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グラップルファンタジー  作者: 無為無策の雪ノ葉


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65/66

60 おしまい!

 正面のガラス扉から中を覗く。まるでお城の中に居るようなエントランスが見えた。さすがはプリンセスタワー。名前の通りだな。


 だが!


 そう……だが、だ。


 このまま正面から乗り込むのはどうだろう。


 まずガラス扉が開かない。叩き割って中に入るという方法もあるが、それは最終手段だ。それを行った瞬間、俺の行動は中にバレてしまう。しかも変装した意味が無くなってしまう。


 そう変装だ。


 俺は素っ裸で寝転がっている男から奪ったネックストラップ式のネームプレートを確認する。防弾チョッキの下に隠されていた、このネームプレートには『田所・クリスティーヌ・田中』という名前が記載されていた。


 ……。


 いやいや、これ、どう見ても偽名だよな! 目出し帽の下の素顔は彫りが深く浅黒い肌だった。どう見ても、どう考えても外国人だ。ま、まぁ、ハーフかもしれないけどさ。


 海外の人がこちらの国風の名前を頑張って考えたって感じの偽名だよなぁ。海外の方からすれば、名字も名前も区別が付かないだろうしさ。


 まぁ、この素っ裸の外国人はいい。いや、良くないけど、それでも良い。


 問題は、だ。


 このおっさんが何処から現れたか、だ。


 正面の扉は開いていない。このプリンセスタワーは建設途中だが、敷地内に仮設の事務所は見えなかった。ほぼ完成したということで事務所を撤去したのかもしれない。


 となると、だ。


 考えられるのは何処か別の場所に出入り口があるってことだよな。


 出入り口を探し動く。


 ……。


 そして、出入り口はすぐに見つかった。この高層ビル(プリンセスタワー)の裏側に扉らしきものがあったのだ。だが、ドアノブらしきものは取り付けられていない。


 間違いなくここだ。


 扉を叩いてみる。硬い。超硬い。殴って破れるような硬さじゃないな。多分、ハンマーとかでも難しいんじゃないか。重機でも……どうだろうなぁ。この扉をたたき壊すよりも壁を壊した方が早そうだ。


 それこそ重機のグラップルで掴んで無理矢理はぎ取った方が早いかもな。


 と、冗談はさておき。


 どうする?


 どうやって中に侵入する?


 ん?


 扉の上と横に何かあるな。上には細長い箱だ。足元を照らす用のセンサーライトだろうか? んー、でも、俺が真下に居るのに反応しないのはおかしいな。となると警報装置か? 監視カメラが中に入っているのかもしれないな。


 が、何も起こらないところを見ると俺の変装は上手くいっているってことだな。


 んで、だ。


 扉の横にくっついているのは四角いプレートだ。俺の目線くらいの高さにある四角いプレート。


 ……。


 あ!


 俺はネームプレートを取り出す。少し膨らみのあるしっかりとした作りのネームプレートだ。


 これしかないよな。


 俺はネームプレートを四角いプレートに近づける。


『警備解除します』


 機械音声が流れ、ガチャリという音とともに自動的に扉が開いた。


 正解だ。


 良かったぜ。これが網膜式とか指紋認証の扉じゃなくてさ! って、まぁ、片田舎の建設途中のビルにそんなものがあったらビックリだぜ。そういうのは漫画の中の世界だけだな、うん。


 扉の中に入る。


 すると自動的に扉が閉まった。うーん、もしかして、上の細長い箱は扉の開閉のための人感センサーだったのだろうか? あまり複雑な装置は導入していないだろうし、あり得るなぁ。


 とりあえず、これで中に入ることは出来た。


 俺は中を見回す。


 左手にはガラス窓の付いた部屋。中にはいくつかの映像が映し出されたモニターが並んでいる。そこには誰もいない。モニターにはエントランスやこの建物の入り口などが映し出されていた。あー、警備室、か。今は警備装置だけ入れて外部に委託していることが殆どだろうに、お金がかかっているなぁ。


 警備は最低でも二人で一組でやっていただろうから……あ。


 そうか、最初に倒した警備員と今の俺の格好を譲ってくれたおっさんの二人か。目出し帽に防弾チョッキ姿だったのは、最初のヤツがやられたのを見て用心のために完全武装していたから、か。


