。私は酷く心細くなり、両腕を擦っていると、


「転送陣の起動を感じましたが……あなた様は……まあっ!?」

 

 まっしろい服に身を包んだ女性が、眠たそうに目をこすりながら近づいてくる。

 青白いベールを被り、髪をすべて隠している。彼女に話しかけるべきか悩んでいると、血相を変えて駆け寄って来た。

 彼女は青ざめながら、私のずれた胸元や乱れた服を手際よく直しながら、問いかけを続けた。


「大丈夫ですか? なにか、あったのですか!?」

「その……私、お父様のところから逃がされてきました。だから、ここが、どこなのかも分からなくて……」

「ここは、レーマス帝国の第五神殿でございます。帝国内で、五番目に大きな神殿ですわ。お名前と出身国を確認しても?」


 女性は心配そうに尋ねてくるので、私は正直に答えることにした。


「どこの国か分かりません。名前もありません。私は聖女です」

「聖女……?」


 女性は怪訝そうに眉間の皺を寄せたので、私は慌てて言葉を付け加えた。


「お父様から『お前は聖女だ』と育てられました。今日、15歳の誕生日を迎えたんですけど、物心ついたときから、いろいろな人を祝福してきました」

「……」

「ですが、ある人に助けられ、ここに転送されて……」

「そうですか……とりあえず、こちらへ」


 女性は少し考え込んだ後、私を建物の内部へ案内を始めた。

 こちらも窓から青白い月灯りが差し込まれている。つい先ほどまでは月灯りに眼が惹かれていたが、いまは無性にナナシのことを思い出した。


 彼は無事だろうか?

 あのまま、死んでしまってはいないだろうか?


 拳を胸元でぎゅっと握りしめながら、彼女の後に続いた。

 案内された部屋を見て、私は数回ほど瞬きをした。透明なガラスを中央に嵌めこんだテーブル。その両側には、木製のソファーが鎮座していた。深紅色のふくらみは見るからに柔らかそうで「どうぞ」と勧められたとき、座ることを躊躇ってしまうほどだった。


「えっと、本当に良いのですか? こんな素晴らしい椅子に座っても……?」

「かまいません。こちらでお待ちくださいませ」


 女性は温かいお茶を淹れると、ことんとテーブルの上に置いた。これまた、触っただけで壊れてしまいそうな細い取っ手のついたカップである。私は覚悟を決めると、そろり、そろりとソファーに腰を下ろしていく。瞬間、尻が深く沈み込み、眼を大きく見開いてしまった。


「柔らかい……本当に、私、ここに座っても良いのですか!?」

「転送陣を使っていらしたお客様ですから。ましては、聖女様かもしれぬお方。応接間を使うのは当然かと」


 私が目を白黒させている間に、女性は外へ出て行ってしまった。

 部屋の内装に目を向けると、これまた豪華な部屋である。祝福をしていた広間も美しい絵画が描かれていたが、こちらの絵画は壁にかけられていた。壁には植物や天使の細工が施され、テーブルにも花や祈りの言葉が事細かに刻まれていた。


「…………」


 落ち着かない。

 気を抜けば、もじもじと足を動かしてしまっていた。

 このいかにも高価そうなお茶に手を付ける勇気もなく、湯気が減っていく様子を寂し気に見つめることしかできなかった。


 身体が緊張しすぎて痺れ始めた頃、ようやく扉が開いた。

 青くて長細い帽子を被り、白い髭を蓄えた男だった。顔じゅうに皺が寄っていることから考えるに、老人……ということなのだろう。夜が更けているというのに、ごてごてと装飾の多い服をきっちり着こなしている。

 老人の後ろには、先程の女性が控えていた。

 女性は静かに扉を閉めると、老人が静かに話し始めた。

 

「転送陣を使って参られたのは、貴女様ですね?」

「は、はい、そうです」


 私はソファーから立ち上がった。

 老人は私の立ち姿を爪先から頭のてっぺんまで観察すると、ふむ……と眉間に更に皺を寄せた。

 

