09 しかえし!
普通に学校生活が始まる。
学校生活だ。教室では、ガラの悪そうな連中がサボること無く普通に着席している。いや、顔を伏せていたり、腕を組んで目を閉じていたり、真面目に授業を受けるつもりはないようだ。だが、だぜ? こいつらさ、騒ぐことなく普通に着席しているんだぜ。
真面目に勉強をするつもりは無いかもしれない。でも、サボらず出席して、しかも騒がないって随分と真面目だよなぁ。俺の記憶だと学級が崩壊していたからなぁ。それと比べたらサボらない分、今の俺たちは随分と真面目君になったと思う。
雷人とは同じクラスになったが江波とは違うクラスになってしまった。何だか、このクラスは頭の悪いお馬鹿が多い湖桜高校でも、さらに底辺を集めたクラスに見える。
俺、そいつらと一緒かよ。一緒の扱いなのかよ。まぁ、中学をまるまる引き籠もっていたんだから、問題児扱いされても仕方ないか。ないの、か?
教師も真面目に授業をする気がないのか、黒板に文字を書いて終わりだ。半分自習みたいな授業。
らしいと言えば、らしい、か。
コンビニで買ったバナナを食べ、欠伸をかみ殺していれば終業のチャイムが鳴り響く。まぁまぁの初日だったな。
「さ、帰るか」
リュックを背負い、教室を出る。他のヤツらもリュックだ。皆、格好付けて片方の紐だけ肩に通し、リュックをぶら下げている。そう、鞄じゃないんだぜ。今の高校っておしゃれにリュックなのかよ。あの芯を抜いて薄くした凶器になりそうな黒の学生鞄が懐かしい。
一人寂しく校門の方へ向かうと、そこを塞ぐように先輩方の集まっている姿が見えた。部活の勧誘だろうか? 何をやっているのか分からないが、面倒事の予感がしたので回れ右をする。
向かうのは校門から続く壁だ。まるで何処かの刑務所かと思うほど高くなっている壁。何でも、今は外から見られないようにするために壁を高くする必要があるとか。のぞき対策? 一応、女子はいるけどさぁ、湖桜高校を覗くなんて喧嘩を売りに来る馬鹿くらいだと思うぜ。
高さは二メートルちょっとくらいか。
壁を目掛けて走る。壁を蹴り、そのまま飛び上がる。一歩、二歩、三っと、壁の上に手をのせ、体を持ち上げ、乗り越える。そのまましゅたっと飛び降りる。こういう時はリュックだと楽だな。前は向こう側に学生鞄を投げて乗り越えていたからなぁ。
その日はそのまま帰宅。平和な一日だ。
次の日。今日は学生らしく、学校の売店で何か食べ物を買おうとか、そんなことを考えながら授業を受ける。
すると、授業中にもかかわらず、突然、教室の扉が開いた。そこに立っていたのは……誰だ? この湖桜高校の生徒のようだが知らない顔だ。まぁ、今の俺は知らない顔しかないけどさ。
「おいおい、今は授業中だぞ」
教師が声をかける。
「あー、センセー、すぐ終わるから、大丈夫っすよー」
上履きの色が緑だ。一年が青、二年が緑、三年が黄色だったはず。つまり二年か。
「そこのお前とお前、ちょっと来い!」
現れた二年の先輩が指を差す。誰だ? また何か面倒事か?
「お前だよ、お前!」
その二年の先輩が俺の前にやって来る。
うん?
もしかして俺か?
「しらばっくれてるんじゃねえよ、お前しか居ねぇだろうが」
俺だったか。
「それとお前だ」
もう一人は雷人だった。
俺と雷人に何の用だろう?
「あー、センセー、この二人借りてくからよー」
二年の先輩は教師にそんなことを言っている。
「あー、分かった。警察を呼ぶようなことだけはするなよ」
そして、教師の答えがこれだ。終わってんなぁ。さすがは湖桜高校だぜ。
「分かってるっすよー。おら、お前ら二人、こっち来い。もう逃げらんないぞ」
二年の先輩に連れられて教室を出る。
何が何やらだ。
「おーい、雷人、お前、何やったんだよ」
「……」
雷人は俺の言葉を無視する。相変わらずだなぁ。
「へ! そいつはよぉ、無断で二年の教室を横切ったのさ。なってねぇヤツだぜ」
親切にも二年の先輩が教えてくれる。
へ?