 で、正面は、と。


 何処かに向かう扉とエレベーター。エレベーター横には自動販売機とベンチが見える。


 ……。


 んー。


 自動販売機があるってことは、自動販売機の業者はここまで入っているってことだよな? 秘密の裏口かと思ったが、そうでもないのかなぁ。


 さて、と。


 どうしようかな。


 警備室のモニターを見るに、俺が侵入したのはバレているだろう。だが、警備の人員は二人だったようだから……うん、問題無いな。もうその二人は倒した。あー、でも記録は残っているから後で不法侵入がバレるな。録画映像を消しておくか? といっても、俺に装置の操作方法が分かるワケもないし、ま、まぁ、ここのトップと話し合いが終われば万事解決か。気にする必要もなくなるだろう。


 ……。


 俺はエレベーターに向かう。ボタンを押すと扉が開いた。


 中に入る。


 エレベーターのボタンは、と。


 壁に二列になったボタンが並んでいた。左側が『0~5』、右側が『0~9』だ。


 う、うーん。どういう操作方法だ?


 初めて見る形のボタンだな。


 もしかして、これ左側が十の位で右側が一の位か。となると、このビルは五十九階建てってことか? そりゃあ、五十九個ボタンを並べるよりも、こういう形になるか。


 五十九階……本当に高層ビルだな。それだけデカいと日照権とか色々苦情が出ているんじゃないか。


 まぁ、いいさ。


 とりあえず、と。


 左側の『5』と右側の『9』を押す。エレベーターが動き出す。おー、正解だったみたいだ。


 なかなかの速度で表示された階数表示が増えていく。さすがは高層ビル、エレベーターが速いな。


 と、その数字が三十を過ぎたところで止まった。


 へ?


 エレベーターの扉が開く。


 そこに立っていたのは……。


 ……。


 書類を抱えたスーツ姿のお姉さんだった。


 ……。


 あ、えーっと。


 スーツ姿のお姉さんは不審者を見るような目で俺をジロジロと見ている。と、とりあえず軽く頭を下げる。俺は不審者じゃないっすよー。


 スーツ姿のお姉さんは不審者を見るような目のまま、気にせず乗り込んできた。そしてボタンを押す。押したのは三と六。


 エレベーターが動く。エレーベータの中には目出し帽に防弾チョッキ姿の俺とスーツ姿のお姉さん。


 ……。


 いやいや、このお姉さん、よく乗れたな。密室だぞ、密室。俺だったら遠慮するぜ。


 エレベータはすぐに止まる。三十六階。


 そこでスーツ姿のお姉さんは、先ほどと同じように不審者を見るような目でこちらをジロジロと見ながら降りていった。


 ……。


 エレベーターの扉が閉まり、上に動き出す。


 ……。


 あー、うん。この高層ビル、ほぼ完成している状態だもんな。もしかすると、何処かの企業がすでに入っているのかもなぁ。


 ……。


 別に秘密の入り口じゃなかったみたいだからなぁ。


 ……。


 悪の組織なら一番上の階だろうって安易な考えで最上階を選んだけどさ、これ、間違っている可能性もあるな。早まったか。


 う、うーん。


 そして、エレベーターが五十九階を示し止まる。


 エレベーターの扉が開く。


 そこは展望台だった。


 町が、町並みが一望できる展望台だ。今は夜だが、暗闇に浮かぶ町の煌めきを見ることが出来た。


 そして、その展望室に一人の男が立っていた。


「ここはまだ一般に開放されていないのだがね」

 男が話しかけてくる。

「あー、警備の報告に来ました」

 とりあえず警備員らしいことを言ってみる。


 男が笑う。


「そんなぶかぶかの格好をした警備員もないだろう」


 ……。


 はぁ、バレている、か。


 俺は目出し帽を取る。いやはや、おっさんの匂いが染みついた目出し帽をかぶり続けるのはキツかったからな、助かったぜ。

「どうも自宅以外の警備もはじめた自宅警備員です」

「やはり、少年か」

「ええ、市長。私です」

 俺です。


「こんなところまで入ってきて、不法侵入になると思わなかったのかね。君の学校に伝えるとしよう。確か、君の高校は、ああ、息子と同じ高校だったな」

「招待したのは市長だったと思います」

 息子、か。子どものことを語る、この男を見るのは不思議な気分だった。いや、何つうか置いて行かれた気分になるんだよな。


「私が許可したのは自宅の方だったと思うのだが?」

「自分が言ったのはあなたの牙城のことですよ」

 男が肩を竦める。


「それで何の用だ。これでも私は忙しいのでね」

「俺は……」

 と、そこで男は俺を無視して展望窓の方へと歩いて行く。


 ん?


