表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/20

お祭りなの!

後日談の番外編です


 街がキラキラしている。


「きれい……っ!」


 窓ガラスに両手をあてながら、まじまじと外の風景に見入っていた。

 通りに連なる家の屋根やら出店、街路樹など、いたるところがランプで彩られている。まるで、夜空の星を借りてきて飾っているようだった。人々の数も凄いもので、窓越しにもかかわらず激しく楽しそうな熱気が伝わってくる。


「すごい! すごいですよ、ナナシさん!」


 私はぴょんぴょん跳ねながら、後ろを振り返った。この興奮と素晴らしさを共有したいのに、彼はどこまでも普段通り。日課としている剣の手入れを静かにしていおり、外の喧騒をまったく気にもしていなかった。

 

「ナナシさん、聞こえますか? 太鼓です! 太鼓の音! それと……えっと、笛とは違うふわっとして、ボワッとしたような音が聞こえてきます! あれは、なんという楽器ですか!?」

「……トランペットとアコーディオン」


 ナナシはぶっきら棒に呟くと、わずかにこちらに視線を向けてくれた。


「祭りには行かないぞ」

「えー、行っちゃ駄目なんですか?」

「当たり前だ。人が多過ぎる」


 彼は当然というように言い切る。彼的にはそこで話をおしまいにしたつもりだったのだろうが、私が頬を膨らませていることに気づくと若干ばつの悪そうな顔になり、補足するように言葉を続けた。


「……お前、まだ普通の街も歩き慣れてないだろ。あんな所へ行ったら圧し潰されるだろ」

「うっ……それは……」

「祭りに参加する機会なんざ、これから山ほどあるんだ。今日はここから雰囲気を確かめるだけにした方がいい」


 ナナシの言うことは正しい。

 彼と旅に出て一か月ほどだが、いまだに他の人のようになかなか上手く歩けなかった。普通の街なのに、あれやこれやら気になるところが多過ぎて、ふらふら歩くせいで道行く人とぶつかってしまうことは数知れず。ショーウィンドウに目を輝かせている間に、財布をすられそうになったこともあるし、怖い雰囲気の男性によく分からない因縁つけられてお金を請求されたことだってある。そういったトラブルの多くは、ナナシが助けてくれたことで事なきを得たが、街慣れしていないことには変わりない。


「……そう、ですよね」


 自分に言い聞かせるように呟く。弾んだ気分を押し殺そうと、ぎゅっと拳を握った。


「……はぁ、ったく」


 ナナシは大きく肩を落とすと、剣の手入が途中だというのに鞘にしまった。


「少しだけだぞ。靴紐、解けてるからしっかり締めておけ」

「……っ! はいっ!」


 沈んでいた気持ちが急速に浮上する。

 大急ぎで解けかけていた靴紐を結びなおす。いつもより力を入れて蝶結びをすると、具合いを確かめるように踵で床をとんとんと叩いた。


「ほら」


 ナナシが左手を差し出してくる。

 私は迷うことなく握り返すと、一緒に部屋から出る。宿の人たちも浮足立っているようで、私たちがロビーに降りてくるのを見かけると、にこにこしながら近づいてきた。


「お祭りに行かれるのですね! 仮装はされますか? 宿泊者限定のレンタル衣装の無料サービスもやってますよ」

「かそう……って、えっと……?」


 あまり聞いたことのない言葉に、首を傾げてしまう。

 すると、宿の人は楽しそうな笑顔で教えてくれた。


「伝統的な祭りですし、素敵な衣装をまとって盛り上がろうと思いません? いかがでしょう、こちらの衣装は似合うと思いますが」


 そう言って、宿の人は白いワンピースを取り出した。


「可愛いっ!」


 私はつい前のめりになって、ワンピースを見つめてしまう。

 肩から胸元にかけてフリルで彩られており、スカートの縁もふわふわっとした白いレースが縫いつけられている。腰回りにもリボンが施されているが、全体的に清楚にまとまっていて、胸の奥からむずむずと着てみたい欲求が込み上げてくる。