「聖女様とお聞きいたしました。失礼ですが、証拠をお見せいただけないでしょうか?」

「聖女である証拠、ですか?」

「はい。例えば、これを……」


 老人が促すと、絶妙なタイミングで女性が前に出てきた。彼女は鉢植えを持っていた。緑色の葉っぱの上に金の縁取りをされた白く大きな花弁が開いている。中心には小さな黄色の丸がぽつぽつと揺れていた。


「美しい……綺麗な花ですね。宝石より、ずっとずっと素敵」


 私が惚れ惚れと見つめていると、老人が僅かに眉を上げた。


「これは『ノーチェ』でございます。花ではなく白く色づいた葉でございますよ」

「葉? これが!?」


 私はしげしげと見つめ直す。

 確かに、筋のようなものが張り巡らされている。なるほど、金で縁取りされた白い葉っぱだ。


「すごい! 綺麗ですね……! こんなに美しい葉っぱがあるなんて!」

「星祭りのときに飾られる植物ですが……ご存知、ありませんか?」

「星祭り……? あれは、太古の昔に失われた文明だと聞きましたが?」

「失われた? とんでもない。世界中で続いておりますよ?」

「ですが、お父様に『星祭りに行きたい。私も祝いたい』と尋ねた時、遠い昔に失われたから、お前には関係ないと……」


 お父様は、嘘をついていたのだろうか?

 私が首を傾げていると、老人の紫色の瞳に真剣な色が光った。


「細かい話は後程に。

 では、聖女様。もし、あなたが聖女様でございましたら、『ノーチェの花よ、今この瞬間に咲け』と祈ってください」

「……分かりました」

 

 私はノーチェを見つめた。

 ここに、祝福の剣はない。

 少しばかり、不安が顔をのぞかせた。正直、上手くいく気はしない。いつもとやり方が違うのだ。もしかしたら、私ではなく祝福の剣が特別だったのではないだろうか? 私は剣の力を借りて「聖女のふり」をしていただけではないか?


「どうかしましたか?」

「……い、いえ! やらせていただきます!」


 悩んでいても、仕方あるまい。

 私は長く息を吐くと、ノーチェの鉢植えの上に手をかざした。


「……ノーチェの花よ、今この瞬間に咲きほこれ」


 剣がなくても力が発揮できますように、と祈りながら、私は唱える。その途端、ノーチェの周囲がぼんやりと紫色の輝きを帯びた。紫の光が葉に染み込んでいき、代わりに中央の黄色い丸が少しずつ解れ、指の爪よりも半分ほど小さい黄色の花が開き始めたのだ。


 良かった……。

 私はほっと息をつく。剣を使わなくても、いつものように祝福ができた。しかも、祝福が効果を表す瞬間を見ることができた。硬いつぼみが解れ、柔らかな花弁を開く瞬間も視ることができた。

 いくつもの喜びが同時に心のうちへ押し寄せ、混乱しかけているとき、老人が帽子を外していることに気付いた。薄紫がかった白い髪が綺麗に整えているのが分かる。


「真の聖女様」


 老人は両手を組むと、私の足元に屈みこんだ。

 女性もノーチェの鉢植えを脇に置き、同じように平伏している。


「聖女様。私はレーマス帝国第五神殿の長、シーザー・フォーテスキューと申します。

 よくぞご無事にお戻りいただけました。伝承の聖女様にお会いすることができ、光栄でございます」

「え、あの、その……わ、私、聖女ですけど、そんなたいしたものではなくて、ですね」


 自分より年上の、それも明らかに偉い人に頭を下げられて、動揺してしまった。

 頭を下げられたことは過去に幾度となくあったが、こうも後光が差し込むような誠心誠意籠った平伏をされたことなど初めてで、非常に申し訳なく思ってしまう。


「いえ、あなた様は間違いなく聖女様であらせられます。冬に咲く花が春に咲くなど前代未聞の奇跡。祈りが通じたときに発せられる光や状況も伝承そのものでございます」


 シーザーの目尻には薄らと涙まで浮かんでいる。

 そ、そこまで感動されるものだったのか? と喜びよりも、落ち着かない気持ちが勝っていた。


「明朝……いえ、すぐに第一神殿に直通の連絡を入れます。

 聖女様。よろしければ、それまでの間……これまでの経緯をお聞かせいただきとうございます。ですが、このように既に夜が更けております。聖女様もお疲れでしょう。お休みになられたいのであれば、手狭ではありますが、部屋を用意させます」