 俺の話を聞く気がないのか?


「おいおい、俺の話は……」

「見たまえ」

「いや、だからさ、俺の話を……」

「ここからだと、この町が一望出来るじゃあないか。この町は、こんなにも広い。だが、まだまだ発展することが出来る。この市は、もっと人を呼べる」

「はぁ、そりゃあ凄いっすね」

「子どもには分からないか」

 分からねえな。まったく分からない。


「なぁ、市長さんよ。色々と聞きたいことがあるんだけど良いか?」

「いいだろう」

「薬を広めたのはあんたか?」

「ノーコメントだ」

「その理由は?」

「ノーコメントだ」

「あんたの息子は、今、何処に居るんだ?」

「ノーコメントだ」

「お前は何がしたかったんだ?」

「ノーコメントだ」

「おいおい、話す気はあるのかよ」

 男が肩を竦める。

「録音でもされたら困るじゃないか。あることないこと言われても困るんだよ。マスコミはあることないことを結びつけようとするからね」

「録音なんてしてねぇよ」

「それが信じられるほどのんきに生きていないものでね」


 ……。


 はぁ。


 たくッ。


 面倒くさいぜ。


「分かった。これだけは聞かせろ」

「口の悪い子どもだな。底辺の学校に通う子どもらしいな」

 お前の息子も同じ高校だろうが。


 と、そうじゃない、そうじゃない。


 ふぅ。


 俺は大きく息を吸い込み、吐き出す。


 俺が一番聞きたかったこと。


 そう、僕じゃない。


 俺だ。


 俺が聞きたかったこと。


「なぁ、安彦(ヤス)、なんでお前は俺を……」

 俺はそこで首を横に振る。俺じゃないな。そこは『俺』じゃない。

「なんでお前は遠野虎一を殺したんだ?」

 遠野虎一の記憶を持っていても俺は俺だ。俺は、僕は、遠野虎一では無い。だけど……そう、だけど、だ。


 そうだ。


 俺はこれが聞きたかった。


 色々と理由は考えられる。


 だが、それでも、だ。


 それは遠野虎一を殺さなくても何とかなったはずだ。他にも手段はあったはずだ。


 それでも安彦(ヤス)は俺を殺すことを選んだ。


 今の世の中、人を殺すってのは大変なことだ。


 安彦(ヤス)は肩を竦め、改めてこちらを見る。

「なるほど。誰かから、そんな嘘を吹き込まれて、私を強請ろうと考えたのか」

「違う。俺は知りたいだけだ!」

「その証拠は?」

 証拠?


 証拠だと?


 証拠は俺の記憶だ。俺は覚えている。安彦(ヤス)がトラックを運転して突っ込んできたのを、しっかりと見ている。証拠というなら、俺が、俺の記憶が証拠だ。


「話にならないな。何かあるかと思えば……知らなかったのかね。この世の中、証拠が無ければ罪を問うことは出来ないのだよ」

 安彦(ヤス)は俺を見て笑っている。


 ……嘘だ。


 こいつ自身、白々しい言葉だと思っているのだろう。証拠があろうが無かろうが、今の自分の立場なら何とでもなると思っている顔だ。


 これが、こいつの権力。


 小さな世界だが、それでも、こいつはその世界での王様だ。


 だが……だが、だ。


 俺は拳を握る。強く握る。


「これ以上は無駄なようだ。さて、そろそろ子どものお遊びに付き合う時間は終わりだ。ろくでもない高校に通っているような子どもだからな、叩けば色々と余罪が出てきそうだが、それは任せるとしよう」

 安彦(ヤス)はそれだけ言うとこちらに背を向けた。


「んだとっ!」

 俺は拳を握ったまま安彦(ヤス)へと駆ける。


 が、その俺の前に完全武装の警備員たちが立ち塞がる。入り口に居たのと同じ目出し帽に防弾チョッキ姿の連中だ。


 んだと!?