「やめとけ」


 ところが、今度も尋ねる前に却下されてしまう。

 文句を言おうと尖らせた口を開こうとしたが、それを制するように、ナナシは淡々と告げる。


「それ、聖女の仮装だろ」

「……え?」

「ええ、その通りです!」


 虚を突かれて呆然とする私を傍らに、宿の人は先ほどまでと変わらない様子で話していた。


「二代前の聖女様が暴れ竜を鎮めたことを祝して始まった祭りなんです。だから、この街の女の子たちは聖女様の仮装をする伝統があるんですよ」

「二代前の聖女様って、お洒落だったんですね……」


 自分の着せられていた衣装は、遥かに質素だった。少なくとも、フリルもレースもついていなかったし、可愛らしいリボンなんて夢のまた夢。共通点は白い衣装というところだけなのではないだろうか。


「ファイ、行くぞ」


 ナナシがくいっと腕を引っ張って来る。そのまま、宿の人に聞こえないくらいの声で囁きかけてきた。


「あのな、聖女が聖女の仮装をしてどうする? それに大きな祭りだから、お前の顔を知っている人間がいないとも限らない。いまの旅装なら他人の空似ですむが、聖女の服装をしてるお前を見たら……妙な憶測が立ちかねない」

「……わかりました」


 私は頷いた。ナナシの言い分はもっともだった。自分の顔を知っている者は少ないとはいえ、絶対にいないとは限らない。せっかく公的に死んだことになっているのに、下手に生きているという噂が広まったら、また命を狙われてしまうかもしれなかった。自分が殺される以上に、ナナシに迷惑をかけてしまう。可愛い衣装を着るよりも、彼と幸せに過ごせる時間の方がずっとずっと大事にしたい。


「ありがとうございます、またの機会に」


 私たちはそう言って、ロビーを抜けた。

 ちょっとだけ衣装は名残惜しかったが、外に出た瞬間、日も暮れているというのに熱気が立ち込めていた。大通りは昼間とは比べ物にならないほどの人で溢れかえり、声やら音に圧倒されてしまう。さほど大きな街ではないというのに、いったいどこにこれだけの人がいたのだろうか。


「ほら、こっち」


 漠然と周囲を眺めていると、ナナシが手を繋いだまま雑踏のなかを歩き出す。


「大通りのパレード見たら、夕飯を買って帰るぞ」

「パレード?」

「見ればわかる」


 大通りに近づいたとき、彼の言葉の意味が分かった。

 家々の屋根よりも高いドラゴンが、ゆらりゆらりと大通りを移動していたのだ。口からはゆらりと煙を吐き、黄色い凶悪な目がぎろりと光っている。


「あ、あれ、危ないのではっ!? ドラゴンが歩いてますよ!?」


 びっくりして小さく悲鳴を上げると、ナナシはどこかおかしそうに笑った。


「本物じゃないって。人形だよ」

「でも、動いてます! ゆっくりと前に進んでますし……ほら、いまも口から煙が!」

「全部人力だ。ここからじゃ見えないが、でっかい人形を台車に載せて引っ張ってる。ほら、次の山車フロートも来た」


 ドラゴンの後に続くのは、白い衣装を身にまとった美しい女性の人形だった。赤や黄色といった華やかな花に彩られた彼女は真っ赤な剣を握りしめ、意志の強そうな目で前を見据えている。


「あれが……二代前の聖女」

「を模した人形だな。さっき伝承を聞いただろ? このパレードでは、それを再現してる」

「へぇ……」


 私はぽかんとして聖女の人形を見送る。

 人々の熱気は高まるばかり。耳を澄ませてみれば「今年の山車は出来がいいな! 誰が作ったんだい?」「細工屋通りの旦那が指揮を執ったって話だぜ」「いやー、晴れやかだね」と誰もがパレードに夢中のようだった。そのうち、山車の合間合間に目がちかちかするような眩い衣装を纏った薄着の女性が踊ったり、おどけたような小柄な男性がくるっと宙を舞ったり、音楽隊が金色の笛や不思議な箱の楽器を鳴らして盛り上げているのが目に飛び込んできた。


「すごい! すごいです!」


 もっと見たいと背伸びをするも、人の壁に遮られてしまう。せめて、もう少し見通しの良い場所はないかと辺りを見渡すも、前の方のいい場所はすっかり人で埋まってしまっており、人の頭と頭の間から良い感じの場所を探すしかなかった。