それだけ?
そんなことで呼び出しとか、小学生かよ。ちっさ。器がちっちぇなぁ。
俺が雷人の方を見ると、ヤツは小さくため息を吐き出し、そっぽを向いていた。気取った態度だぜ。
「雷人君、つれなーい。へへ、先輩一緒にやっちゃいましょうよ」
雷人は俺の言葉をさらに無視する。つまんないヤツだぜ。
教室棟を抜ける。どうやら体育館の近くにある部室棟に向かっているようだ。
部室棟の壁には、色々な運動部や文化部の部員募集の張り紙が貼ってある。その下に、大きく『部員募集は来週から』と張り紙がされていた。来週から激しい部員勧誘合戦が始まるのかもしれない。
「なー、雷人。お前、何か部活入る?」
「ちっ。普通に話しかけてくるんじゃねえ」
雷人は俺と会話する気がないようだ。ツンだなぁ。
「ついたぜ。ここだ。入れ」
二年の先輩の案内で教室に入る。いや、部室か?
中はそこそこ広い。通常の教室二部屋分くらいだろうか。
そして、そこには三十人ほどの先輩が待っていた。
「コイツだよ、猫屋くん」
その集団の中から俺たちを指差し叫んでいるのは、入学式の時に出会った金髪だった。松葉杖を持ち、足にギプスをしている。しかも体中に包帯を巻いていた。
「あー、なるほど」
俺は何だか納得してしまった。まだあれから二日だよな? そういうことか。
後ろの扉が閉められる。
中央で竹刀を持って偉そうに座っている先輩が口を開いた。
「お前らが生意気な一年か。入学してすぐに飛ばしているようだな」
この先輩が、この集団のリーダーなのだろう。
「せんぱーい、先輩は誰ですか?」
だから、確認を込めて聞いてみる。
「おい、お前! 二年トップの猫屋君に生意気な口を」
何故か、金髪が答える。
金髪野郎が松葉杖をつき、ひょこひょこと俺の前まで歩いてくる。そのまま不細工な顔で睨み付けてくる。
「いや、俺は、そこの先輩に聞いているんですけどねー」
「こ、この!」
「あー、確かに生意気な一年のようだな」
ねこやと呼ばれた先輩が竹刀を肩に乗せる。学ランじゃなくてブレザーだから締まらねぇなぁ。俺からするといきっているだけにしか見えないぜ。
「おい、デブイチ。この数は不味い。協力して逃げるぞ」
雷人もこれだ。やっと話しかけてきたと思えば……。
それと、俺はデブイチじゃねえからな。そこは後でしっかりと教え込まないと駄目だな、うん。
「先輩、ちょっといいですかねぇ」
俺は袖をまくり、パワーリストを見せ、それを外し、手に持つ。
「それで?」
猫屋先輩は俺を見ている。
「またそれかよ」
包帯を巻いた金髪野郎が嫌な顔で笑う。
「こうするんですよ」
俺はパワーリストを宙に放り投げる。
狙うのは猫屋じゃあない。この目の前の金髪野郎だ。
俺の狙いが自分だと気付いた金髪野郎が足を庇う。
「同じ手は……」
金髪野郎の顔の前に先ほど投げたパワーリストが落ちてくる。タイミングはばっちりだ。
「え?」
そして、そのパワーリストごと、金髪野郎の顔面を殴る。
あぼぁ、と良く分からない声を出しながら、金髪野郎が鼻血を飛ばし倒れる。
「うーん、弱い」
金髪野郎を瞬殺だ。
「こいつっ!」
先輩方が叫ぶ。
「待て」
先輩方が動こうとするが、それを竹刀を持った猫屋が止める。先輩方の動きはそれで止まった。俺はそれを見て少し感心する。
へぇ、やるじゃん。しっかりまとめているんだな。
俺は倒れた金髪野郎の前にしゃがみ込む。そして、足のギプスを叩く。軽い音だ。そのままたたき割る。中の足は……無事だよなぁ。包帯もはぎ取る。
「いやぁ、怪我してないんじゃあないですかねぇ」
金髪野郎は別に怪我をしていない。この猫屋に大げさに話して、泣きついたのだろう。情けないヤツだぜ。
「ま、今、怪我したみたいですけど」
俺は先輩方の方を見てニヤリと笑う。