 いつの間に。


 俺が安彦(ヤス)との会話に夢中になっている間に近寄っていたのか? くそ、油断した。いや、それだけこいつらがやるってことか!?


 安彦(ヤス)は笑いながら展望台の奥へと歩いて行く。そちらには上へと続く階段が見えた。屋上への階段かッ!


 安彦(ヤス)を追うためにそちらへ向かいたいが警備員が邪魔で進めない。


 ……四人か。数はそこまで多くない。だが、コイツら一人一人が入り口で戦った目出し帽と同じレベルだとしたら――少しキツいな。


 俺は握っていた拳を開き、ポケットからボールペンを取り出す。目出し帽が持っていた少し高級そうなボールペンだ。コイツは普段の百円プラス税のボールペンよりも戦力が高そうだ。


 そのボールペンを寸鉄代わりに握り込む。


 そしてもう片方の手には特殊警棒を持ち、構える。


 四人の警備員(おとこ)たちは喋らない。こちらを逃がさないように囲んでくる。


 ……。


 キツいな。


 だがッ!


 俺はとりあえず正面の男へと突っ込む。特殊警棒のスイッチを入れ、たたき込む。だが、男の片腕に防がれてしまう。男がニヤリと笑う。あー、あー、スタンが効かないのは知ってるってぇの。


 ボールペンを握り込んだ手でむき出しになった顔面を狙い殴る。だが、その一撃は上半身を反らしただけで回避されてしまう。俺はすぐに特殊警棒を逆手に持ち替え、男の片腕を滑らせる。

 そのまま顔面に特殊警棒を叩きつける。スウェーした状態では回避出来ないだろう!


 むき出しになった顔面に特殊警棒が当たり、電気が走る。

「あ、が」

 男が白目を剥き膝を付いて倒れる。


 まずは一人。


 !


 俺は気配を感じ、すぐさま後方へと蹴りを放つ。


 !?


 だが、その足が掴まれる。そして、そのまま持ち上げられる。


 んだとっ!


 なんつう怪力だ。そして俺の体が浮く。俺はとっさに頭を抱え受け身を取る。


 俺の体が地面に叩きつけられる。

「がっ!」

 だが、意識は飛んでいない。


 自由な方の足を動かし、俺の足を持っている相手の腕に絡ませる。そのまま鍛え上げた俺の腹筋に力を入れ、上半身を持ち上げる。


 足で腕を極め、持ち上げた上半身で男に殴りかかる。高級ボールペンを握り込んだ拳を叩きつける。一撃!

 男の俺の足を握っている手が外れる。そのまま、そいつの肩に手を置き、後頭部へと膝蹴りをぶちかます。


 男が崩れ落ちる。


 そのまま倒れる男を飛び越え、構える。


 これで二人。


 残りは……?


 俺が残った二人の気配を探ろうとした瞬間、目の前が真っ白になった。


 あ、が!?


 頭がクラクラする。


 殴られた?


 構えたまま距離を取ろうと動く。目の前には両手を握り合わせ持ち上げている男――これを喰らったら不味いッ!


 !


 が、その一撃を回避しようとした俺の背中が蹴られる。


「がっ」


 振り下ろされる拳。回避出来ない。


 重い一撃を食らう。俺の体が動かない。そのまま受け身を取ることも出来ない状態で倒れる。


 不味い、不味い、不味い。

 痛い、痛い、痛い。


 動け、動け、動け。

 痛い、痛い、痛い。


 俺の体が男の一人によって持ち上げられる。そして、そのまま羽交い締めされる。そして、もう一人が俺の前に立つ。


 男は拳を握りしめている。


 避けろ、避けろ、避けろ。


 だが、体が動かない。


 男の拳が俺の腹に炸裂する。俺の体がくの字に曲がる。

「は、がっ」

 男の拳は止まらない。


 殴られる。


 躱すことも出来ない。


 ……。


 は、はぁ、はぁはぁ、はぁ。


 死ぬ。

 殺される。


 俺はここで終わるのか。


 ……。


 なんで、俺は、こんな無謀なことをしたんだ。普通の高校生のキャパを越えてるだろ。前世の記憶があるからって、なんで、遠野虎一とは縁もゆかりもない俺が、こんな……。


 こんなッ!