「そんなに見たいなら肩車するけど」


 ナナシが呆れたような顔で提案してくる。思わず半分頷きかけるも、すぐにぶんぶんと首を振った。瞬く間に顔が熱くなっていく。幼い子どもならともかく、いい歳をして男の人に、それもナナシに肩車をしてもらうなんて正気の沙汰ではない。


「……ま、気が変わったならいつでも言えよ」

「だ、大丈夫です!」


 恥ずかしさのあまりナナシの顔を見ることができず、ちょうど通り過ぎていく一団を夢中になって眺めるふりをした。派手な羽で身体を飾り立てた女性がくるりと回り、その後ろからナイフを何本も宙で回す白塗りの男の人が歩いていく。顔を白く塗った男を見たとき、ああ、あれはピエロだと朧げに思い出した。小さかった頃、大好きだった絵本の登場人物だ。人々を楽しませるために、わざとおどける道化師――自分の身の回りを世話してくれた侍女曰く、


『終末の世ですからね、彼らは滅んだ職業なのです』


 らしいが、こうして目の前で技を披露し、観客たちを楽しませている。そう考えていると、なんだか自分は夢のなかにいるような、ふわふわとした頼りない気持ちになって来た。いまの幸せな自分は夢を見ていて、目が覚めたら冷たい部屋で一人寂しく寝ているのではないかと思えてならない。それまで妙に舞い上がって浮かれていた気持ちがしぼみ始め、言いようもない不安が込み上げてくる。


「どうした?」


 底冷えするような寂しさに襲われかけたとき、上から降ってきた声で現実に引き戻された。弾かれたように顔を上げると、ナナシが不思議そうな顔をしていた。なんでもない、と返す代わりに、ぎゅっと手を握り直す。慣れ親しんだ武骨な指は私の不安を察したように、さらに強く、しかし壊れ物でも扱うように優しく指を絡ませてきた。


「その辺の屋台で飯買って帰るか」

「いいえ、その……もうちょっと見たいです」


 ナナシの存在を強く感じながら、道化師の一団を見送る。彼はなにか言いたそうな顔をしていたが、黙って待ってくれていた。


「私……聖女ってすごいなって思ったんです」


 やがて、ぽつりと言葉が零れた。


「歴代の聖女は凄い偉業を成し遂げて、こんなに凄い熱気を生み出して……」

「……」

「その、私……今代の聖女(・・・・・)は、こういう祭りになるような、活気を生み出す存在にはなれなかったなって」


 自分が成した偉業はない。

 ただ15年間、騙されて監禁されていただけ。偽りの祝福を与え、人々を苦しめてきた。むしろ、聖女に倒されるドラゴン側なのではないかとさえ思える。


「知ったことか」


 ところが、ナナシは前を見たまま言った。


「んなもの、後世の奴らが勝手に決めることだろ。だいたいこれだって、どこまで本当か分からない。聖女がドラゴンを倒したかどうかなんて、誰も見た奴は生きてねぇんだ」

「それは……そうですけど」

「それにさ、今代の聖女(・・・・・)のおかげで、どこぞの王国の不正や神殿の悪い奴が明るみに出たんだ。100年もすりゃ、神殿が管轄する街という街で今代の聖女(・・・・・)をたたえる祭りってのがあるかもしれねぇぜ」

「そ、それは恥ずかしいです!!」


 顔を真っ赤にして否定するも、ナナシは傷だらけの顔をくしゃくしゃに歪ませて笑った。


「さあ、パレードはもうじきに終わる。露店が混む前に、さっさと飯買うぞ。この街のホットドッグは美味いんだ」


 ナナシはパレードに背を向けて歩き出す。必然的に、私も彼の背中を追いかける。いつも自分を守ってくれる大きな背中と優しい手のひらからは、心地の良いぬくもりが伝わってくる。寝ているときの夢にはない温かさと力強さを感じ、気がつけば表情が緩んでいた。



 いまの自分は、大好きな人と一緒に――ずっと憧れていた外の世界にいるのだと。






2023年8月8日より、デジタルマーガレット様からコミカライズ配信されています。

作画は大久間ぱんだ先生です!そちらの方もよろしくお願いします!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