59 らすぼす!
俺は目の前に作られている仮設の高層ビルを見る。気分は魔王の城に乗り込む勇者だな。持っている武器は勇者の剣とは言えないような特殊警棒で、待っているのはジジイに片足を突っ込んだおっさんだけどな。
さて、これから、その仮設の高層ビルに乗り込むワケだが、素直に正面から乗り込むつもりはない。いや、だってさ、そんなことをしたら、どれだけの警備員に襲われるか分からないからさ。
俺がどれだけ強いといっても、それはあくまで餓鬼の喧嘩レベルの強さだ。今の俺なら――俺より強いヤツはいくらでも居るだろう。それに、だ。俺は別に特別な人間じゃない。ただ鍛えただけの普通の高校生だ。無限のスタミナを持っているワケじゃないからな。数で攻められると、バテて最後には負けてしまうだろう。
なんとしても、それだけは避けないといけない。
となると何処かからバレないように入るしかない。でもなぁ。中には監視カメラだってあるだろうし、いや、もしかすると、今のこの状況ですら監視カメラで捉えられている可能性がある。
さあ、どうする。
と、その時だった。
俺は何かの気配を察知する。
すぐに屈む。その俺の上を何者かのこちらを掴もうとしていた腕が通り抜ける。
何!?
俺はすぐさま手に持った特殊警棒を背後へ振るう。
ヒット!
そのままスイッチを入れる。
痺れやがれッ!
……。
え?
勝ちを確信した俺に鋭い蹴りが飛んでくる。とっさに手を交差して蹴りを受け、そのまま勢いを殺すように飛ぶ。勢いが殺しきれない。俺の体が地面を転がる。
それでもすぐに体勢を整え、立ち上がる。ヤバい。寝転がっていたらやられる。
そして、そいつの姿を見る。
鎧のようなチョッキに目出し帽をかぶった男が立っていた。先ほど倒した男が警備員だとしたら、こちらは特殊部隊の戦士だ。戦士? 何処かの軍人くずれか?
その男が静かに腰を深く落としカラテのような構えを取っている。明らかにこちらを敵と認識した動きだ。
特殊警棒が聞かなかったのは防弾チョッキが防いだからか?
て、いやいやいや。
何でこんな軍人くずれみたいなのが守っているんだよ。おかしいだろ。平和な、のほほんとした田舎の町に居て良いような輩じゃねえよ!
何なんだ?
普通の高校生相手に出てきて良いような相手じゃねえよ。大人げないッ!
「なぁ、餓鬼相手に大人げない態度じゃあないか。そんなにさ、ここに近寄らせたくないのか。あんた何者なんだよ」
……。
男は喋らない。
プロだ。
いやいやいや、ホント、あり得ねぇ。
えーっと、俺、まだ仮設の高層ビルに入る前だぜ。いきなりラスボスが出てきたようなものじゃないか。ふざけんな。
このまま逃げ帰るか?
……。
って、素直に逃がしてくれるとも思えないし、はぁ、仕方ねぇなぁ。
ホント、仕方ねぇ。
心の中では、奥の奥、心の深い部分、その中に居る自分は――僕は、逃げろと言っている。だが、それでも俺は楽しくなってくる。思わず唇の端が歪む。安彦、なかなか良い相手を用意してくれたじゃないか。
俺は特殊警棒を持ち突っ込む。そんな俺の姿を見た相手は、何処かがっかりしているような目をしていた。明らかに落胆している。期待して貰ったのにすいませんねぇ。だけどさ、俺は普通の高校生だからさッ!
俺の振り回した特殊警棒が男の片腕であっさりと受け止められる。もちろん痺れたりしない。うんなこたぁ、分かっているんだよ。
俺はもう片方の手に持っていたものを相手の顔面へと投げる。
それは――ボールペンだ。
俺の奥の手。男が空いた方の手で顔を庇う。そして、飛んできたのがボールペンだと気付いて、しまったという顔をする。見えているのは目だけだが、分かるぜ――そして、遅いッ!
男が自分の視線を塞いだ一瞬、その隙を突いて手を伸ばす。相手の手と首の間を抜き、手を伸ばす。そして、そのまま飛ぶように背後へと回り込む。
男の首に回した腕で締める。首を絞める。力を込め、全力で締める。どんなに鍛えた人間でも首を絞めれば落ちる。
……。
男が暴れる。だが、すぐに動かなくなる。
危ない、危ない。油断してくれたから何とかなったが、危なかったな。これが現役の特殊部隊の連中だったら……勝てなかったかもな。まぁ、コイツもさ、餓鬼相手に本気を出してもって思ったのかもな。
首回りを守るようなものを身につけていなかったのも幸いしたな。
さて、と。
改めて潜入だな。
……。
俺は意識を失って寝転がっている特殊部隊姿の男を見る。
……。
ポンと手を叩く。
寝転がっている男を引っ張っていく。そして服を脱がす。もちろん俺にそんな趣味があるワケじゃ無い。
俺の目的は……コイツの格好だ。
目出し帽だからな。この姿ならバレないんじゃないか。
男の服と目出し帽に着替える。うん、何処からどう見ても特殊部隊の一員だ。まぁ、少々、服が大きい気もするが、バレないだろう。
よし、これでバレずに潜入できそうだ。
さあて、いよいよ突入だな!
次回更新は少しお休みをいただき2019年の10月22日火曜日の予定になります。