 俺は動く。


 両足を曲げ、飛び上がり、拳を叩きつけようとしていた男を蹴る。その反動で背後の男を倒し、拘束から抜け出す。


 ふらふらの足に活を入れ、距離を取り、拳を構える。


 そして、大きく息を吸い、吐き出す。


「すーはー」

 笑う。


「おい……おい、が、き、相手に、ぷろが、なさ、け……ないな」

 挑発する。


 歩くのもキツいからな。突っ込んできたところを迎え撃ってやるぜ。


 後、二人だ。


 倒してやる。


 男たちが特殊警棒を取り出し、構える。


 ……。


 おいおい、そりゃあ反則だろ。こっちはふらふらの死にかけだってぇのに、武器を取り出すのかよ。まぁ、拳銃じゃあないだけマシだと思うべきなのか。


 やべぇな。


 と、その時だった。


 チーンという音とともにエレベーターが開いた。

「おい、エレベーターのスイッチは切ったんじゃないのか」

「いや、まだ残業の人が居たみたいで……」

 そんなことを目の前の男が話している。


 ……何とも間抜けな会話だ。


 そして、エレベーターから二人が降りる。


「おー、クライマックスって感じかなー」

「たいっちゃん、居たねー」

 それはカオル先輩たち兄弟だった。


「へ? なんで?」

 カオル先輩は楽しそうに手を振っている。


「おやじに閉じ込められていたんだけどさー、たいっちゃんの友達に助け出されてさー」

「それで、ここを教えて貰ったのよー」

 二人は随分と楽しそうだ。


 俺の……友達?


 あ!


 江波か。


 あいつ、俺には家の方に手を出すなって言って、自分は……いや、だから、か。自分が動くつもりだから俺には来るなって言ったのか。


 はぁ、貸しが出来たなぁ。


「たいっちゃん、ボロボロだねー」

「でも、良いところで来たみたいだね」

 二人は笑いながら俺の前へと歩いてくる。


 ははは、この二人に任せれば、ここは大丈夫だ。


 よしッ!


 俺は自分の頬を叩く。まだ体は動く。


「先輩、ここは任せました」

「はぁ?」

「美味しいところを持っていくつもり?」

 二人はぶーぶーと文句を言っている。ホント、この二人は……。


 まぁ、安彦(ヤス)の子どもであるこの二人の方が因縁はあるだろう。でもさ、親子の因縁は今じゃなくても、いつでもなんとか出来るだろ?


 俺の、遠野虎一の因縁は今しか解決出来ないんだよ。


 俺はその場を先輩たち二人に任せて、階段へと走る。


「あー、もう仕方ないかー」

「ささっと終わらせて追いかけようぜー」


 走る。


 階段を上がる。


 そこはヘリポートだった。こんな田舎町にヘリポートを作ってどうするつもり何だか……。


 そこでは俺の方を見て驚いた顔をした安彦(ヤス)が待っていた。ヘリで逃げるつもりだったワケじゃないだろうし、何がしたかったんだ。


「お前は何者だ!」

 安彦(ヤス)が叫ぶ。


 ……。


 俺?


 俺は唇の端を持ち上げ笑う。


「俺は湖桜高校(クラウン)のしがない普通の高校生さ!」

「くそ! その顔、あいつを思い出す!」

 俺は息を吸い、吐き出す。


「おいおい、市長の顔が剥がれてるぜ」

 あー、口の中が血だらけで喋りづらい。

「何が目的だ!」

「言ったろ。何故、遠野虎一を殺す必要があったか教えろってな!」

 まぁ、後は薬をばらまいて何をするつもりだったか、とか色々と聞きたいけどさ。


「は! またそれか。餓鬼が知る必要のないことだ」

「いいや! 知る必要はあるね! 俺の中の遠野虎一が知りたがっているのさ!」

 安彦(ヤス)が驚いた顔で俺を見る。そして笑い出した。


「くくく、くっくく、そういうこと、か。臓器の出所は分からないようになっているはずだったんだがなぁ」

 ん?