「えっと、そこまで疲れてません」


 首を横に振ると、シーザーはもう一度、念を押し、私の意思を確認した後、先程の女性に向かって連絡を取ってくるように伝えた。

 女性は手早くシーザーの分の茶を用意すると、風のような速さで外へ出て行った。


「では、聖女様。おかけくださいませ」

「あの……どうか、シーザー様もお座りください。凄く、申し訳ないです」


 シーザーは跪いたままだ。

 このようなこと過去になかったので、対処法が分からず、おろおろと狼狽えてしまう。シーザーはそのことを察したのだろうか。深く刻まれた皺を緩め、柔和で人の良さそうな笑みを浮かべた。


「聖女様は、これまでお辛い思いをされてきたようですね。

 では、僭越ながら……座らせていただきます」


 シーザーは丁寧に礼をすると、帽子を横に置いたまま座った。私は彼が座ったことを見届けた後、ゆっくりと腰を下ろす。やはり尻が沈むほど柔らかい椅子だ。もう少し幼かったら、ぽんぽんっと弾み遊んでいたことだろう。もちろん、こんな偉そうな人の前ではしたないことをできるわけがないが……。


「聖女様。辛くない範囲で構いません。これまでのことをお話しくださいませ」

「私は……」


 シーザーに促され、ぽつぽつと過去を語り出した。

 つたない話は時系列が逆転したり、言葉に詰まって、上手く話せなかったりすることもあったが、シーザーは辛抱強く聞いてくれた。時折、彼の目元に涙が光り、「失礼」と前置きを言いながら、白い布で拭うこともしばしあった。


 シーザーの人柄を見るうちに、ナナシがここに転送させた意味が分かった気がした。

 彼の知識の中で、ここが最も私を丁重に正しく受け入れてくれる場所だと考えたのだろう。

 少なくとも、この老人に敵意は感じず、むしろ、優しく歓迎してくれていた。彼の対応を見れば、お父様たちが私を粗末に扱っていたのだと少しずつ身に染みていくのが分かった。


「……聖女様」


 私が全て語り終える頃には、窓の外の様子が少し変わっていた。

 心なしか宙を掻くような闇が深い藍色まで薄まっている。星々も消え、月の位置も大きく傾いていた。


「よくぞ、よくぞ御無事で……これからは、そのような辛い思いはさせません。

 いまから、世界の誰もが知っている正しい知識を数点ほどお伝えしましょう。これが、真実です」


 私が口を閉ざすと、シーザーがゆっくりと口を開き、二、三点、正しい知識を教えてくれた。


 まず、世界は終末に向かってなどいない。

 聖女は保護されることはあっても、大前提として神から遣わされた存在である。その立場的は各国の王や神殿長よりも上であり、聖女の意思は必ず尊重されるので、聖女がどこかに活動の拠点を設けることがあったとしても、どこかの誰かが一方的に閉じ込めることは許されないそうだ。ましては、国の一存で聖女の力を独り占めし、祝福を執り行うなどあってはならない。

 それから、聖女が次代の聖女を産むなど迷信以外の何物でもないこと。


 などなど。

 私の常識を覆す新たな点が次々に出てきた。しかし、これでも抑えているのだろう。実際には、指の数では足りないほど欠けたり、誤ったりした知識があるに違いない。


「聖女様の転送元が『ビッフェル王国』だと判明しております。すぐに世界会議にかけられ、処罰が下ることでしょう」

「あの……私はお父様……いえ、あの国の王より、私はナナシさんの安否が気になります。彼は無事ですよね? 殺されませんよね?」

「聖女様を命を賭して助けた。この事実は勲章に値します。

 ですが、彼は恐らく異国の諜報部隊……舌を封じる呪から考えるに、オキトン王国でしょうか。あの国も良い噂がありません。その者への勲章は慎重に授与されることになります。