 コイツは何を言っているんだ?


「何がおかしい。言えよ」

 安彦(ヤス)が大きく息を吐き出す。

「遠野を殺した理由? 邪魔だったからだ。そして、それが俺を認めて貰うための条件だったからに他ならない。先方は俺自身の手を汚さないと認めてくれなかったのでね。用は禊ぎだ」

 安彦(ヤス)はニヤニヤと笑っている。禊ぎ?

「俺が出世するため、新田家に婿入りするため、金のため、有効活用させてもらったよ。体まで全てな! だが、それが悪かったようだ。殺した遠野の使えそうな臓器を勿体ないと売ったが、そこから足が付くとはな」


 臓器を売った?


 俺の、遠野虎一の臓器を?


 俺は今の自分の頭を触る。


 自宅を警備していた時に椅子が壊れてぶつけた場所だ。全てはそこから始まった。


 あ……。


 俺は不思議だった。俺は魂があるとも生まれ変わりがあるとも思っていなかった。


 そして、もし、生まれ変わりがあるとして、俺が死んでからすぐではなく、何故、間が空いてから生まれ変わったのか不思議だった。


 臓器提供。


 だが、それにしたって、鮮度があるはずだ。


 四、五年も持つような臓器? あるのか、そんなものが。


 俺が生まれてすぐの時なのか、俺自身の記憶に残らないほどの時の臓器移植。だから、俺は知らなかった。


 ……。


 まぁ、俺には分からない。医療の専門家じゃないからな。だが、分かった。理解した。臓器移植者が臓器提供者の記憶を思い出す事例は実際にあるらしい。つまり、そういうことか。


 巡り巡って遠野虎一は俺の体の中にあった。それだけが事実。


 そんなオチだったのかよ。俺が遠野虎一の記憶を持っていた理由は何となく分かった。


「それで薬をばらまいた理由は!」

「金だよ。まぁ、上とのパイプを太くするためという理由もあるがね。これはね、国の事業なんだよ。医療技術の発展のために新薬の実験は欠かせないそうだ」

 金。実験。


 つまらない理由だった。だが、世の中、そんなものかもしれない。


「……で、なんで急に喋ってくれるようになったんだ?」

「当時は有効活用したと思ったんだがね。証拠になるようなものは全て消しておこうと思ったからだよ」

 安彦(ヤス)が動く。その手に握られているのは拳銃。


 拳銃!


 ぱあんと拳銃の発砲音が響く。


 相手が撃つと分かっていても、動けなかった。ボロボロになっている俺の体は動かなかった。


 俺の体が崩れ落ちる。


 拳銃の弾は狙い違わず俺の体に命中した。


 死んだ。


 確実に死んだ。


 ……。


 ……。


 ん?


 生きている?


 確かに拳銃の弾は俺に命中したのに、生きてる?


 !


 って、防弾チョッキか!


 そして、そこには折れてボロボロになったボールペンがあった。守ってくれたのか! って、銃弾がボールペンで防げるワケがないな。なんにしても俺は助かった。


 だが、衝撃であばらが逝ったのか動けない。くそ、これで終わりか? このままトドメを刺されたら……。


「おやじ!」

「お前たちが何故、ここに!」

 ん?


 んん?


「さっきの話全て録音させてもらったよ」

「もう終わりだよ」

「何を言っている。そんなことが!」


 んんん?


「叔父さんにしたこともさー」

「償って貰うから」

「馬鹿な……」


 んんんん?


 カオル先輩たち二人が俺の方にやって来る。


「たいっちゃん、終わったよ」

「身内のゴタゴタに巻き込ませて悪かったよ」

 んん?


 え?


 これで終わり?


 マジで?


 ……。


「いや……えーっと、とり、あえず、そいつを……一発は殴らせて、くれ」

 それくらいはしないと終われないぜ。


 俺は二人に支えられた状態で安彦(ヤス)の前まで歩く。

「お、お前は……」

「俺は、俺だッ!」

 そして、ヤツの顔に全力の拳を叩きつける。


 ぐしゃり、とな。


 はぁ、長かったぜ。

 そこで俺の体が動かなくなる。


 意識が……。


 まったく締まらないな。

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