 ご安心くださいませ。

 聖女様の無事が第一神殿に認知されると同時に、ビッフェルに監査を送り込むことになります。その際、その者も救出すると約束しましょう」

「良かった……」

 

 私がふうっと息を吐くと、足から力が抜けてしまったのか、さらに尻が沈んだ。恥ずかしさに頬を赤らめながら座り直していると、とんとんと部屋の戸が叩かれた。


「失礼します、シーザー様」


 さきの女性かと思ったが、現れたのは背の高い男だった。

 頬がこけ、すっと線のように細い眼をしていた。シーザーより皺は少ないが、お父様より年上であることには違いあるまい。


「聖女様、私はブルータス・クロックフォードでございます。この教会の副神殿長を務めております。

 先ほど、巫女から話を聞きました。

 第一神殿からの通達です。聖女様の心身の回復や第一神殿や帝国上層部の承認を得た後、転移することにするとのこと。

 聖女様は貴賓室へご案内してもよろしいでしょうか?」

「分かった。では、聖女様。後程……」

 

 シーザーは最後に丁寧なお辞儀をした。

 私も彼を迎え入れてくれた感謝の念を込めて、拳で胸をとんっと叩き、頭を下げようとする。


「せ、聖女様、いけません! 私のような者には、最高礼など!!」

「シーザー様……私は嬉しいんです。

 私のような者に対し、心から優しく接してくれたことが」


 そっと囁けば、シーザーは感慨深そうに瞼を閉じた。


「………50年、神にお仕えした甲斐がありました」


 感謝の言葉は、私の胸も強く打った。

 私は彼に一礼すると、ブルータスが連れてきた侍女に案内され、応接間を出ることになった。
































「……ブルータスよ」


 シーザーは聖女の出て行った扉を見つめながら、しみじみと呟いた。


「私の人生に悔いはない。

 聖女様の奇跡を拝謁し、聖女様と語る喜びを得るだけでも光栄だというのに、聖女様は私のような者に感謝してくださった」

「それは素晴らしいことでございました」


 シーザーは深々と頷いた。


 聖女の生い立ちは、涙失くして聞けない内容だった。

 神への冒涜以外の何物でもない。即刻にでも、ビッフェルの国王含めた重鎮どもを神の裁きに下したい気分だった。


「ブルータスよ。明日から忙しくなるのう」


 聖女様がいらっしゃっているのだ。

 ここ数百年なかった奇跡にあやかろうとする不届き者も出てくるだろう。その者たちをしっかりと取締り、聖女様には正しい見聞を身に付けてもらうのだ。

 その仕事は、第一神殿の者がすることになるかもしれないが、最初の手ほどきは自分がすることになるかもしれない。


 栄光ある第五神殿の長に就任したときとは比にならない歓喜の波が押し寄せ、また涙腺が潤みそうになった。シーザーはすっかり濡れたハンカチで、目元を拭い始める。


「シーザー様、ご安心ください。私が聖女様を導いてみせましょう」


 ブルータスが囁きかけくる。

 シーザーは彼に頷こうとしたとき、胸に違和感を覚えた。白い服に、真っ赤な色が広がっている。赤い血だ。銀のナイフが胸から飛び出し、どくどくと赤い血が流れ落ちている。 


「おっと、悲鳴はあげさせません」


 ブルータスがシーザーの口に彼のハンカチを詰め込んだ。


「シーザー様。貴方様はレーマス帝国の栄光ある十神殿の中でも、もっとも心優しく清らかな神殿長だ。聖女様がここに来たことは正解だった。


 ですが、私なら……貴方様より、正しく(・・・)聖女様を守り、運用することができる」


 ブルータスはシーザーの背を蹴り飛ばした。

 哀れで優しい老神官は冷たい床に倒れ込み、すっかりこと切れている。



 ブルータスは細い目を見開くと、野望に満ちた目を爛々と輝かせるのだった。






一難去ってまた一難

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[一言] ブルータスお前もか… ………ハッ!なんだろうこのしてやられた感は…w
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